第41話◆ とうろく

「よう、忙しそうだな」


 俺はカウンターの内側で山のような台帳を整理しているギルド受付嬢に声を掛ける。


 見れば分かるだろと言いたげな表情で顔をしかめた彼女だったが、声を掛けたのが俺だと分かると目を細めた。

 じっとりと湿った訝しい視線、まるで犯罪者の見るような眼だ。


「……ロランさん、知っているんですからね」受付嬢のティナは言った。


 やましいことなんて一つもないのに俺の心臓がドキンと跳ね上がる。


「な、なにを?」


 そう言いつつ何かやらかしたのではと不安になってしまう。


「先日受けた依頼の捕縛対象だった盗人を見逃したんですって? まったくなにやっているんですか」

 

 あー、そのことか。 


「さすが耳が早いな」


 ティナはふんすと鼻を鳴らした。


「私の情報網を舐めないでください。なんでそんなことをしたんですか? 今回はオフレコでしたけど、依頼主からクレームが来たら最悪ギルドから除名処分でしたよ」

 

「そうならなかったのは普段の行いのおかげだな」


「今はもうソロじゃないんですよ。イノリちゃんの生活も掛かっているだから気を付けてくださいね」


「ああ、わかってるよ。肝に命じておきます」


「で、今日はどういった御用向きでしょうか」


「実はパーティメンバーが増えることになってな。三人以上で受けられて安全で稼ぎの良いクエストを見繕ってくれないか?」


「え? へぇー、そうなんですね。意外です、ふたりでやっていくのかなって勝手に思っていました。当然イノリちゃんも納得しているんですよね?」


「ん? う、うんまあな……」


「本当ですか?」


「本当だって、そんな睨むなよ」


「ならいいんですけど。ちょっと待ってください、探してみます。三人以上で安全で稼ぎの良い……って、ずいぶん欲張りな注文ですね」


 ぶつくさ言いながらティナは棚から分厚い台帳を取り出した。


「新人が加入したばかりだから慎重なだけさ」


 台帳を開いてページを捲るティナの手が止まる。


「……ひょっとして新しいメンバーって女の子ですか?」


「うん? ああ、そうだよ」


「若い娘?」


「若いな」


「イノリちゃんくらいの?」


「あー……、たぶんそうだな」


「紅い髪で紅い目だったり?」


「そうそう、よく分かるなぁ」


「やっぱり! それって例の万引き犯じゃないですか!」


「しっ! 声がでかいって」


 咄嗟に俺は手を伸ばしてティナの口を手で塞いだ。


 ふがふが言いながら手を払った彼女は「見逃したばかりか面倒みるなんて……、どんだけお人好しなんですか」と頭を抱える。


「そうは言っても放置する訳にはいかないだろ、捕まったら奴隷商に売られちまうんだぞ。稼ぎがあれば結果的に万引きしなくなるし、誰にも迷惑が掛からない」


「それはそうですけど、今まで被害にあった人たちは納得しませんよ」


「収入が安定してきたらちゃんと弁済と謝罪をさせるからさ」


「まったくもう……。イノリちゃんとの相性はどうなんですか?」


「んー……、悪くないと思うぞ。それに同性代の同性が一緒の方が彼女にとっても良いだろ?」


「それはどうだか……」


 へっとティナが鼻で嗤う。


「なんだよ?」


「なんでもないですよ、新しい子の名前はなんて言うんですか? 一応なにかあったときのためにギルドメンバー簿に記録しておきますので」


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