第30話☆ リアナ

 アンジェちゃんたちは心配そうに何度も振り返っていました。

 彼女たちは本当にそれが正しいことなのか迷っているのです。自分がイジメられるのを畏れたり怖いと思うのは自然なことです。わたしだってさっきから足が震えています。


 でも、みんなを巻き込む訳にはいきません。関われば彼女たちが標的にされるかもしれない。だからわたしは彼女たちの視線に気付かないフリをして進みました。


 ――誰かがイジメられているのを見過ごせない。だってわたしはみんなを守る魔法少女なんだから、それはこっちの世界に来てからも変わらない。

 クラスでいじめられていたわたしに葵ちゃんがしてくれたように、わたしは彼女を助けるんだ。

 

 ぐっと拳を握りしめ、足を踏み出したわたしは彼女たちの背後から「やめなよ!」と声を掛けました。


 一斉に振り返った彼女たちがわたしを突き刺すように睨みます。


「なによあんた?」


 わたしより頭ひとつ背の高い女の子が声を低くして言いました。

 大商人の娘だというリーダーの子です。


「あー、この子、例の中途入学してきた特待生ですよ。学園長先生の親戚だっていう……」


 そう告げ口するようにリーダーに耳打ちしたのは取り巻きの女子です。


「へぇ……、どうでもいいんけどさぁ、あんたには関係ないじゃん、ほっといてくれる?」


「関係ないからって見過ごせない。こんなことやめなよ、何が楽しいの?」


 引かないわたしに彼女は嫌悪感を表すように眉間にシワを寄せました。


「あのさぁ、学園長の親戚だからって調子に乗らないでほしいんだけど。うちのパパはこの学校のスポンサーなんだからね。その気になれば学園長なんてどうにでもなるの。私は優しいからもう一度だけ忠告して上げる。関わる人間は選んだ方がいいわ、こいつを助けようとしたり友達になったりしても良い事なんてなにひとつないってね」


「なんでわたしが友達をつくるのにあなたの顔色をうかがわなくちゃいけないの?」


 脅し文句を意に返さないわたしに取り巻きの女子たちから「ひぇ……」と小さな悲鳴が上がります。

 リーダーの彼女は注視するように目を細めました。


「ふーん……、確かにそうね。ありがとう、勉強になったわ」


「え?」と思わずわたしの口から声が漏れていました。予想外の反応に拍子抜けしてしまったのです。


「行くよ」


 彼女は校舎に向かってスタスタと歩いていきます。


「え?」と今度は取り巻きの女子たちが思わず声を漏らした後、互いに顔を見合わせると先を行く彼女の背中を追っていきます。

 よく分かりませんが引き下がってくれました。思ったほど悪い人ではないようです。


「ふぅ……」


 安堵から息を付いたわたしはうずくまる女の子に声掛けます。


「大丈夫? 立てる?」


 差し出した手を彼女が握り返します。


「う、うん……。あ、ありがとう」


 手を引かれて立ち上がった彼女の腕や足には、いくつもの殴られたような傷がありました。


「ひどい……、こんなに痣が」


「だ、大丈夫、魔術で治せるから……」


《ライトキュア》と唱えた彼女の全身が柔らかい光に包まれていき、立ちどころに痣が消えていきました。


 初めて治癒魔術を見たけど、その光はわたしが変身するときに包まれる光に良く似ているように思えます。 


「わたしはいのり、あなたは?」


「リアナです……」


 そう答えた彼女の声から怯えが薄れていくのを感じました。


 ――誰かひとりでも味方がいれば、ひとは強くなれる。



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