第29話☆ サラ
ロランさんは生徒たちの攻撃をひらりと躱し、次々と襲いくる木剣を事も無げに受け流していきます。
自分よりも大きな体に誰も当てることができない彼らは次第にムキになり、真剣になっていきました。しかし当の本人は子犬とじゃれ合うように楽しんでいます。
彼の笑った顔を見ていると、なぜか胸がドキドキするのです。
同時にわたしは思いました。
あの人は守る者がいなければ、あんなに自由に動くことができるんだ……と、すこし切ない気持ちになります。
複雑な気持ちを胸に抱きながら木剣を握りしめたわたしは、みんなが群がるあの人の元へと走り出しました。
☆☆☆
ロランさんの授業は、剣の基本とか型などの練習はなくて、ほとんど乱闘みたいで運動会みたいだったけど、思いっきり体を動かせて楽しかったです。
それはクラスのみんなも同じだったようです。疲れながらもスッキリした顔をしています。
この学校は先生も生徒もどこかピリピリしていて堅苦しい雰囲気があるのです。確かに厳格さは必要だと思います。でもせっかくの学園生活なのですからもっと楽しんでもいいのではないのでしょうか。
教室に移動するまでの間、クラスの男子たちがロラン先生のことで盛り上がっていました。
舐めやがってとか、ムカつくとか、オッサンのくせになどと悪口を言っています。でも最後には楽しかったと口を揃えていました。
わたしは自分が褒められているようでうれしくなります。
やっぱりロランさんはすごいです。たった一度の授業で彼らの心を掴んでしまったのですから。
南校舎のピロティを通っているときでした。
中庭のすみっこで女生徒たちが輪を作って何かを囲んでるのが見えましたのです。
嫌な予感がしました。お腹の下あたりがキュっと締め付けられるような鈍い痛みが走ります。
「あの人たち……なにしてるのかな?」
わたしは周囲にいるクラスメイトにそう尋ねます。
「あれは魔法科の子たち……、関わらない方がいいよ」と答えたのはアンジェちゃんです。
彼女のセリフと声に含まれた感情から容易に想像できてしまいます。
誰かが彼女たちに囲まれているのです。
ほんの一瞬、彼女たちの隙間から壁際に追い込まれてうずくまっている女の子の姿が見えました。
「あの真ん中にいる背の高い子、サラ=グレーヴェンっていうんだけど、この辺りでは有名な大商人の娘なんだってさ。気に食わないことがあれば誰だろうと関係なく標的するの」
「あの子を助けないと」
わたしは立ち止まります。
「イノリ……、いくら学園長先生の親戚だからってあの子に目を付けられたらヤバいよ。この前は男爵家の息子でさえ退学に追い込まれたのよ。残念だけど私たちには何もできないよ……」
他のみんなもアンジェちゃんと同意見のようでした。立ち止まったわたしを不安げな瞳で見つめています。
彼女たちは自分だけでなく、家族にも影響が及ぶことを危惧しているのです。大きな力から身を守る術として彼女たちの選択は当たり前のことで、決して責められることではありません。
でも――。
わたしは心配するクラスメイトに微笑みかけます。
「心配してくれてありがとう。みんなは先に教室に戻っていて、すぐに戻るから」
「う、うん……」
わたしはピロティを抜けて中庭に向かいました。
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