第7話◆ はつしょうり

 はふぅっと息を付いたイノリの表情から緊張が解けていく。


「やった……。わたしやりましたよロランさん!」


 満面の笑みで駆け寄ってきた彼女の頭を俺は「ああ、よくやった」と撫でる。


 褒められたことがよほど嬉しかったのか、はにかみながら目を潤ませた。これまで役立たずと虐げられ、苦渋を味わってきた過去が垣間見える。


「恐れ入ったよ、まさかキマイラを一発で消し飛ばしちまうとは……。だが、依頼は失敗だな」


 そう言って光の束が削り取った大地に目を向けた俺にイノリが続いた。


「えっ? あっ!?」


 彼女も気付いたようだ。コウレス草を集めた籠がキマイラと一緒に消失している。


「ご、ごめんなさい!」


「気にするな、また集めればいいさ。今回は仕切り直しだ」


 俺はワンドを握りしめて頭を下げる彼女の肩に触れた。


「次はもっと力を抑えます!」 


「ああ、頼んだぞ。さあ、もうすぐ日が暮れる。夜になればモンスターだけじゃなくて獣が動き出す。早く森から出よう」


「はい!」


◇◇◇

 

 帰路についた俺たちは次第に暗くなっていく森の中を進んだ。

 イノリは森を抜けるまで桃色の姿を保ち続け、元の姿に戻ったのは街の灯りが見えてきたときだった。


 どうやら元に戻るときは意識するだけですぐに戻れるようだ。

 変身していられる継続時間は定かではないようで、たぶんその日の気分で変わると思います、だけど敵を倒すまでは基本的に戻らないはずです、と結構アバウトなことを言っていた。


 三分間――、この時間さえ耐えきればどんな相手にも勝てる気がしてくるから不思議なものだ。

 

 彼女には根拠や理屈を凌駕する力がある。そんな不思議な力をイノリは持っている――、俺の直感がそう言っている。


 

 無事に街に戻ってきた俺は受付嬢のティナに森でキマイラと遭遇したことを報告した。


「キマイラっ!? よく逃げてこられましたね……」


 ティナは信じられないといった顔をしていた。

 キマイラがフィルの森に出現したことだけでも大事件だが、一介の冒険者がキマイラと遭遇して生きて帰れるのは奇跡に近い。

 しかも全盛期を過ぎたおっさんと実績がひとつもない少女のコンビである。


「いや、実はな……倒したんだ」


 だからこう告げるとティナは目を剝いて白黒させた。


「討伐!? ロランさん一人でですか!?」


「いや、俺じゃなくて彼女がね」


 俺は隣にいるイノリの背中に押すように触れた。恐縮するイノリをまじまじと見つめるティナの開いた口が塞がらない。


「じょ、冗談ですよね?」


「ホントだとも」と俺は肩をすくめてみせた。


「おいおい、オッサンよぉ……。吹かすのもたいがいにしろよ」


 苛立つような小馬鹿にするような声に振り返ると若い男の冒険者と目が合った。男は舌を打つ。


「お前は《紅き鮫》の弓使い……」


 確かスヴェンとかいう名だったな。

 彼の後ろでは仲間の女魔術士が、薄ら笑いを浮かべている。


「さっきから聞いていればキマイラを討伐しただと? なら証拠はどうした? もちろん激レアの素材は回収してきたんだろ? キマイラならどこを売っても大金が手に入るぜ」


「あー……、彼女の魔術で消し飛んじまった」


 ポカンと口を開いた後でスヴァンは鼻で笑う。


「はったりカマすのもたいがいにしろよ、オッサン……。あんたらみたいな吹かし野郎が、このギルドの質と格を下げてるんだよ、気付けよバーカ」


「スヴァン、そんな言い方したら失礼よ。妄想くらい自由にしたっていいじゃない」


 スヴァンの背中から顔を覗かせた女魔術士がクスクスと笑う。

 俺は彼らから視線を切ってティナに告げる。


「とりあえずティナ、ギルドの連中に警戒するよう周知しといてくれ。一匹だけとは限らない」


「わ、わかりました。早急に周知します」


「行こう、イノリ」


「はい!」


 俺とイノリは《ルベウススクァルス》の連中を無視してギルドを後にした。







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