第6話◆

 イノリの返事が戦闘開始の合図だったかのようにキマイラは地面を蹴った。俺は四足獣の歩調に合わせながら横へと移動していく。

 視線を切らず殺気を放つ俺をキマイラが追ってきた。イノリは上手く俺の存在に隠れて気配を消せている。


 上出来だ。この土壇場でも落ち着いているし、そこらの魔術士よりずっと肝が座っている。


 キマイラが速度を上げて一気に飛びかかってきた。鋭い爪を紙一重で躱して刀で脇腹を切り裂く。手応えは浅い。やはり今の俺ではこいつの骨を断てない。


 着地と同時に尻尾の大蛇が俺を睨みつける。

 そうだ、俺を見ろ。お前の敵は俺だ。お前にとっての脅威は俺だ。 


 相手を威嚇するように俺はジリジリと距離を詰めていく。

 キマイラは知能が高い反面プライドも高いモンスターだ。かすり傷でも尻尾の蛇と本体に一撃ずつ食らわせた。自分よりも弱いと侮っていた相手から傷を受けたことが許せないはずだ。


「どうした! かかってこい!!」


 挑発する俺に獅子が咆哮を上げた。左右の翼を大きく広げて羽ばたかせて突進を開始、獲物を嚙み殺そうと巨大な顎を開いて飛び掛かる。

 フェイントを入れて攻撃を交わした俺はキマイラの懐にもぐり込む。無防備な腹部に刀を突き刺そうとした瞬間、蛇が襲い掛かって来た。蛇の牙を刀で薙いで難を逃れる。


 キマイラは再び距離を取った。顎を開いて口から火球を放つ。逃げ道を塞ぐように左からは蛇が迫る。


 右に躱すか? それとも誘いか? いや、この位置は!? 後ろに嬢ちゃんがいる!! 

 いつの間に誘導されていた!? ヤツは俺が避けないと判断して火球を飛ばして来やがったんだ。


 火球をまともに受ければ俺の体は吹き飛ばされる。たとえ防御しても両腕が死ぬ。

 それでも無防備な嬢ちゃんを残して回避する訳にはいかねえ!

 両腕をクロスして防御体勢を取る。


「右へ跳んでください!」


 嬢ちゃんの声に反射的に体が動いていた。


 弾かれるように横に跳んだ直後、眩い光の束が俺の横を通過して火球と魔獣を呑み込んだ。


 瞬く間に光は収束して消える。俺は目を疑った。光の束が通過した大地が一直線に削り取られていた。森を貫き、どこまでも続いている。

 キマイラの姿も消失していた。跡形も残っていない。


「なっ……」


 キマイラを一撃だと? バカな……、英雄クラスの魔術じゃないか。


 振り返った俺は、ワンドを突き出した少女の姿に思わず目を奪われる。


 見違えた。

 髪の色が変わっている。鮮やかな桃色だ。髪型も服も変わっていた。胸元には大きなブローチ、レースやフリルが施された頭髪と同じ色の華やかな衣装、まるで開いたばかりの花ように瑞々しく、妖精のように愛らしい。彼女の周囲には光の粒が蛍のように舞っている。

 これが彼女の言う『変身』なのか。


 俺の口から笑みが零れていた。


 笑みに含まれている感情は畏怖、そして抑えきれないたかぶりだった。


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