第5話◆

 フィルの森、薬草が自生する湖畔に予定通り到着した俺たちは、薬効が高い根っこから掘り起こしたコウレス草を籠に入れて集めていく。

 ここにたどり着くまでにモンスターと遭遇することはなかった。

 

 普段なら二、三度のエンカウントはあるのだが、少し妙だ。

 ひょっとしたら午前中に来た素材目当てのパーティがこの一帯のモンスターを狩りつくしてしまったのかもしれない。


 このペースなら日が暮れる前に籠を薬草でいっぱいにできそうだ。全部売れば数日分の食費を稼ぐことができる。


 おっと、考え事しながら草むしりに集中し過ぎたな。

 俺の仕事は周囲の警戒だ。モンスターより先に気配に気付けば、戦闘を回避することができる。もちろん倒して素材をゲットしてさらに稼ぎを増やすことも可能だけど、今回は無理に戦う必要はないだろう。


 イノリは五メートルほど離れた場所で腰を屈めて作業している。あまり離れるなと注意しておいたが、薬草採取に集中する彼女は徐々に離れていく。


 そんな最中(さなか)、彼女の背後に忍び寄る大蛇の姿が俺の眼に写り込んだ。今まさに彼女に襲い掛かろうとしている。


「嬢ちゃん! 動くな!」

「え?」


 イノリはキョトンとした顔で俺を見た。


 直後、凶悪の顎を開いた蛇に向かってナイフを投てき、ナイフの刃が蛇の頭をかすめる。切り傷を負った大蛇は体をうねらせ逃げて行った。


「へ、へび!?」


「立ち上がれ!」


 イノリのそばに駆け寄った俺は彼女の手を引っ張り上げて、自分の背後に回す。


「え? さっきので追い払えたんじゃ……」


「いや、違う。あれは――」


 まずいな……。


「あの蛇はモンスターの尻尾だ……」


「しっぽ?」


 湖を背にする俺たちの前に現れたのは、獅子と山羊のふたつの頭を持ったモンスターだった。背にはコウモリのような翼、そして尻尾はさっきの大蛇だ。


 やはりキマイラか……。

 なんだってこのレベルのモンスターがこんなエリアまで……。くそったれ、俺はこんな強敵の接近に気付かないほど平和ボケしちまったのか、情けねぇ。


 いや、今はそんなことよりも嬢ちゃんを逃がすのが最優先だ。


 俺は刀を鞘から抜いて下段で構える。


「薬草採取は中止だ。嬢ちゃん、帰り道は分かるな? 俺があいつを引き付けている間に逃げろ」


「え?」


「今の状態で勝てる相手じゃねぇんだ。俺が巻き込んじまったようなもんだからな、責任を取らせてくれ」


 キマイラは喉を鳴らして様子を見ている。


 そうだ、俺だけを見ろ。お前の相手はこの俺だ。


「三分だけ持ちこたえてください」


 イノリはワンドを両手で握りしめて空に掲げた。


「な、なにしているんだ!?」


「変身すれば勝てます! もしもわたしの身代わりになると言うなら、わたしに賭けてください!」


「なにを言っているんだ! 早く逃げろ!」

 

 嬢ちゃんの魔法なら勝てるとでも?

 誰も嬢ちゃんの魔法をみたことがない。ということは、彼女はモンスターを倒したことはないのだ。

 それなのにその自信はどこから来る。なんの根拠もないのに任せられる訳がない。


 キマイラが俺たちににじりよる。すでに奴の間合いだいつ飛び掛かってきてもおかしくない。


「信じてください!」


 少女の声が空気を震わせた。

 背中越しの力強い声に俺は我に返る。


 いつからだ。いつから俺はこんなにも日和ってしまった。


 あの頃は冒険に出る度にワクワクしていた。迷宮に挑むときのヒリヒリして空気がたまらなく好きだった。世界が色めき立っていた。

 

 俺は前衛で盾となり矛となり後ろには守る連中がいた。それは今だって、この状況だってなんら変わらない。

 

 忘れてしまっていたあの頃の感情が、感覚が蘇ってくる。


 仲間が自分を信じろと言っている。だったら俺のやることは決まっている。


 いいじゃねぇか、あの頃みたいに無茶して暴れようぜ。俺は日銭を稼ぐために商売している訳じゃねぇ!

 俺は未開を切り開く〝冒険〟者だ!


「三分間、凌いでみせる。後は頼んだぜ、嬢ちゃん」


「はい!」



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