第4話 復讐の提案
「あの神崎夏菜の彼氏も形無しね」
放課後。
三階にある図書室の隅、本好きの学生もあまり立ち寄らない学術書コーナーで分厚い本をパラパラとめくっていると神原さんがやってきてそう言った。
「神原さんもぼっちじゃん」
「誰がぼっちよ! 友達くらい……!」
「俺以外と話してるとこ見なかったけど」
「う、あ、あれよ! 私が有名すぎて恐れ多いって感じ!」
「—— 図書室では静かに」
本棚を整理している司書さんの視線がこちらを突き刺してくる。
「っ〜! そうよ。私は友達いないの。悪かったわね」
まさかの神原さんも友達がいなかった。
というのも、神原さんは学校で無駄に悪目立ちしてる。
基本的にこの学校は染髪禁止だけど、神原さんは仕事を理由に髪を染めていても許されている。そのせいで美人だけど近寄り難いオーラがあった。
「神原さんも夏菜みたいに学校で人気者だと思ってたのに」
「うちの女子は名家出身の真面目ちゃんばかりだから、女性雑誌なんかに興味なんてないのよ」
モデルとしての知名度と友達が出来る出来ないはまた別な気はするけど……
そんなふうに思っていると、
「ねぇ今日発売のライム(『Light-moon』の略)見た? 神崎夏菜が表紙の!」
「めちゃくちゃ可愛かったよね!」
女子の話し声が窓際のカウンター席の方から聞こえてきた。
「……」
「……」
微妙な空気。
「神崎夏菜許すまじ」
「いや、それ逆恨みだろ」
もしかして神原さんが夏菜を敵視してるのって、周りが夏菜の話ばかりするからじゃあ……?
「まあいいわ。今だけは悦に浸らせてあげる。……けど、いつかは追い抜いてやるから!」
神原さんがそう叫んだことで、ついに俺たちは図書室から追い出された。
「そもそも夏菜は勝ち逃げしたじゃん。どうやって勝負に持ち込むんだよ」
「ネットよ」
「ネット?」
神原さんは俺に「あんたでも休みの日とか動画サイト見るでしょ」と言う。
「神崎夏菜の個人チャンネルができたのよ」
「へえ、知らなかった」
「動画サイトにアカウントができてから一晩で登録者は30万よ」
一日で30万人の人が夏菜に興味を持ってくれたと考えるなら破格の数字だ。
ネットだから熱心なファンが複数のアカウントを使ってることはあるだろうけど、それでもとんでもない数字だとわかる。
「実は私も動画投稿者なの」
「あ、神原さんもなんだ」
「ええ。神崎夏菜とは違って美容系の化粧品とかを紹介する主に女性の視聴者を対象としたね」
「登録者は?」
「15万人」
「2分の1夏菜だな」
「その単位腹立つからやめて」
神原さんの言いたいことはわかった。
つまりは登録者で夏菜を追い抜きたいわけか。なんとまあ俗物的だ。
「神原さんは何年動画投稿やってるの?」
「三、四年くらいね」
「夏菜は一日なんだよね?」
「……厳密には十時間ね」
「勝てるわけなくない?」
「そ、そうとも限らないわよ! 神崎夏菜のアカウント開設は話題性の為だけ! ブランディング用よ! そんなに頻繁に動画が投稿される訳じゃないから、いずれ伸びは収まるはず!」
そうだとしても、それに勝って嬉しいの?
「……まあ大変だと思うけど、頑張ってね。神原さん」
でも神原さんの熱意に水を差すのは悪いので否定はしない。
俺は形だけの声援を送ると、下駄箱から外履きを取り出した。
「牧! あんたは神崎夏菜にやられっぱなしで悔しいと思わないの!?」
「っ」
俺は思わず足を止めて振り返った。
神原さんを見ていると、神原さんの言葉を聞いていると、心がざわつく。
「……どうしてそこまで頑張れるんだよ」
俺は小さな声で呟いた。
彼女はまるで夏菜を諦めなかった俺で、神原さんの一言一言があの日の俺を咎めているようなそんな気がしてならかった。
神原さんはそんな俺の感傷なんて気づきもせずに捲し立てる。
「私に協力しなさい! そうすれば収益の三分の一……いえ、五分の一を分け与えるわ!」
「なんで減らした?」
神原さんが図書室にまで俺を追いかけてきた理由がわかった。
絶対にお断りだ。
「知ってる? ネットだと私と牧は付き合ってるってことになってるの」
「……ちょっと待って。今なんて?」
断ろうとした矢先、神原さんはとんでもない爆弾発言を投下してきた。
「気になってるなら調べてみれば?」
そう言われて俺は使い慣れないネット記事を漁る。
あった。蛆虫のようにもぞもぞと湧いて出てくる。
「神原涼香の『Light―moon』脱退」「神崎夏菜は一般男子高校生とのお付き合いを否定」「付き合っていたのはLight-moon所属の同期、神原涼香の方だった? 転校先の学校特定を受けて」などなど。
記事に書き込まれたコメントはほぼ俺と神原さんが付き合っていると信じているものだった。
「ね、私たちは一蓮托生なの」
神原さんの不自然なまでに満面の笑みが怖い。
実は彼女こそ……神原涼香こそ一連の騒動の被害者であったのではないか?
なんなら俺より敏治さんに振り回されていそうだ。
汗をだらだらかいて、充血した目をかっぴらいている形相からも必死さが伝わってくる。
「わ、わかった! わかったから! ジェイソンがナタを持ったような目つきで近寄らないで!」
13日の金曜日は原点もリメイク版も視聴したことがないが、ジェイソンがチェーンソーなんていう捻り切った文明の力を扱わないことは知識として知っている。
「私に協力してくれるかしら?」
「……はい」
神原さんの笑顔は天使みたいだったけど、悪魔のように怖かった。
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