第2話 トラックが突っ込んでくるなんてベタすぎでしょ!

 小さい頃から、マンガが好きだった。

 だけど、特にのめり込むきっかけになったのは、小学生のころ。年の離れたオタクのお兄ちゃんが、一冊のマンガを貸してくれたことだった。


 そのマンガは、中性っぽい世界を舞台に、剣と魔法でモンスターを戦うってやつ。

 その中で特に私が惹かれたのは、主人公の剣士や仲間の魔法使いが使う必殺技だった


「ねえお兄ちゃん。この技、難しい漢字が使ってあるけど、なんて読むの?」

「それか? それはな、地獄ヘル劫火インフェルノって読むんだ」

「じゃあ、必殺技の前にいつも、『冥界より出てし断罪の炎、彼の咎人を焼き尽くせ』って言うのはどうして?」

「そりゃもちろんカッコいいからだ。普通に『炎よ出ろ』って言うより、そっちの方が迫力あるだよ」

「うん! すっごくカッコいい!」


 それが私と、所謂厨二病って言われる表現との出会いだった。

 めちゃくちゃな当て字を使った必殺技に、ムダに大げさなセリフ回し。よく考えるとツッコミどころ満載だけど、それでもなんかカッコよくて、幼い私の心に深く突き刺さった。


 あっと言う間に読み終わった私は、他にもそんなマンガは無いかってお兄ちゃんにせがみ、気づけばものすごいペースで次々に読んでいった。

 そして、いつの間にか読むだけでなく、自分でもこんなマンガを描いてみたいって思うようになった。厨二病みたいなセリフや必殺技を、たくさん考えてみたいと思った。

 こうして、私の厨二病とオタクライフがスタートしたってわけ。


 中学に入った今でも、それは変わらない。はずだったのにな……






「疲れた……」


 言葉と一緒に魂まで抜け出てしまいそうになって、思わずその場にしゃがみ込む。生徒会の雑用係になって、今日で三日目。早くも根をあげそうだ。

 本当なら今ごろ、部室で描きかけのマンガの続きを描いていたはずなのに。


「お疲れさん。今日の仕事はこれまでだから、後はもう帰るなり部活に行くなりしていいぞ」

「流星君。それ、絶対今何時か分かっていて言ってるよね」


 その瞬間、校舎内に完全下校の時刻を告げるチャイムが鳴り響いた。まだ校内に残っている生徒は、すぐに帰らなきゃいけない。


「あーあ、残念だったな。さっさと帰るぞ」


 涼しい顔で言う流星君を恨みのこもった目で見つめるけど、全然堪えた様子はなく、それがなおさら腹が立つ。

 だけど、憂鬱な時間はまだ続く。私と流星君は、家のある方向がだいたい同じ。つまり帰り道が一緒。帰るのも一緒。


 暗くなった道を並んで歩くことになるけど、その間、なぜかり流星君はやたらとよく喋りかけてきた。


「すっかり遅くなったな。まあ、今は新学期が始まったばかりで仕事も多いからな。しばらくしたら、もう少し楽になると思うぞ」

「はいはい、そうですか」


 ぬか喜びするのは嫌だから、話半分に聞いておこう。いじわるな流星君のこと、楽になると思わせといて、また新しい仕事を押し付けるかもしれない。なんて思うのは、さすがに捻くれすぎなのかな。


「けどよ、どうしてそこまでしてマンガ研究会にこだわるんだ。生徒会の手伝いなんてして顔を出す時間が減ったら本末転倒じゃないのか?」

「流星君がそれを言うの!」


 そもそも雑用係に任命したのは流星君じゃない。


「確かにそうだけど、思った以上にちゃんとやってるからな。今日だって、やろうと思えばもっと雑に早く仕上げることもできだろ」

「だって、自分でやるって言ったからには、そんないい加減なことできないじゃない」

「そう言う要領が悪いところ、変わってないな」


 なにそれ。どうせ私は要領悪いですよ。だけど私がいくら声をあげても、流星君は構わず話を続けてくる。


「で、マンガ研究会にこだわる理由でもあるのか?」


 これは、どうやら答えてくれるまで聞くのをやめないみたいだ。わざわざ言うような事じゃないけど、これから家に帰るまでずっと聞き流すのも大変そうだ。


「だって、今はともかく、これからや来年入ってくる人がいるかもしれないじゃない。その時マンガ研究会がなかったら困るでしょ」

「そんな理由かよ」


 ほら、やっぱりこんな反応だ。

 だけど私にとっては、これでも大切な理由なんだ。マンガ研究会があったおかげて、私は堂々とマンガを描いてるって公言できるようになったんだから。


「マンガ描いてると、オタクだのなんだのバカにしてくる人がいるの。だけどマンガ研究会に入って、私以外にも同じ趣味の人がいるんだってわかって、凄く安心した。もしかしたら、来年また似たような子が入ってくるかもしれない。そう思ったら、廃部になんてさせられないよ」

「そんなものか」

「バカにする側だった流星君には分からないよ」


 せめてもの反撃にと、恨みがましく悪態をつく。だけどそれを聞いて、流星君の足が止まった。


「それって、小学生の頃のあの話か?」

「そうだよ。私の書いたマンガ、バカにしてたじゃない」


 それは、私達が小年生の頃の出来事。

 すっかりマンガにハマって、自分でも描いてみた。初めてやってみたマンガ描きはとても大変で、だけどやっとの思いで完成させた時は、とてもうれしかった。友達にも見せたくなって、学校に持っていった。


 だけど、それが嫌〜な出来事の始まりだった。


「あの時流星君、俺にも見せろって言って無理やり読んで、しかも面白くないって言ったじゃない」


 初めて描いたマンガにそんなことを言われたのがショックで、さらにそれがきっかけでほかの男子達もやってきて、こんなの描いてるんだって言われてさんざんバカにされたんだよね。


 昔の話とは言え、思い出してるうちにだんだんと悲しい気持ちになっきた。

 思えばその一件依頼、元々苦手だった流星君がさらに苦手になって、結局それから卒業までほとんど喋ることもなくなったっけ。


 こんなこと言っても、流星君からすれば、今さらそんな昔のことをって感じだよね。

 そう思ったけど、それを聞いた彼は、意外にも申し訳なさそうな顔をしていた。


「そこまで嫌だったのかよ」

「当たり前じゃない」

「そうか。そうだよな……」


 いつも横柄な態度を取っているような流星君が、今は嘘のように大人しい。もしかして、少しは反省しているのかな? いや、まさかね。


 いつの間にか流星君は完全に歩くのをやめていて、私もつられて、同じように道の真ん中で立ち止まる。


「なあ新木。今さらこんなこと言っても遅いかもしれないけど、話聞いてくれるか?」

「な、なに?」


 何でだろう。流星君のしたことに腹が立ってたはずなのに、そのあまりに真剣な表情に、つい飲み込まれそうになる。


「俺は……」


 そして、何か言いかけたその時だった。


 キィィィィッ!!!!


 辺りに甲高い音が響き、眩しい光が私達を包む。驚いて目を向けたその先で、暴走したトラックが私達めがけて突っ込んでくるのが見えた。

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