第44話
貴仁たちが臺灣民主共和国に出発して2か月が経ったころ、日本では重大な事件が発生した。首相官邸で執務中の藤田総理を狙ったドローン攻撃であった。
犯人はすぐに逮捕された。その名前は、鄭二寿(チェン・ニショウ)。
鄭二寿は、32歳で元々はIT技術者として働いていた。彼はコンピューター技術に優れ、特にドローンの操縦や改造に関心を持っていた。彼の技術力は中華連邦の注目を浴び、彼らのスパイとして日本で活動していた。
鄭二寿の取り調べを行った警察官石川遼太郎は、不信感を募らせる。鄭二寿は確かに中華連邦に指示されて犯行に及んだと供述した。しかし、その供述内容はつじつまが合わない個所や具体性を欠く箇所が多かった。
石川は、先輩の警察官・葉山嵐斗(ハヤマ・ラント)に相談する。
葉山は状況を聞き、高橋直哉に取り次ぐ。
高橋直哉と野口慎一が店で会話をしている。ひとしきり挨拶をしたあと、高橋は口を開く。
「実はね、特別捜査課の葉山さんから、不明なことがあったって言われてさ。その内容は、首相襲撃事件の犯人、鄭二寿についてなんだ。」
「それはどんなことだい?」
高橋は説明を続ける。「取り調べを行った警察官・石川は供述内容に不自然な点を感じていたんだ。つじつまが合わないことや具体的じゃないことがあるらしい。」
「まず、鄭二寿が言っていた中華連邦からの指示についてだけど、彼は具体的な連絡方法や指示を出した人物の詳細が全く話さなかったんだ。それに、指示のタイミングや犯行計画の詳細も曖昧で、いつどのように決められたか分からないらしい。」
野口は高橋の意見に同意し、首を縦に振った。「鄭二寿のあいまいな供述がなぜ公表されたのか、私も疑問に思っていた。通常、こういった事件の場合、事実関係がはっきりしないまま公開することはないはず。外交問題に発展する可能性が高いため、慎重な対応が求められるはずだ。」
野口は60歳の地方議員であり、熱心な市民活動家でもある彼は、政治家としての長い経歴を持っており、外交問題に敏感だ。
「防衛省からねじ込まれたらしいんだ」と野口は言う。「事実を公表できなければ、日本の権威が失墜する。外交的な敗北だと警察に圧力をかけたようだ。」
高橋は防衛大臣・斉藤一郎を思い浮かべる。彼が所属する桜井派は、伝統的な価値観や文化を重視し、国家主義的な政策を支持している。彼らは、自衛隊の強化や国防政策の強化を訴え、外交政策では力強い姿勢を示すことを重要視している。斎藤防衛大臣もその考え方に近い。
高橋は、斉藤防衛大臣や桜井派がどの程度この事件に関与しているのか疑問に思い、野口にその疑念を伝える。
「それにしても、すごい人望だな」と野口は高橋に言う。高橋は自分では認めないが、警察ではほとんど誰もが彼の名を知っている。8年前、野口とともにDTS法改正のはたらきかけを行ったのが高橋だった。
彼は、この国にT-RFID認証を受けられない消えた人々が大勢いる事実を公表した。その上で、情報統制の結果ほとんどまともに機能していなかった警察内部の構造改革を進言した。「警察は市民に寄り添うことが重要だ」と高橋は力説した。
その声は警察に届き、改革の結果警察の信頼は回復し、市民との関係も改善されていく。
野口は、高橋のような警察官が出世するべきだと思っている。しかし、現状では彼の功績が十分に評価されず、どちらかといえば窓際に追いやられているような立場にある。割り振られる業務も多くない。
それにもかかわらず、多くの警察官から尊敬のまなざしを向けられ、彼に対する信頼は厚い。そのため、多くの部署、多くの警察官から話を振られることがあった。今回葉山から相談を受けたのもそういった事情だった。
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