134,信頼
シャノンは全てを三人に話した。
本当に〝全て〟だ。
自分が生まれ変わりであること。前世で起こったこと。
そして――エリカもまた生まれ変わりであること。しかも、その正体が現代でも語り継がれる魔王メガロスであるということ。
三人は最初から面食らったような顔をしていたが、話が進むにつれてむしろ余計に混乱が増したようで、聞き終える頃には難解な哲学書を読み終わった後のような顔になっていた。
「……すまない、ちょっと待ってくれ。整理させて欲しい」
まず最初に口を開いたのはヨハンだった。
彼は可能な限り、自分に理解できる範囲で話を頭の中で整理してまとめ上げた。
「……君は前世ではヴァージル・パーシーという名前で、人魔大戦で魔王メガロスを斃した本当の〝勇者〟だ、と。さらにブルーノ様は本物の勇者ではなく、君から手柄だけ奪った裏切り者だった。しかもエリカさんが魔王メガロスの生まれ変わり――ということでいいのか?」
「付け加えるなら、戦争を起こしたのはあいつ――メガロスじゃない。そもそも人魔大戦は人間側が一方的に仕掛けた戦争だ。きっかけは人間側が当時の先代魔王を殺したことが発端なんだからな。それ以外にも、戦争を始めるための工作を人間側はいくつも仕掛けていた。それがあの戦争の真実だ」
「……」
ヨハンは黙ってしまった。
非常に険しい顔になっている。
まぁそれはシャノンも予想の範疇だった。こんな話、すぐに信じてくれという方が無茶だ。
だが、それでもシャノンはもう引き返すことは出来なかった。
「改めて言っておくが、オレはエリカに洗脳されてこんなこと言ってるわけじゃないぞ。至って冷静だ」
「いや、そう言われてもね……シャノン、悪いけど君の話を信じろというのはかなり難しいと言わざるを得ない。本当に魔法で洗脳されているわけじゃないのか? って、それを本人に聞いても意味はないか。ブリュンヒルデ、君はどう思う?」
「……わたしは信じるわ」
「そうだよね。すぐには信じられな――え? 信じる?」
唸っていたヨハンが驚いたように顔を上げた。
ブリュンヒルデもまたじっと難しい顔をしていたが、決意したように顔を上げ、再び言った。
「今の話、わたしは信じるわよ。だって、シャノンがそう言ってるんだもの」
「いや、でも」
「逆に聞くけど、ヨハンは信じられないの?」
戸惑う様子を見せるヨハンに、ブリュンヒルデは真っ直ぐ目を向けた。彼女は顔こそ険しいが、それでもその瞳には一切の揺らぎはなかった。
「まぁ確かに突拍子も無い話だとは思うけど……でも、話の内容がどうこうってよりも、わたしはシャノンが嘘を言ってるかどうかは分かるつもりよ」
「でも、今のシャノンは魔法で洗脳されている可能性があるんだぞ?」
「少なくとも今のシャノンはそんなことされてないわ。それくらい、目を見れば分かるわよ」
ブリュンヒルデは言い切った。
あまりの断言っぷりにヨハンはそれ以上何も言えなくなってしまったが……しかし、それ以上に驚いていたのはシャノン自身だった。
常識的に考えれば、ヨハンのような反応が普通だろう。
だというのに、ブリュンヒルデには全くシャノンを疑う様子がなかったのだ。
シャノンはむしろ、自分から彼女に訊ねてしまっていた。
「……ブリュンヒルデ、自分で言うのも何だが……こんな話を信じられるのか? かなり突拍子もない話だと思うんだが」
「何よ、じゃあ嘘なの?」
「いや、嘘じゃないんだが……」
「じゃあ、信じるわよ。だって、あなたの言うことだもの。本でしか見たことがない歴史よりも、シャノンの言葉の方がずっと信じられるわ。少なくともわたしにとってはね」
「……」
「……なに呆けた顔してんのよ、シャノン。自分で言ったことでしょ?」
「あ、ああ。そうだな……ありがとう、ブリュンヒルデ」
「べ、別にお礼なんていいわよ。わたしがそう思ったってだけの話なんだから」
ブリュンヒルデはぷいっと顔を背けた。恐らく照れ隠しだろう。
二人の様子を見ていたヨハンは、今度はアンジェリカを振り返った。
「アンジェリカ、君はどう思う?」
「……わたしも、殿下の話を信じます」
「え? き、君もかい?」
「はい」
ずっと難しい顔をしていたアンジェリカだったが、何かを決めたようにゆっくりと顔を上げた。
「まぁ殿下の話を信じるというよりも……わたしは、エリカのことを信じたいんです。わたしには前世の話だとかどうとか、難しいことはよく分かりません。でも……殿下の話を聞く限りだと、あいつはようするに殿下を庇ってわざと悪者になろうとしてるんですよね?」
「ああ、間違いなくそうだ」
シャノンが頷く。それを確認したアンジェリカは、ヨハンに目を向けた。
「ヨハン様、もし本当にエリカが全ての黒幕なんだとして……自分からやったことをこうもべらべらと喋るでしょうか? だって、人間を洗脳できる魔法が本当にあるなら、それを使えばどうとでも出来るじゃないですか。わざわざ自分がやったことを喋る必要なんてないですよね? 仮にあいつが本当に悪者なら、殿下に全ての罪をなすり付けて自分は今ごろ逃げてるはずです。わざわざ自分から自白するのはおかしくないでしょうか?」
「それは……」
ヨハンは口籠もった。恐らくそれについて彼自身も思うところがあったのだろう。
アンジェリカはどこか悔しそうに続けた。
「……わたし、あいつが思ってることを隠すのがうまいやつだってことを忘れてました。本当に外面だけは昔からいいんです、あいつは。ほんのちょっとでも、あいつが本当に悪いやつだったんじゃないかって疑ったことを……今は本当に後悔してます。だって昔から、あいつはそういうやつだったんですから。なのに、付き合いの一番長いわたしがそれをちゃんと分かっていなかったなんて……」
「だが、アンジェリカ。彼女は実際に魔法を使ったんだぞ?」
「ヨハン様、エリカは魔法を使っただけです。それって何か悪いことですか?」
「……」
ヨハンは黙った。
現代では魔族という存在そのものが〝悪〟という認識だ。魔法が使えることと、魔族であるということは同義である。魔族である時点で、人間に仇成す〝敵〟そのものなのだ。つまり、魔法を使った時点で〝敵〟なのだ。
少なくとも、現代ではそれが普通の考え方である。
……しかし、もしその前提そのものが崩れてしまったら、アンジェリカの言葉に対する反論は何もなかった。
魔族に対する現代の価値観は全て歴史が決めたことだ。
魔族は人間を滅ぼそうとした。一方的に戦争を仕掛けてきた。だから人間は反撃をしたし、今も魔族を見つければ殺している。
それが当然だと思っているのは、自分たちこそが正義だと思っているからだ。魔族は人間の〝敵〟なのである。
そうした価値観そのものを、アンジェリカは真っ向から否定した。
「別にエリカが魔族かどうかなんて、どうでもいいことだったんです。だってエリカが人間だろうが魔族だろうがあいつはあいつで、わたしの親友なんですから。わたしは、わたしの親友のことを信じます」
「……」
ヨハンはやはり何も言わなかった。いや、何も言えなかったのかもしれない。
そんな彼に向かって、シャノンは頭を下げた。
「ヨハン、無茶なお願いだというのは分かっているが、それでも頼む。あいつを助けるにはお前の――いや、お前らみんなの力が必要なんだ。頼む、オレに力を貸してくれ」
「……」
ヨハンは、頭を下げるシャノンを、そのまま黙ってじっと見ていた。
アンジェリカとブリュンヒルデの二人は、ヨハンがどう出るのかを伺うように、じっと彼に視線を向けていた。
それらの視線を受けながら、ヨハンはようやく口を開いた。
「……シャノン、こう言っては何だが、エリカさんを助けるのはとても難しいと思う」
「……ヨハン」
シャノンはやはりダメだったか、という感じで顔を上げる。
ヨハンはシャノンの顔を真っ直ぐに見ながら続けた。
「まず第一に、君の話を証明する手立てが何も無い。歴史のこともそうだけど、エリカさんが自ら悪者になろうとしていることもそうだ。彼女が魔法を使うところは大勢の人間が見ている。誰もが彼女を魔族だと思っている。それだけで彼女はもう異端審問の対象なんだ。しかも、彼女は自らこの事件の首謀者だと名乗り出ている。これを今さら覆すことは不可能だ。それは君だって分かっているだろう?」
「それは分かっている。だから――」
「だから、彼女を脱獄させる手助けを僕らにして欲しいと? そんなことをすれば、今度は僕たちまで確実に異端審問の対象になってしまう。ただでさえ、僕とアンジェリカはエリカさんと親しいことで異端審問会に目をつけられているんだ。僕らまで異端審問の対象になれば、家まで巻き込むことになる。ブリュンヒルデだってウォルターに目をつけられている状態だ。これを口実にすれば、僕らの家の取り潰しなんてどうにでもなってしまう。わざわざウォルターに口実を与えるようなものだ」
「……それも全て分かっている」
「分かっていて、それでも手を貸せと?」
「そうだ。手を貸して欲しい」
シャノンはきっぱりと頷いてから、こう言った。
「だが、オレが手を貸して欲しいと言ってるのは、あいつを助けるために手を貸してくれという意味じゃない。あいつを助けるために、オレが王になるのを手助けして欲しいということだ」
「……何だって?」
ヨハンは驚いたように目を開いた。
シャノンはあくまでも真面目な顔で続けた。とんでもない発言をした割に、声はとても落ち着いている。
「正直なことを言えば、オレは今も自分がこの国の王になることなんて何の興味もない。この国にも別に何の思い入れもない。世界がどうとか、そんなのは本当にどうだっていい。だが――あいつのことは助けたい。どうしても助けたい。絶対に助けたい。オレはそのためにこうして生まれ変わったんだ」
シャノンは生まれ変わってからずっと同じ事を思っていた。
どうして自分は生まれ変わったのだろうかと。
〝神〟というやつが本当にいるのだとして、そいつはなぜ自分をわざわざ生まれ変わらせたりしたのだろうかと。
それはきっと、前世で不遇だった自分を哀れんでくれたのだと思っていた。だから今世では金も地位も与えてくれたのだとずっと思っていた。
だが、それは違ったのだ。
そんなものは別にどうでもいいことだった。
自分が生まれ変わったのは、再び彼女と再会するため。そして、今度こそ彼女を守るためだったのだ。
今はそのことにまったく疑いがなかった。
それこそが自分の使命なのだと、彼は心の底から思っていた。
――が、しかし、〝今〟の彼にとってはそれだけが理由ではなかった。
「……でも、それだけじゃない。オレはお前らのことだって大切だ。だから、どちらかを選べと言われれば、オレはどちらも選ぶ。この先、ウォルターが王になれば、遠からずオレを含めてお前らもこの国に居場所はなくなるだろう。だから――どちらも選ぶためには、オレが王になるしかない」
「……君は、それでいいのかい? 以前、君はこう言っていたはずだ。他人の分の〝責任〟まで負うのなんて真っ平御免だ――って。王になるということは、それだけ多くの〝責任〟を負うということになってしまうんだぞ? この国の――いや、この国だけじゃない。世界の盟主たるこの国の王になるということは、それこそ世界そのものを背負うことになるに等しい。それでもいいのか?」
「ああ。オレが欲しいものを手に入れるためにそれが必要だっていうなら、全部まとめて背負ってやるさ」
シャノンは決意を込めた顔で言い切った。
そして、もう一度頭を下げた。
「だから、ヨハン。頼む。オレに力を貸してくれ」
「……シャノン、顔を上げて欲しい。むしろ僕の方こそすまなかった」
「え?」
顔を上げたシャノンに対し、今度はヨハンが頭を下げた。
戸惑っているシャノンに、ヨハンはとても申し訳なさそうに言った。
「……僕の方こそ、あの時、君の言葉を信じられなくてすまなかった。確かにブリュンヒルデの言うとおりだ。こうしてちゃんと目を見ていれば、君が正気かどうかなんてすぐに分かることだった。なのに……君たちに剣を向けてしまった僕をどうか許して欲しい」
「……オレのこと、信じてくれるのか?」
ヨハンは何度も頷いた。
「信じる。信じるよ。確かに信じられない話だけど……僕は信じる。他ならぬ君の言うことだ。僕は最初から――君を信じるべきだった」
顔を上げたヨハンの目には決意の光が籠もっていた。
「それに以前、僕は君に言ったはずだ。君が王になると決めた時は、僕は全力で手を貸すと。だから、君は僕に頼む必要なんてない。ただ命じてくれればいい」
「……いいのか、ヨハン?」
「いいも何もない。だって僕らだって、君に王になって欲しいんだから」
ヨハンの言葉に、他の二人もまったく異論はないようだった。
戸惑うシャノンに、三人は自らの信頼を預けるような視線を向けていた。
「……ありがとう。恩に着る」
視線と共にそれを受け取ったシャノンは、改めて彼らに頭を下げた。
……人を信じるのは怖い。
どれだけ信頼を置いた相手であっても、心の奥では何を考えているのか分からない。なぜなら、彼は前世において、人生の最後の最後で、もっとも信頼していた相手に裏切られたのだから。
だから、今世では人間付き合いは適当に済ませていた。
いつも適当にへらへらしておいて、本音は隠し続けてきた。
それは結局、他人に裏切られるのを怖れていたからだ。
けれど、シャノンは――いや、〝彼〟は再び誰かをちゃんと信じようと思った。
今まではやはりどこかで一線を置いて、他人とは深く関わらないようにしていたが……それではダメなのだ。
結局のところ、〝彼〟はそういう人間なのだ。
人間の本質というのものは、一度死んだくらいでは直らないのである。
誰かの言葉を借りるのであれば、そう――〝彼〟はお人好しなのだから。
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