150、戴剣式
……今日はついに戴剣式が執り行われる日だった。
戴剣式とは、この国では王位を譲る儀式のことを指す。他の国ならば戴冠式と言われるところだが、この国では聖剣を継承することで王位を譲るため、そのように呼ばれている。〝勇者〟ブルーノの次の代から行われている由緒正しい儀式である。
戴剣式は大々的に行われる。
王城前広場には大勢の市民たちも集まり、新たな王の誕生を盛大に祝うのだ。戴剣式から一週間は街中がお祭り騒ぎである。
王城前広場には、この国を〝勇者の国〟にした英雄、ブルーノ巨大な銅像も建っている。その広場で、この儀式は盛大に行われるのだ。
「……ついにこの日が来たな」
王城から、ウォルターは広場の様子を眺めていた。
すでに儀式を行うための式典場も設置され、その前に大勢の市民たちが集まりだしていた。本当に物凄い人数だ。すでに広場はかなりの熱気に覆われている。
あと少しすれば儀式は始まる。
そうすれば、王位は自分のものだ。それを邪魔するものは誰もいない。
「シャノンも最後の最後に何やら悪あがきをしようとしていたようだが……さすがに時間がなかったようだな。ま、今まであれだけ遊び呆けて時間を無駄にしていたのだ。自業自得というやつだな」
くくく……とウォルターは笑ったが、しかし引っかかっていることもあった。
(一つ気に掛かるのは父上のことだな。確か戴剣式の前に重要な話があると以前言っていたはずだが……あれは結局何のことだったのだ? 改めて訊ねたら何でもないとはぐらかされてしまったが――まぁさほど気にすることでもないか)
それは本当ならばとても重要なことだった。
儀式で使われている聖剣は偽物で、本物は別の場所に安置されているという事実は、本来なら戴剣式が行われる前に新たな王位継承者に伝えられるはずだった。これまでもずっとそうしてきたのだ。
ブルーノは聖剣を王権の象徴にしたが、あの聖剣は常人ではとても扱えるものではなかった。結局、儀式では偽物を使うしかなかった。そうしなければ、触れた途端に意識を失って儀式どころでは無いからだ。
本来、ウォルターはそのことをすでに教えられているはずだったが……現王アルフレッドは、なぜか彼には何も伝えなかったのである。
それどころか、むしろアルフレッドの態度はここ数日やけによそよそしくもあった。ただ、ウォルター自身はその変化をあまり重要なことと捉えていなかった。一言で言えば、もうアルフレッドのことなどどうでも良かったからである。王位の無くなったあの男など、ウォルターにとってはただの抜け殻でしかないのだから。
「さて、後はシャノンがどう出るかだな……おれが撒いた餌に食いついてくるか、それとも何もせずにいるか。くくく、さぁどうするシャノン? もし貴様が何か動きを見せれば――その瞬間、貴様は終わりだ」
ウォルターは自分の勝利を確信していた。
「ウォルター殿下、お時間です」
家臣が呼びに来た。
いよいよ、戴剣式が始まる――
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広場に用意された式典会場はとてつもなく巨大で立派なものだった。
まさに世界の盟主たるアシュクロフト王国に相応しい威容だ。
もちろん、警備は厳重である。式典会場にはこの国の重鎮はもちろん、諸外国からも大勢来賓を招いているからだ。
今回、その警備の全てを担っているのが異端審問会だった。騎士団はウォルターの意向により、徹底的にこの式典から役割を奪われている。そのせいで現場はむしろ大変なことになっていたが、ウォルターは自分のメンツだけを優先させた。彼はこのまま、騎士団の本来の役割さえも全て異端審問会に取って代わらせようという魂胆だった。そう遠くない内に、現行の中央騎士団は解体するつもりなのだ。
もちろん、そんなことを聴衆たちは具体的に知らない。こういう時はいつも白い鎧の人たちが立っているのに、今回は黒い鎧の人たちが立っているなぁ、くらいなものだ。
儀式はつつがなく進み、やがてウォルターがアルフレッドから聖剣を継承されるところまでやってきた。
用意された式典会場の真ん中で、家臣に付き添われたアルフレッドと、ウォルターが向かい合うようにして近づいていく。
両者の手が届く距離になると、ウォルターはアルフレッドの前で膝を突き、頭を垂れた。
ここで現王であるアルフレッドがウォルターに聖剣を直に渡して継承するのだが――なぜか、アルフレッドは少し躊躇う様子を見せていた。
「……? どうされたのですか、父上?」
段取りにはないことだったので、ウォルターが怪訝に思って訊ねると、
「ああ、いや……何でも無い」
アルフレッドは何事もなかったように振る舞って、最初の段取りに従ってウォルターに聖剣を渡した。
恭しく聖剣を受け取ったウォルターは、それを大きく掲げながら自らの足で立ち上がった。
すると、広場に熱狂的な歓声が巻き上がった。まさに、いまこの瞬間に新たな王が誕生したのだ。
彼は気分良さそうに手を上げて民衆に答える。
やがて熱狂が静まって広場全体が静かになったところで、ウォルターは口を開いた。用意された魔術道具が、彼の声を広場全体に届ける。
『諸君、今日という素晴らしい日をこのように迎えられることを心より嬉しく思う。この聖剣こそ、今日にいたる我がアシュクロフト王国の繁栄の証そのものだ。かつて〝勇者〟と呼ばれ、この聖剣で魔王を倒したブルーノ様のおかげで世界は救われ、そしてこの王国は多いに発展を成し遂げることが出来た。ブルーノ様がいなければ、いまこの世界の繁栄そのものがなかったと言っても過言ではないだろう。偉大なる〝勇者〟の存在に、我々はいま改めて大きな喝采を送ろうではないか』
ウォルターがそう言うと、会場は再び先ほどのように大きな熱狂に包まれた。
いまのこの世界の人々にとって〝勇者〟とは本当に特別な存在だ。誰もがブルーノの逸話を聞いて育つ。誰もがブルーノに憧れて大人になる。それがこの世界の当たり前の光景だった。
ここにいる全ての人間たちにとって、もはやブルーノという存在は単なる歴史上の人物というだけでなく、精神的な支柱である象徴でもあるのだ。
もう一度広場が静かになったところで、ウォルターは続けて口を開く。
『……だが、魔王が倒され、大戦が終結してから100年もの月日が経っても、未だに魔族の脅威は消えていない。そのことは、先日の襲撃事件で諸君も理解したことだろう。そう、魔族はまだ滅びていない。今もまだどこかで息を潜め、隙あらば我々の平和を脅かそうとしているのだ!』
ウォルターは芝居がかった口調で言って、聖剣を鞘から抜き放った。
白銀の光を掲げながら、ウォルターは滔々と続ける。
『だが、それもわたしの代で終わりにすると誓おう! わたしは必ず、この手で人類の憎き敵である魔族をこの世界から葬ってみせよう! そして、真に平和な世界を作り上げて見せよう! 偉大なる〝勇者〟の末裔として、そのことをここに誓うッ!! この聖剣にかけてッ!!』
会場が揺れた。
ウォルターのパフォーマンスは、これまでにない熱気を会場に生み出していた。
家臣の多くも、まるで熱に浮かされたようにその光景を見ていた。その光景は、まるで本当に新たな〝勇者〟が誕生したかのようにさえ見えた。
……どこか冷めたような目でそれを見ていたのは、自分の席に戻ったアルフレッドだけだった。
ウォルターは内心でほくそ笑みながら、事前に用意しておいた段取りを続けた。
『この言葉がただの嘘偽りではないことを示すために、わたしは今日、この手で先日の襲撃事件の首謀者とされる魔族の公開処刑を行う。覚悟なき者に、この偉大な王国の指導者は到底務まらない。わたしは自らの意志を示すためならば、この手を穢すことを決して厭わない。かつてブルーノ様がその手で魔王を屠ったように、わたしも〝勇者〟の末裔として、その責務を果たすッ!! さぁ、罪人をここに連れて来いッ!!』
ウォルターが叫ぶ。
すると、警備に当たっていた異端審問会が聴衆のど真ん中をかき分けて通路を作り始めた。
その通路はブルーノが立つ式典の壇上と、聴衆の後ろまで延びていった。
それでようやく、人々は一台の重装甲馬車がそこに停まっていることに気付いた。
「おい、さっさと降りろ!」
その馬車から降りてきたのは
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