148,ウォルターの策略

「この無能めがッ!!」

「がはッ!?」

 ウォルターは思いきりヘルムートのことを殴り飛ばした。

 床に倒れ込んだヘルムートの目の前に、ウォルターが怒りの形相で立ちはだかる。

「これだけ時間が経っても、あんな小娘から自白の一つも引き出せんとは……貴様はそれでも異端審問会の長官か? 何のために貴様に大層な肩書きをくれてやっていると思っているんだ? ええ?」

「も、申し訳ございませんウォルター様ッ! ですが、あの魔族は思っていた以上に強情でして……も、もういっそこうなったら、さっさと始末して証言をねつ造してしまった方が……」

「馬鹿め。大勢の前であの女に証言させることに意味があるのだ。そうすることでシャノンの失脚は決定的なものになる。証言をねつ造しただけでは、反対派の連中は必ず反発してくるに決まっている。ただでさえディンドルフ家までがシャノン側についたのだ。これ以上、向こうの味方を増やすわけにはいかん。やつの足元を崩すためには、どうしてもあの女の口から証言させねばならんのだ」

 と、ウォルターは苛立たしそうに言った。

 その顔にはどこか余裕がないように見えた。

(くそ、この段階でディンドルフ家が向こう側につくとは……カールのことだから再びこっちにすり寄ってくるだろうと踏んでいたが、当てが外れた。いや、これを決めたのはカールじゃないのか? シャノンが懐柔工作を? それともブリュンヒルデが? まさかあの婚約の話はブラフではなく本当だったのか――)

 あれこれ考えたが、全て振り払うようにウォルターは大きく頭を振った。

 ディンドルフ家がシャノン側についたというのは、正式にそのような発表があったわけではない。だが、動きを見ていれば分かる。

 これまで政治闘争には人一倍、時間と労力をかけてきたウォルターだ。目に見えない水面下の細かな動きには誰よりも敏感なのである。

 つい先日までシャノンの味方はマギル家を筆頭にした騎士団が主体の派閥だったが、そこにディンドルフ家も加わった。騎士団は騎士の家系に強い影響力があり、ディンドルフ家は文官の家系に強い影響力がある。相手が騎士団だけならいくらでもやりようはあったが、ディンドルフ家まで積極的に関わってくると少しばかり厄介だ。

(くそ、一連の動きからすると、シャノンは明らかに王位を狙って動き始めている。でなければ、今さらディンドルフ家を動かすはずがない。なぜ今さら……まぁどう考えても無駄なことではあるが、厄介なことには違いない)

 ウォルターは部屋の中をうろうろと動き始めた。

 ヘルムートは立ち上がり、ただ直立不動の状態で立ち尽くしていた。その顔はまるで死刑宣告を待つ死刑囚のようだ。実際、ウォルターの機嫌一つでヘルムートの首は物理的に飛ぶことになる。とてもではないが、この状況で生きた心地などしないだろう。

 だが、すでにウォルターの視界からヘルムートは消えていた。

 彼に見えているのは、己の〝敵〟であるシャノンのことだけだった。

(くそ、何かないのか……シャノンのことを蹴落とす方法は。今のままでは例の魔族の女に証言させることも難しい。いったいどうすれば――)

 そこまで考えてから、ふとウォルターはあることに気付いた。

(……待てよ? 

 普段の冷静なウォルターなら、とっくにこのことに気付いていたはずだろう。だが、彼はようやくそのことに思い至ったのだった。

(魔族という連中は意味不明な思考回路をしているからな。命よりも名誉を重んじる連中だ。だから潔く自分の〝手柄〟を吹聴しているのかと思っていたが……そうではないのか? もし、この証言そのものがシャノンのことを庇っているのだとすれば……シャノンに剣を向けたというのも、もしかして芝居なのでは?)

 それは根拠のあるものではなかった。

 ただ、何となくそう思ったというだけだ。

 加えて、ウォルターは他の情報も思い出していた。

(そう言えば、ヘルムートどもがあの女を監獄から連れ出した後、シャノンたちも女の身柄を確保しに来たという話だったな。なぜそんなことをした? 女に仕返しするためか? いや違うな。それでは何かしっくり来ない……これまでのあいつの行動を考えろ。あいつは何が目的だ? なぜ今さら王位を狙うような動きを見せる? 考えろ、考えろ――)

 はた、とウォルターは突然立ち止まった。

「……まさか、

 突然、ウォルターはそのことに思い至った。

 細かいところまではウォルターにも分からない。

 だが、急にそう思えたのだ。

 女はシャノンのことを庇っている。そして、シャノンは女のことを助けようとしている。

 そういう構図にすると、これまで不可解に思えていた全ての事象に一本の糸が通って、一気に辻褄が合うように思えたのだ。

 そのことに思い立ったウォルターは、すぐに更なる先を考え始めた。

(もし、もしそうだとすれば――は使えるぞ。シャノンを貶めるための一手を打てる。仮にこれを失敗したところで、おれが王位に就くことには変わりないしな。一か八か、やってみる価値はある)

 ニヤリ、とウォルターは口端を大きく歪めた。

「……ヘルムート」

「は、はい!?」

を思いついたぞ」

「は? よ、余興ですか?」

「そうだ。おれが新たな王になるのに相応しい、素晴らしい余興だ。こいつが成功すれば――今度こそ、シャノンは終わりだ」

 

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