116,戦争の原因

 洞窟の中に静けさが舞い降りる。

 焚き火の爆ぜる音と、外から聞こえる雨音が、やけに大きく聞こえた。

「……直後? それはつまり……あの最終決戦のすぐ後、ということか?」

「そうだ」

 シャノンは頷く。

 わたしはすぐに言葉を発することができなかった。

 こいつががわたしの正体に気付いているのではないか、というのは薄々気付いていた。わたしが死んだ後も、こいつの人生は続いたはずだ。その間に知る機会はあっただろう――そう思っていた。

 だが……まさか、それがわたしを殺した直後のことだとは考えていなかった。

「……あの場で、気付いたのか? いったいなぜ……どうやって気付いた?」

 訊ねると、シャノンはその時のことを思い出すように、苦しげに顔を歪めた。

「……魔法の鎧が消えて、お前の顔が見えた時、もしかして――と思った。でも、その時点ではまだ確信はなかった。わずかに面影はあったが……成長して顔つきもそれなりに違っていたからな」

「なら、どうして」

「お前が、を持っていたからだ」

「――」

 あの石。

 そう言われて、不意に記憶がよみがえった。

 再会の約束をした時、わたしはヴァージルに魔石の片割れを渡した。

 そして、もう一つの片割れを、わたしは前世でずっと大事に持ち続けていた。

 どんな時も、肌身離さず懐に入れていた。

 わたしが死んだ後、シャノンは――いや、ヴァージルはその石のことに気付いたというのか?

 あんな、ただの小さな石ころの存在に。

「……あんなの、ただの石ころだぞ? そこらへんに落ちてる石とそう変わらなかったはずだ。なのに、どうやってそれに気付いた?」

「ただの石ころなもんか。オレだって、ずっと片割れの石を持ってたんだ。断面を合わせればすぐに分かる」

「……」

 

 その言葉に、わたしは少なからず衝撃を受けていた。

 同時に、どうしようもない嬉しさも覚えていた。

 もしかしたら、ヴァージルはわたしのことなんて忘れているかもしれない――そう思ったことは何度もあった。

 わたしにとってはヴァージルとの時間はかけがえのない時間で、そしてヴァージルはかけがえのない存在そのものだった。

 でも、そう思っていたのはもしかしてわたしだけだったのでは――そう不安になったことは、それこそ一度や二度ではない。その不安は、ずっとわたしに付き纏っていた。

 だから、ヴァージルの言葉は、わたしにとって何よりも嬉しいものだった。あの石をずっと持っていてくれたということは……彼も、わたしのことを忘れていなかったということなのだから。

 だが――悲痛な表情を浮かべるシャノンの顔を見たら、そんな気持ちは全て吹き飛んでしまった。

「……なぁ、ミオ。教えてくれ。どうしてあの時、オレに教えてくれなかったんだ? 自分がミオだ――って。どうして名乗り出てくれなかったんだよ」

 ハッとした。

 気が付くと、ヴァージルはわたしに怒ったような、それでいて泣きそうな、そんな顔を向けていた。

 それはもう、どうしようもなくヴァージルだった。

 もう、わたしにはシャノンのことが、ヴァージルにしか見えなかった。

 ――いや、違う。

 そうではない。

 こいつは元々、シャノンではない。

 

 そのことに気が付くと、わたしはつい、相手の視線から目を背けてしまっていた。

「……わたしは、もしかしたらもうお前はわたしのことなんて忘れているかもしれない、と思った。だから、言い出すのが怖かった」

「そんなことあるもんか! オレはずっとお前のこと――」

「でも、それだけじゃない。もし仮にお前が覚えていてくれたのだとしても……今さら、そんな都合のいいことが許されるはずないと思った」

「都合のいい……?」

「……なぁ、。お前、もしあそこでわたしが正体を明かしていたら……どうしていた?」

「そんなの決まってる。ミオと一緒に、どこかへ逃げていた」

 ヴァージルはきっぱりと言い切った。

 それは、わたしが最も欲していた言葉だった。

 嬉しさと後悔が同時に溢れて――すぐに、とてつもない自己嫌悪に襲われた。

 わたしはかぶりを振った。

「……いや、それは無理だ。それは、決して許されることではない」

「何がダメなんだよ!?」

「人間との戦争を主導していた〝魔王〟が、どの面下げてお前に正体を明かせたというのだ。だというのに、最後の最後で、自分だけ都合良く逃げる? そんなこと、許されるわけがないだろう」

「そんなことない。あの戦争は別にお前のせいで始まったわけじゃない。お前だって、言ってみればあの戦争の被害者の一人じゃないか」

「いいや、それは違う。あの戦争は全てわたしの責任だ。わたしが止められなかったから――」

「違う。お前が部下を止めようが止めまいが、確実にあの戦争は起こっていた。

「……なに? どういうことだ?」

 わたしが訝しげに訊ねると、シャノンは――いや、はどこか皮肉げな笑みを浮かべた。

「どうもこうもない。あの戦争を仕組んだのは当時の列強と呼ばれた国々で、何があってもお前たちと戦争を起こすつもりだったんだよ。最初に村を一つ焼き払って、それを魔族のせいにして、弁明しようとしたお前の父親を殺した。お前たちは、あの戦争を仕組んだ列強にただ乗せられただけだ。仮にお前がうまく部下を抑えて最初の衝突が防げたとしても――列強側は執拗に次の手を打っただろう。あいつらは魔族と戦争をするきっかけがどうしても欲しかったんだ。だから、なにをどうやったところで、大戦はどこかで必ず勃発していたはずなんだよ」

「……な、に?」

 すぐには言葉が出てこなかった。

 というのも、それだけヴァージルの言葉がわたしにとっては衝撃的なことだったからだ。

 人間側のが、ゲネティラに存在する魔石鉱床を狙っている――それにはわたしも気付いていた。そして、父を殺した連中は、そうしたに違いない、と。

 そう、あくまでもがそう仕組んでいるに過ぎない――わたしはそう思っていたのだ。

 だが……戦争を仕組んだのがだったとなると、話は大きく変わってくる。

 人間たちの世界を動かしているのは、列強と呼ばれる国力の高い国々だ。時代ごとに入れ替わることもあるが、列強の総意は人間社会全ての総意と言っても過言ではない。

「だ、だが……あの当時、ゲネティラは当時の列強全ての国と国交があったのだぞ? それをなぜ、わざわざ戦争を起こしてまで奪う必要があったのだ? 我々は交易で十分、人間側に魔石を拠出きょしゅつしていたはずだ」

「単純にそれじゃ足りなくなったってことだ。それに、元々人間側には魔族を下等種族と見ている連中が多かった。なぜわざわざ下等種族と交易などする必要があるのか。領土を奪った方が手っ取り早いし、もっと大量の魔石を産出できる――列強はみんなそう考えて、お互いに密約を結んだ。徒党を組んでゲネティラを滅ぼして、お宝を山分けしよう――ってな」

「そ、そんな……じゃあ、わたしが何をどうしたところで、あの戦争は防げなかったというのか……?」

「そうだ」

「……」

「だが、列強にとって大きな誤算だったのは、ゲネティラの軍事力――魔王軍が強すぎたことだ。人間側は魔法の力をあまりにも過小評価していた。魔族なんて、魔術技術を全く持たないただの未開人だと思っていたわけだ。しかし……開戦からわずか十日で、列強の一つが陥落した。連中はさぞ驚いただろうな」

 と、ヴァージルはますます皮肉げな笑みを浮かべた。その笑みは、あまりヴァージルらしくはなかった。

「そこからはもう泥沼の戦争の始まりだ。列強はあっという間になりふり構ってられない状態になった。〝連合軍〟が出来たのも、そこで初めて魔王軍の脅威に人間側が気付いたからだ。最初は連携なんてまったく考えてなかっただろう。むしろ、我先に領土を奪ってやろうと、お互いを出し抜こうとしていたくらいだった。最初はどの国も1年くらいで戦争は終わると思っていたみたいだが……戦争はどんどん長引いて、いつからか総力戦に入った。まさかゲネティラが、列強の軍勢を相手にあそこまで戦うなんて、人間側は誰も想像してなかったんだ」

「……」

「で、最終的に全部おいしいところを持っていったのがアシュクロフト王国だった。当時の列強の中では、アシュクロフト王国はまだ国力が弱かった。それが戦時特需で腐るほど儲けて、その金で戦後に大国にのし上がった。他の列強は、むしろ大戦で国力を落としたから、完全にこの国の一人勝ちだ。ゲネティラの領土の大半も、いまはこの国が領有している。しかも今や〝勇者〟の国だからな。本当に――ブルーノのやつはうまくやりやがったと思うよ。、自分はのうのうと王位について、いまやこの世界を救った〝勇者〟なんだからな」

「……奪った? どういうことだ? 確か、お前は以前、自分から手柄を譲ったと……」

「それは嘘だ。オレは……あいつに何もかも奪われたんだよ。そして、最終的に大戦が終結してから20年後に〝反逆者〟として捕らえられた。すでに王になっていたブルーノのやつにな。それでオレはその時に――牢獄の中で死んだ」

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