101,死の因果
人間側がまともな反撃を開始すると、騎竜兵たちは瞬く間に撃墜され始めた。
すでに何機かの対空
「はぁ……ッ! ぐ……ッ!」
わたしはその場にしゃがみ込み、荒い息を吐きながら、その光景をじっと見ていた。
空はすでに騎竜兵の独壇場ではない。彼らは狩る側から、狩られる獲物になっていた。
そして、そのきっかけを作ったのはわたしだ。
わたしがあいつらの邪魔をした。
その隙に、人間たちは反撃の手筈を整えた。
思わず自分の手を見下ろしていた。
……殺せなかった。
殺そうと思えば、わたしは騎竜兵たちを殺せた。
でも、それができなかった。
結局、彼らは人間たちに殺される。
それが分かっていて――わたしは、自分の手を穢すことを、最後に躊躇してしまった。
「わたしは……いったい何がしたいんだ……?」
自分でも分からなかった。
これ以上、どちらにも争って欲しくない。
殺し合って欲しくない。
だが――どちらかが死ななければ、この争いは、決して終わらない。
なら、わたしはいったいどうすればいいのだろうか?
「あ、ぐ……ッ!?」
がつん、と頭を鈍器で殴られたような痛みが襲ってくる。
体内で魔力が荒れ狂っているのが分かる。
わたしはその場にうずくまって、何とかそれを静めようとした。痛みに耐え、ただひたすら魔力を抑え込むことだけに集中する。
「はぁ……ッ! はぁ……ッ!」
ようやく顔を上げられるようになった時には、全身が汗でびっしょりになっていた。身体全体が熱を発しているのが自分でも分かる。
正直、立ち上がるのも苦痛だったが、いつまでもこんなところでじっとしている暇はなかった。
「……早く、行かないと」
この時点で、わたしはすでに感じていたのだ。
城壁の向こう側――遠くから近づいてくる、とてつもない巨大な魔力の気配に。
恐ろしいほど禍々しい気配だった。
そして――同時に懐かしい気配でもあった。
わたしは、この気配が誰のものか知っている。
かつて、わたしを支えてくれたこの大きな気配を忘れるはずがない。忘れられるはずがなかった。
「……マルコシアス、お前だな。そこに、いるんだな」
何とか立ち上がる。
身体を魔力で強化して、無理矢理動けるようにする。
走り出した。
とにかく走った。
頭は割れるように痛いし、右手にはほとんど感覚もなかった。
それでも、わたしはただ気配のする方向に向かって走った。
……今なら、今ならまだきっと間に合う。
マルコシアスたちは決死の覚悟で王都を目指しているはずだ。
このままあいつらが王都に突撃を敢行したとしても、作戦は恐らく失敗する。
すでに騎竜兵による奇襲は失敗した。
人間側が本気で反撃に出た時の恐ろしさを、わたしはとてもよく知っている。
マルコシアスだってそれは分かっているだろう。
だが……恐らく騎竜兵による奇襲が成功しようがしまいが、あいつらが止まることはない。
きっと死ぬまで戦うだろう。
でも、わたしなら。
わたしなら、マルコシアスを止めることができるかもしれない。
名前も顔も知らない指揮官がアサナトスを率いているのであれば、きっとそれは不可能だろう。
だが――わたしがここにいて、マルコシアスがアサナトスを率いていると言うのであれば、まだ希望はあるはずだった。
わたしならマルコシアスを説得できるはずなのだ。
そうすれば、きっと――これ以上の無益な殺し合いは止められるはずだ。
もうこれ以上は――
「あなた!?」
悲鳴のような声がした。
「……何だ?」
とても切羽詰まった声だったので、わたしは慌てて声のした路地へ入っていった。
すると――そこに魔族の男がいた。
一目で戦士だと分かった。
すでに満身創痍で、
「お母さん、お父さんが!?」
戦士の目の前には男が倒れている。人間の男だ。
そして、すぐ近くには小さな子供を抱きしめたまま座り込んでいる女の姿もあった。
戦士はぼろぼろの
状況はすぐに分かった。
この魔族の戦士が、倒れている男を斬ったのだ。そして、女と子供は恐らく斬られた男の家族に違いなかった。逃げているところを襲われたのだ。
『はぁ……ッ! はぁ……ッ! 人間は、一匹残らず殺す……ッ!』
戦士が大きく剣を振り上げた。
今度は女と子供を切り捨てるつもりだ。
女が抱いている子供を庇うように伏せた。自分の身を挺して子供を守るつもりなのだ。
『待てッ!!』
わたしは慌てて
男が驚いた顔で振り返る。
恐らく仲間が来たと思ったのだろうが、わたしの姿を見るとすぐに困惑した顔になった。
『だ、誰だ、貴様は……? 同胞、なのか……? いや、しかしこの気配は……いったいどちらのものだ? なぜ我々の言葉を話せる?』
わたしの持つ気配に、相手はさらに困惑を深める。
なるべく警戒させないよう、わたしはゆっくりと話しかけた。
『落ち着け、相手は女子供だ。殺す必要なんてない。それより、こんなところにいたらお前がすぐに人間たちに殺されるぞ。早くここから逃げろ』
『逃げろ? 逃げろだと?』
わたしの言葉に、困惑を浮かべていた戦士の様子がいきなり変わった。
困惑は消え去り、わたしを強く睨みつける。
『我々にどこへ逃げろと? 逃げる場所など、もうどこにもありはしない。どこにいても人間に見つかれば殺されるだけだ。ならば、ここで戦って死ぬまでのこと。一匹でも多くの人間を道連れにしてな――ッ!』
『ま、待てッ!?』
戦士は問答無用で女に向かって剣を振り下ろした。
わたしはとっさに
火花が散る。
戦士は剣を押し込みながら、さらに強くわたしを睨みつける。
『貴様、魔法が使えるということは同胞なのか? ならばなぜ邪魔をする!?』
『相手は無抵抗の一般市民だぞ!? 殺す必要などあるのか!?』
『おれの家族は人間どもに殺された! おれの目の前で! やつらは面白半分におれの家族を殺したのだッ!』
戦士は怒りを叩きつけるように両手に力を込めた。
力では確実に押し負けると思った。
だが、背後には女と子供がいる。
「く――ッ!」
ここでわたしがこいつを止められなければ――間違いなくこの彼女たちは殺される。
止めるためにはどうするべきか?
そんなのは決まっている。
わたしがこの手で――
頭でそのことは理解できていた。
けれど……わたしは、ここでもまた迷ってしまった。
『どけッ!』
戦士が剣を振り払い、わたしは弾き飛ばされてしまう。
その隙に、戦士が女と子供へ襲いかかった。
『やめろッ!』
わたしはとっさに、自分の持っていた
『な――』
戦士が驚愕に眼を見開いたまま、地面に倒れる。
すぐに大きな血だまりが出来た。
「はぁ、はぁ……」
息を荒くしたまま、わたしはただ呆然とその光景を眺めていた。
自分がやったことだというのに……まるで現実感がなかった。
『き、貴様――やはり、人間なのか』
呆然としていると、戦士が何とか顔を上げてわたしを睨みつけていた。口からも血が溢れている。
戦士の目が、急に何かを悟ったように見開いた。
『そうか、さきほどの〝攻撃〟は貴様のせいだったのか。貴様のせいで、おれたちは――』
怨嗟に満ちた目でわたしを睨みつけながら、戦士は今度こそ息絶えた。
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