100,テディ・マギル

 テディは重装鎧グラヴィス・アルマを身につけた後、部下を引き連れ、すぐに機械馬マキウスで市外地へと飛び出して行った。

 頭上を見上げると、何騎もの騎竜兵が飛び回っている。

 だが、対空火能カノンが稼働している様子はない。

(ちっ、やはり〝実戦〟では訓練通りにはいかぬか――)

 王都の防衛に当たる第一中央騎士団では、定期的に有事を想定した訓練を行ってきた。

 有事の対応には、もちろん騎竜兵への対処も含まれている。魔族の騎竜兵が現れた場合、対空火能カノン砲は即座に稼働してこれを撃ち落とす――これができなければ、被害は大きく増える。

 とにかく、一基でも対空火能カノン砲をまともに稼働させなければ話にならない。

 ただ――それは敵も百も承知だ。向こうは明らかに、対空火能カノン砲を重点的に狙って攻撃していた。市外地への攻撃は陽動程度だ。

 それを確認したテディは、まず城壁を目指した。まだ破壊されていない砲台を確保し、正常に稼働させるためだ。

 その時、頭上で爆音がした。

 砲撃だ。

 どうやら砲台が稼働したらしい。

「あれは――第九砲台か!?」

 テディは歓喜の声を上げそうになった。でかした、と思わず叫びそうになった。

 だが、すぐに魔族側も反撃に転じた。

 魔術防壁のせいで遠距離魔法が砲台には直接効かないと見るや、ワイバーンから魔族の戦士が飛び降りるのが見えた。

 少ししてから、第九砲台が内側から吹き飛ぶのが見えた。

「クソ――ッ!」

 テディは全力で悪態を吐いた後、すぐに部下へ命令を下した。

「アルフレート、貴様らは第五砲台へ向かえ! 何としてでも砲台を稼働させろ! 儂らは第三砲台へ向かうッ!」

「はっ!」

 テディたちは二手に分かれ、それぞれ別の砲台へと向かった。

 テディが向かったのは第三砲台だ。どの砲台も城壁の上部に設置してあり、出入り口はそこにしかない。まずは地上から城壁内部の階段を使って、上部まで駆け上がる必要があった。

 彼らは機械馬マキウスから飛び降りると、すぐに城壁内部へ入り、階段を駆け上がっていった。

 城壁の上部に出て、すぐに砲台を目指した。

 砲台の内部へ入る出入り口はすでに破壊されていて、中に侵入した魔族が騎士たちに襲いかかっているところだった。

 一人を除いて、他の人間はみな殺されていた。

 最後の一人も魔族に殺される寸前のところだったが、飛び込んでいったテディがそれを間一髪のところで食い止めた。

 魔族の戦士は、人間の騎士と同じように全身を重装鎧グラヴィス・アルマのようなもので覆い尽くしている。それは魔法で生み出された鎧であるが、強度はまるで本物の鎧かそれ以上だ。

 テディの剣と、敵の剣が交差して火花を散らす。

 力はテディが勝ったようで、相手は少し体勢がよろけた。

 テディはその一瞬で相手を頭上から一刀両断した。

 彼の凄まじい腕力によって振り下ろされた剣は、魔法で生み出された強靱な鎧をものともしなかった。騎士たちの使う剣はもちろん魔術道具なので、魔力の恩恵によって通常の剣よりはかなり切れ味が増している――ということもあるが、単純にテディの腕力が凄まじかったのだ。

 重装鎧グラヴィス・アルマは使用者の身体能力を強化する機能があるが、強化が強いほど魔力使用量や身体への負荷は増大する。

 テディの重装鎧グラヴィス・アルマは完全に特注品で、彼以外が使えば肉体への負荷が大きすぎてすぐに動けなくなるレベルの代物だ。この鎧を使いこなせるのは、常人離れした肉体を持つテディだけである。

 血を吹き出し、魔族の戦士が倒れる。絶命すると同時に、魔法で生み出された鎧は砂のように形を失い始めた。

「お主、立てるか?」

 腰を抜かしていた騎士を引っ張り起こすと、テディはすぐに視線を巡らせて現状を確認した。部下の死体が三つ転がっているのを見て、さすがに彼の顔も苦しげに歪んだ。しかし、今は彼らを手厚く葬ってやれるような時間はなかった。

「あ、ありがとうございます、テディ様。何とお礼を言えば――」

「礼などよい。それより、砲台はすぐに動かせるか?」

「は、はい。魔術防壁のおかげで砲台そのものに損傷はありません。しかし、動かすにしてもわたし一人だけでは……」

「なら、儂が連れてきた部下を補充要員としてここに置いていく」

 テディはそう言ってから、連れてきた部下たちを振り返った。

「お前らはここで砲台の稼働に従事しろ」

「はっ、了解です!」

 部下たちは胸に手を当てて敬礼してから、すぐに一人が訊ねた。

「テディ様はどうされるのですか?」

「この砲台が稼働し始めたら、恐らく連中はここを集中的に狙ってくるはずだ。すぐにまた乗り込んでくるだろう。そいつらは全て儂が片付ける」

「お一人で、ですか? それはさすがに危険では――」

「悪いが、周りに人がいると思いきり力が出せぬのでな。そいつも真っ二つにし損ねたわ」

 と言いつつ、テディはさきほど倒した魔族の死体を見下ろした。魔法で生み出された鎧を失った魔族の戦士は、すでにその身を完全に晒していた。テディさえ超えるほどの、強靱な肉体を持った魔族の男だった。その身体が、ほとんど真っ二つになっている。わずかに背中の皮が繋がっている程度だ。

 ……どう見ても〝真っ二つ〟と言える状態なのだが、テディとしてはと思っているようである。

 テディの言葉は『お前らでは足手まといだ』と部下たちに言ったようなものだったが、誰も彼に抗議や異論などはしなかった。ただただ、彼の凄みに圧倒されただけだ。

「ということだ。外のことは儂に任せてもらおうか」

「は、はっ! 了解しました!」

「急げッ! 30秒で用意しろッ! すぐにあのハエどもを撃ち落とせッ!!」

「はっ――ッ!!」

 テディの号砲のような声に、全員が弾かれたように動き出した。

 それから、彼はすぐに外に出て、近くにある見張り台に昇って周囲の様子を窺った。

(……すでに半数以上の砲台が落とされている。このままでは他の砲台も稼働前に落とされるかもしれん。魔術防壁で魔法攻撃は防げるとは言え、さきほどのように乗り込まれたらひとたまりもない。なるべく、連中の意識をこちらへ向けなければ――)

 砲台が一つでもまともに稼働を始めれば、連中はそこに攻撃を集中させるはずだ。

 その隙に、別の砲台が稼働するまでの時間を稼ぐ。

 この第三砲台が稼働し始めれば、魔族の戦士たちは砲台を破壊しようと一斉に襲いかかってくるだろう。

 それらを全て食い止めるのがテディのやるべきことだった。

(とにかく時間を稼ぐのだ。一つでもまともに砲台が稼働を始めれば、形勢はこちらに傾くはず――)

 そう思っていると、突然、空中で爆発が起こった。

 それも、一度だけではない。

 連続して何発も、断続的に爆発が起こったのだ。

「ぬッ!? な、何事だ!?」

 最初はどこかの砲台が稼働したのかと思ったが――そういった様子はまったくなかった。見える範囲の砲台は沈黙したままだ。

 だというのに、さらに空中で爆発が起こる。

 困惑したまま目を凝らしていると、見たこともない謎の光が、次から次へと騎竜兵たちに襲いかかっていくのが見えた。

「な、なんだあれは……?」

 テディは呆然とその光景を眺めた。

 火能カノン砲による砲撃ではないようだった。

(まさか新型の魔術兵器か? いや、しかしあんな兵器が開発されたなど聞いたこともない――)

 尾を引きながら空を駆ける光の矢は、まるで生きているかのように騎竜兵たちを追い回していた。

 そう、ただ真っ直ぐに飛んでいるだけではない。動き回る騎竜兵のことを追尾していたのだ。

 しかしながら、光の矢は騎竜兵には直撃はしなかった。ただ追い回して、少し離れたところで爆発しているだけだ。直接的な攻撃にはなっていなかった。

 だが、テディはこれをチャンスだと思った。

(いったい何が起こっているのか分からぬが……とにかくこれはチャンスだ)

 騎竜兵たちは光の矢から逃げ回るのに精一杯になり、こちらに攻撃をしている余裕がなくなっていた。

 その間に、テディたちが押さえた砲台が稼働を開始した。

 すぐに砲撃が始まる。

 半ば不意打ちのように発射された一撃が、騎竜兵を一騎撃ち落とした。爆風をもろに受けたワイバーンが、錐揉きりもみしながら市街地へと落下していく。

 その間に、別の砲台も稼働を始めていた。

 空に次々と砲撃が加えられ、爆風が騎竜兵たちを撃ち落としていく。

 気が付くと光の矢はすでに消えていたが、すでに反撃の態勢は整っていた。騎竜兵たちはあっという間に防戦一方の状態へと追い詰められていた。

 すると、何騎かの騎竜兵が砲撃を掻い潜りながらテディたちの砲台へと接近してきた。

 ワイバーンから戦士が飛び降りるのが見えた。

「ふん、来おったか」

 テディは見張り台の上から飛び降り、砲台を背にして剣を構えた。

 城壁の上に飛び降りた魔族たちが、凄まじい速さで迫ってくる。

 相手は三人いたが、テディは全く動じなかった。むしろ、想定していたよりも少ないくらいだ。

 先ほどの謎の攻撃のおかげで、人間側はすでに圧倒的に有利な反撃体勢が整いつつあった。

「いくらでもかかってくるがよい。ザコでは相手にならぬわ」

 テディはバシネットの中で不敵に笑い――真正面から敵を迎え撃った。

 

 

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