104,今度こそ
「お前、どこ行ってたんだ!?」
アンジェリカが駆け寄るよりも先に、シャノンの方が飛び出していた。それは本当にすごい勢いだったので、アンジェリカはびっくりして、自分が動くタイミングを完全に逃してしまった。
一方、エリカの様子はどこか少しおかしいように見えた。
なぜだか苦しげな表情で、足取りがややおぼつかない。そのくせ、やたらと焦ったような顔をしていたのだ。
シャノンが傍に寄ると、エリカはふらついて、彼にそのまま倒れかかった。
いや、倒れかかったように見えたが……そうではない。
彼女は、自分からシャノンに縋り付いたのだ。
「シャノン、頼む! すぐにわたしを城壁の外へ出してくれ!」
「は? な、なに言ってんだお前は?」
開口一番、エリカはとんでもないことを言い出した。当然ながら、シャノンも困惑している。
アンジェリカもハッとして、すぐに駆け寄った。
「ちょっと、エリカあんた何言ってんのよ!? 状況分かってんの!? ていうか何でこんなところに来たのよ!? 早く安全なところに避難しないとダメでしょ!? 状況が分かってないの!?」
「頼む、お願いだ! わたしを――わたしを、外に出してくれ! わたしなら、もしかしたらあいつを止められるかもしれないんだ! だから頼む!」
「あ、あいつ? いったい何の話なの?」
アンジェリカはただひたすらに困惑した。
エリカの様子は尋常ではなかった。
これまで、彼女がこれほどまでに感情を露わにしているところを、アンジェリカは一度も見たことがなかった。
「頼む! このままじゃまた同じことを繰り返してしまう! 今なら、まだ間に合うかも知れないんだ!」
「ちょっと、エリカ落ち着いてって! 何の話だか全然分かんないわよ!?」
「頼む、頼むから、わたしを外に出してくれ! わたしはあいつに会わなきゃいけないんだ……ッ! お願いだ……頼む……ッ!」
エリカは必死に、懇願するように、シャノンに縋り付いていた。
よく分からないが、エリカは混乱している様子だ。
とにかくここはいったん落ち着かせなければ――そう思っていると、
「……お前なら、連中を止められるのか?」
急にシャノンがそんなことを言い出した。
え? と思わずアンジェリカは彼に視線を向けていた。
エリカは覚悟を決めたような顔で、シャノンに向かって頷いた。
「……必ず止める。止めて見せる。今度こそ」
「そうか――なら、オレがそこまで連れてってやる」
シャノンが指笛を吹くと、どこからともなく彼の
シャノンはその上に飛び乗ると、すぐにエリカへ手を伸ばした。
「乗れ!」
エリカは少し迷った様子を見せてから、シャノンの手を掴んだ。
ぐいっ、と彼は一気にエリカのことを
「え? ちょ、ちょっと? 殿下? エリカ?」
アンジェリカが状況についていけずに困惑していると、
「アンジェリカ、何があっても門を開けるな!! オレたちのことは心配無用だとヨハンにも言っておけ!!」
と、シャノンが指示を飛ばした。
それはいくら相手がシャノンでも、すぐに承服できるような指示ではなかった。
「いや、だから、ちょっと待ってくださいって!? 何なんですか!? エリカも、どういうことなの!? 何であんたが外に行く必要があるのよ!? 今から魔族の連中が攻めてくるかもしれないのよ!?」
「――だからだ」
困惑して喚くアンジェリカに、エリカは決意のこもった声で答えた。
思わず、アンジェリカは言葉を飲み込んでいた。
いまのエリカには、有無を言わさぬ迫力のようなものがあった。
それはきっと決意だ。
悲痛なほどの決意が、彼女を突き動かしている。
なぜか分からないが、アンジェリカはそう思った。
でも、どうして彼女にそれだけの決意が必要だというのだろう?
彼女には何一つ、関係ない話のはずだ。
なのに、なぜ。
「わたしには〝責任〟がある。だから――今度こそ、それを果たす。何としてでも」
「エ、エリカ……?」
目の前にいるのはエリカのはずだった。
けれど、今の彼女は――これまで一度も見たことのない〝誰か〟のように見えた。
そう思っていると、
「アンジェリカ、今までありがとう」
急に、彼女は笑みを浮かべた。
いつものわざとらしい愛想笑いではない。
これまで一度も見たことがないような、優しげな笑みだったのだ。
それは本当に不意打ちだった。
「……え? エリカ?」
「シャノン、出してくれッ!」
「おうッ!! ぶっ飛ばすぞッ!! しがみついてろッ!!」
エリカに応えるように、シャノンは全力で
もうすぐで完全に閉じようとしていた城門のわずかな隙間を、二人を乗せた
直後、ゆっくりと閉まっていた門が、ようやく完全に閉まった。
「……」
アンジェリカはただ呆然と、その光景を見送ることしかできなかった。
……最後にエリカが見せた顔は、まるで別れの挨拶でもしているかのようだった。
状況が分からない。
何も分からない。
だが――アンジェリカはただ漠然と、一つの不安を覚えていた。
それは……もう二度と、エリカには会えないのではないか、という不安だった。
そこへ、ようやく応援の部隊が現れた。
かなりの大部隊だった。
それほどの人数が全員、
部隊を率いてきたのはヨハンだった。
彼は
「アンジェリカ、大丈夫か!? 魔族の連中はどこだ!?」
「……襲ってきた連中は、全部シャノン殿下が倒しました」
「は?」
ヨハンは意味が分からない、という顔になった。
しかし……アンジェリカの言葉が真実だと示すように、そこらへんに魔族の死体が転がっていた。
それを確認してから、ヨハンは困惑したように再び訊ねた。
「……シャノンが、ここにいるのか?」
「いえ、さっきまではいたんですけど……もういないというか……」
「え? じゃあ、今はどこに?」
「……えっと、〝外〟に」
アンジェリカは城門を指差した。
ヨハンは最初、何のことか分からないという顔をしていたが――徐々に「まさか」という顔になっていった。
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