103,探しびと

「これですぐに本部から応援が来るはず……後は門を閉じるだけね」

 本部に緊急要請を入れたアンジェリカは、すぐに城門の閉鎖をする作業に移った。受話器を置いて、すぐにそれらしい操作盤に向き合う。

「えっと……これでいいのよね?」

 何やらそれらしい事が書いてある壁の操作盤を至近距離から睨みつける。

 ちなみに言っておくと、アンジェリカは大の機械音痴である。

 あまり複雑な魔術道具は使いこなすことはもちろん出来ず、教養として知っておくべき魔術知識を軽く習っただけで知恵熱を出して寝込んだことがある。日常生活で使うような算術ですら頭がおかしくなるのに、魔術で使うような高等算術など見ただけで吐き気を催すほどの魔術嫌いだ。

「あー、もう!? 何なのこれ!? どうしてスイッチが二つ以上あるのよ!? 門なんて『開ける』か『閉める』しかないでしょ!? 他のスイッチは何なの!? ていうか開け閉めするスイッチはどれ!?」

 ……それはあまり複雑な操作盤でないはずだったが、アンジェリカにとってはかなり複雑に見えたようだ。

 だが、そんな彼女にも、すぐに分かるような親切なスイッチが用意されていた。

 それは『緊急閉鎖』のためのスイッチだ。操作盤の端っこにあって、間違って押さないように蓋がついているやつである。

 焦りのせいで最初はそれに気付いていなかった彼女だが、ようやくそのスイッチの存在に気付いた。

「あったッ!! これねッ!!」

 アンジェリカはスイッチを押した。というかもう勢い余って「うおらぁッ!!」と力の限り殴りつけていた。

 制作者が必要以上に操作盤を頑丈に作っていてくれたおかげで、アンジェリカの乱暴な操作でも緊急閉鎖は正常に稼働を始めた。

 ごおん、と門が稼働する音が響いて、アンジェリカはすぐに詰め所を飛び出して行った。

(いくらシャノン殿下が強いって言っても、さすがに一人であの人数は無理だわ。すぐに加勢しないと――)

 アンジェリカは逃げることなど考えもせず、シャノンに加勢するつもりでさきほどの場所まで戻って来た。重装鎧グラヴィス・アルマも身につけていないのに魔族の戦士と戦うなど自殺行為だ。けれど、彼女にはそんなことはまるで頭になかった。とにかく目の前の敵と戦わなければ――という思いしかなかったのだ。

「……え?」

 ……しかし、戻って来たアンジェリカが見たのは、一人で全ての敵を倒してしまったシャノンの姿だった。

 そこらへんに見慣れぬ死体が転がっている。人間に似ているがツノやシッポが生えている者、犬にしか見えない者、何だか分からない爬虫類みたいな見た目の者――彼らはみな、魔族の戦士だろう。

 魔法で生み出した鎧は、本人が死んだら形を失って消え去るという話は聞いたことがある。剣に関してもそうだ。

 魔族はあらゆるものを魔法で生み出すが、それらは核となる魔力が失われると消え去るのである。

 ようするに、鎧のない状態で倒れている連中はみんな死んでいるということだ。

「アンジェリカ、よくやった。門が閉じ始めたようだ。本部へ応援の要請はしたか?」

 呆然としていたアンジェリカに、シャノンが何事もなかったような軽い調子で話しかけてきた。全身は魔族たちの返り血で真っ赤だ。けれど、シャノンには一切動じた様子がなかった。

 彼女はハッとなり、慌てて敬礼をして答えた。

「は、はい! すぐに応援がこちらに来るはずです!」

「そうか。ひとまず、最悪の事態は避けられたか――」

 そう言いながら、シャノンは市街地の方を振り返っていた。

 アンジェリカも同じように視線をそちらに向ける。すると、向こうもやけに静かになっていることに気付いた。

「……あれ? なんか静かですね?」

「ああ。さっきまで砲撃の音がしていたが……どうやら向こうも何とかなったみたいだな。思った以上に早く火能カノン砲が動き始めたみたいだ。これなら、向こうの応援には行かなくてもよさそうだな……恐らくはテディだな。あいつのことだ、すでに市街地にも騎士団を向かわせているだろうし、こちらには大部隊を寄越しているはずだ。あいつが団長じゃなかったらもっとやばかったかもな。さすがにこれは、いまのヨハンにはまだ少し荷が重いだろうからな――」

「……」

 アンジェリカは、再びシャノンに視線を向けていた。

 実に落ち着き払った態度だ。ついさきほど、魔族の戦士たちと死闘を繰り広げたとは思えない。その上、目の前のことだけではなく、他の現場のことまで冷静に状況を分析している様子だ。

 とても普通ではない――と、アンジェリカは思った。

 この状況でこれほど冷静でいられるなど、がなければあり得ないことだ。

「アンジェリカ」

 気が付くと、シャノンがこちらを見ていた。

 アンジェリカはすぐに姿勢を正した。もう彼女の目には、シャノンはテディ以上の歴戦の騎士に見えていた。

「は、はい!」

「聞きたいことがある。お前がここにいる間、エリカのやつがここに姿を見せなかったか?」

「は? え? エリカが、ですか?」

 アンジェリカは突然の質問に困惑してしまった。

 なぜこのタイミングでシャノンがそんなことを聞くのか、さっぱり分からなかったからだ。

「どうなんだ?」

 だが、シャノンはいたって真剣な様子だった。

 彼女は姿勢を正したまま答えた。

「い、いえ、わたしは見ていませんが……」

「……そうか。なら、まだ市街地の方にいるのかもしれないな。そっちを探すか――」

 何やらぶつぶつ言っている。

 そこでふと、アンジェリカは先ほどのことを思い出した。

(そう言えば、殿下ってさっきわざわざ本部からエリカのこと聞くためにわたしに連絡してきたんだったわね……何があったのか良くわかんないけど、もしかして殿下がここに来たのって、そもそもエリカを探すためだったとか――?)

 シャノンが来なかったら、この城門は恐らく今ごろ魔族たちの手に落ちていただろう。もしかしたら破壊されていた可能性もある。そうならなかったのは、絶妙とも言えるタイミングでシャノンがここに現れたからだ。

 だが、そもそもなぜ彼はあのようなタイミングでここに現れたのか。

 危機を察知して、いち早く敵の目的を見抜き、それを防ぐために城門に来た――という可能性もなくはないが、それにしたって早すぎる。未来予知でもしていなければあれほど早くここに来ることはできなかったはずだ。

 それに、確か最初に彼はこう言っていたはずだ。

 人探しの途中だ――とか何とか。

(もしかして、エリカに何かあったんじゃ――)

 アンジェリカがそう思い始めた時、ふと彼女の視線の先に人影が見えた。

 応援の騎士団が来た、というわけじゃない。人影がぽつんと、一人でこっちにやって来るのだ。

 最初は訝っていたアンジェリカだったが、その目はすぐに驚きへと変わった。

「……え? エリカ……?」

「は? エリカだと?」

 呆然と呟いたアンジェリカの言葉にシャノンも反応した。

 そして、彼も同じようにすぐぽかん、となっていた。

 向こうから歩いてくるのは、本当にエリカ・エインワーズ本人だったのだ。

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