109,迎撃準備

「ヨハン様、全ての平射火能カノン砲の準備が整いました」

「ご苦労。全員、その場で待機だ。いつアサナトスの軍勢が来るか分からない。厳重に警戒しろ」

「はっ!」

 ヨハンが命令を下すと、騎士は急いで自分の持ち場へと戻っていった。

 城門の真上には、すでにいつでも発射できるように準備された多数の平射火能カノン砲が用意されていた。砲身は全て、城壁の外側へと向けられている。

 城壁の上部は鋸壁きょへきという凸凹した形になっているが、砲身はその凹んだ部分から外に向かって伸びている。

 対空火能カノン砲と比べると口径は小さいが、これでもかなりの威力がある。この城門部分ではそれが全部で十五門配備されているので、総合的な火力は凄まじいものになるだろう。もし仮に今から敵が突撃してきたとしても、この平射火能カノン砲の一斉射撃でひとたまりもないはずだ。

 ……しかし、ヨハンの顔はどこか不安げだった。

 彼には一つ、気がかりなことがあったからだ。

 それはシャノン、そしてエリカのことである。

(アンジェリカの話では、シャノンはエリカさんを連れて外に出て行ったということだったけど……なぜそんな危ない真似を……?)

 城門で何があったのか、ヨハンはアンジェリカからいちおう報告は受けている。

 だが……それを聞いたヨハンは混乱するばかりだった。

(ダメだ、分からないことが多すぎる……けど、今は二人を捜索するために外に出ている暇はない。敵の軍勢はすでに、すぐそこまで来ているんだ)

 王都の魔力探知機はすでに、丘の向こうにまで迫っている魔族の大軍勢を捕捉している。

 今のところ、なぜか丘の向こうで進軍は止まっているが……それはただ突撃する準備を整えているだけかもしれない。

 今のヨハンは、騎士団の副団長としての自分と、シャノンやエリカの友人としての自分と、その二つの間で板挟みになっていた。

 本当は今すぐにでも、二人を捜索するために外へ飛び出して行きたいところだが……立場上、それは無理だ。もちろん、部下にそれを命じることも出来ない。いまは何を置いても、とにかく王都の防衛が最優先だからだ。

「ヨハン、準備は出来たか」

 テディがやって来た。

 ヨハンは重装鎧グラヴィス・アルマバシネットの前を開けた。テディも同じように前を開け、お互いの顔が見えるようにする。

「はっ、父上。平射火能カノン砲はすでに配備できています。城門はもちろん、どこから来てもいいように死角がないよう各所に全て配備しています。ですが……向こうは依然、丘の向こうで止まったままのようです」

「ふむ……」

「恐らくですが、向こうもすでに作戦が失敗していることは把握しているのではないでしょうか。そのため、このまま作戦を続行すべきかどうか判断を迷っているのではないかと思われますが……普通に考えれば、このまま突撃してくることはまずないでしょう」

 ヨハンはそう判断したが、テディは頭を振った。

「いや、連中のことだ。このまま突撃してくるという可能性は十分にある。油断するな」

「……今のまま突撃など有り得るでしょうか? まともに考える頭が残っていれば、まさかこの状態で突撃などしてこないとは思いますが……」

「ヨハンよ、相手は魔族だ。やつらは人間以上に名誉を重んじる連中だ。死ぬことよりも、潔く散る方を選んだとしても何ら不思議ではない。元より、これは恐らく決死の覚悟で行われた作戦のはず……むしろ、いま連中が丘の向こうで進軍を止めている方が、儂には不自然なことに思える。作戦が失敗したからと言って、撤退を考えるような連中ではないはずなのだ」

「……」

 それを聞いたヨハンは、ふとこんなことを思った。

 もしかして、外に出て行った二人がアサナトスの進軍を止めているのではないか――と。

(いや、それはさすがにあり得ないか。二人だけでどうやってあの軍勢を止めるというんだ。話し合いが出来るような相手ではないんだぞ)

 ヨハンは自分の考えを振り払ってから、改めてテディに訊ねた。

「父上、シャノン殿下ともう一人の女性のことはいかが致しましょう?」

「残念だが、現状では何も出来ん。二人の捜索のために騎士を危険に晒すわけにはいかん」

「しかし、殿下という立場の人間をこのまま危険に晒したままというのも……」

「だとしても、だ。今の状態で外に出て捜索などあまりに危険過ぎる」

 テディが頑として首を横に振るので、さすがにヨハンもそれ以上は意見できなかった。確かに、それがいかに危険なことであるのか、ヨハン自身も理解しているからだ。

「まったく、いったい殿下は何を考えておるのだ。このタイミングで外に出て行くなど……しかも女を連れて行くなど正気ではないぞ。悪ふざけにしても限度というものがある」

 テディは珍しく、かなり本気で怒っていた。

 どうやら、彼はシャノンが遊び半分で外に出て行ったのだと思っているようだ。女を連れて行ったのも、ちょっとした危ないデートのつもりなのだろう――と。

 もちろん、ヨハンはそんなことは思っていない。きっと何か理由があるに違いないのだ。

「父上、殿下は悪ふざけで外に出て行った訳ではないと思います。実際、殿下が城門を守っていなければ、もっと被害が増えていたのかもしれないのですから。殿下の活躍については、父上だってすでに報告は受けているでしょう?」

「それはまぁ、そうだが……本当に殿下が城門を襲撃した魔族を全て倒したのか? いまいち信じられんのだが……」

「殿下が自分の実力を隠していたことは、父上も薄々感じていたはずです。だからあれだけ、しつこく殿下に稽古をつけようとしていたんですよね?」

「それは確かにそうだが……しかし……」

 テディはそれでも信じられない様子だった。

(……やはり、あのことを父上に言うしかないな)

 と、ヨハンは覚悟を決めた。

 火竜フォティアの件だ。あれは本当はシャノンが一人で倒したのだと言えば、テディもシャノンの隠された実力の程を知るだろう。そうすれば、アンジェリカたちの証言にも信憑性を感じるようになるはずだ。

「父上、実は――」

「観測所より緊急の連絡ですッ!! 敵に動きがあったようですッ!! 大軍がこちらに向かって再び進軍を開始したとのことですッ!!」

 一人の騎士が慌てたように走ってきた。

 ヨハンとテディはハッとした。

 慌てて丘の向こうに目を向けた。

 すると……すぐに丘を乗り越えて、魔族の軍勢が姿を見せた。

「な――」

 ヨハンはその数に思わず圧倒されてしまった。

 物凄い数だ。あっという間に丘を埋め尽くしてしまった。それはヨハンの想像をはるかに超えていた。

(――100年だぞ? それだけ戦い続けて来て、まだあんなにアサナトスの兵士がいるのか?)

 もしかしたら自分も心のどこかで、少しばかりアサナトスのことを軽く見ていたのかもしれない。それほどの兵力は残っていないだろう、と。

 だが……それはとんだ勘違いだった。

 仮にこれで〝残党〟なのだとすれば、かつての魔王軍はどれほどの軍勢だったのだろうか?

 飛脚竜ヴィーブルに跨がった軍勢の移動速度はかなり速かった。機械馬マキウスと遜色ない進軍速度だ。

 さきほどは、これだけの火能カノン砲があれば敵は近づくことすらできないだろうと思っていたが……ようやくヨハンは気付いた。

 いまある火能カノン砲だけでは、あの数を防ぎきることは不可能かもしれない、と。

「全員、配置につけッ!! やつらを王都に近づけるなッ!!」

 テディが凄まじい大声で号令を出した。

 それからヨハンに向かって、

「ヨハン、我々も迎撃の準備だ! 火能カノン砲だけであの数を全て片付けるのは恐らく無理だ! 城壁に近づいてきた連中は、我々騎士団で直接迎撃する! 実戦だ!! 覚悟を決めろ!!」

 と、叱咤するように言った。

 ヨハンは慌てて敬礼した。

「は、はい! 分かりました!」

「行くぞ!」

 弾かれたようにテディは走り出し、ヨハンもそれに続いた。

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