41,王位と欺瞞
「父上、ウォルターです」
「入れ」
「はっ」
ウォルターが入室すると、アルフレッドはソファに座っていた。
いつもベッドで横になっていることが多いのだが、どうやら体調が少しマシな様子だ。
「父上、寝ていなくて宜しいのですか?」
「大丈夫だ。今は気分が良いのだ。さきほど薬も飲んだからな」
「そうですか……それは良かったです」
「お前がわざわざ遠方から取り寄せてくれたあの薬、よく効いておるよ。あの薬を飲むととても気分が良くなるのだ。公務のことといい、お前には本当に感謝しておる」
「お止めください父上。わたしは別にお礼を言われるようなことなどしていません。ただ父上の力になりたいだけなのです」
「迷惑かけてすまぬな……まぁ座るが良い」
「はい」
ウォルターはアルフレッドの対面に座った。
「それで、父上。なにやらお話があるということでしたが……」
「うむ。それなのだがな……ウォルターよ、わたしはお前に王位を譲ろうと思っておる」
「お、王位をですか?」
ウォルターは驚き、困惑した顔を浮かべた。
「何を仰っておられるのですか、父上。父上はまだまだお若いではないですか。王位を譲るには少し早すぎます」
「そうだな……わたしも身体が壮健であれば、そう思っておっただろう。だが、お前も知っての通り、いまのわたしはこのザマだ……体力が衰えているのは自分がいちばんよく分かっておる」
「し、しかし……そう決めるのはまだ早いのではないでしょうか? これから回復に向かう可能性もあるではありませんか」
「かもしれん。だが、今のお前であれば、王位を譲っても立派にやっていけるであろう。この一年、お前の働きぶりはよく見させてもらった。お前ならば、この国の王を任せられる」
アルフレッドは真面目な顔で言った。
戸惑う様子を見せていたウォルターだったが、彼が本気だということを理解すると、その顔に覚悟を浮かべた。
「……本気なのでしょうか、父上」
「うむ。承諾してくれるか、ウォルターよ」
「……承知いたしました。このウォルター、父上のご意向に従います」
「そう言ってくれると助かる」
アルフレッドは肩の荷が下りたような顔をした。
そこへウォルターは控え目に訊ねた。
「それで、時期はいつごろに?」
「次の戦勝記念式典に合わせて〝
「さ、三ヶ月後ですか? そんなに急に……」
「どうした、まさかやっぱり怖じ気づいたとでも言うのか?」
「いえ、とんでもありません。お任せください、父上。わたしが新たな王となり、この国のさらなる発展を約束いたしましょう」
ウォルターはソファから立ち上がり、改めてアルフレッドの前で片膝を突いて頭を垂れた。これは貴族に社会における最上級の礼を示すものだ。
アルフレッドは満足したように頷いた。
「頼んだぞ、ウォルターよ」
「はっ」
ウォルターはそう返事をしてから、おもむろにこんなことを訊ねた。
「……ところで、父上。この王位継承の件、シャノンは知っているのでしょうか?」
「あいつには別に言っておらぬ。言ったところで無駄であろうからな。あいつはそもそも王位を継ぐつもりもないのだ。まぁ、わたしもあいつに王位を継がせるつもりは毛頭ないがな。あいつには後で言っておけばいいだろう。それがどうかしたか?」
「いえ、何でもありません」
ウォルターは恭しく頭を垂れた。
……顔を伏せた時、彼はアルフレッドには見えないようにほくそ笑んでいた。
μβψ
自室に戻ったウォルターは、一人になるなりつい笑いだしてしまっていた。
最初はくぐもった小さな笑いだったが、それは段々と大きくなり、最後には愉快極まりないといった哄笑になっていた。
「ははは! いいぞ、これで全て計画通りだ……まさかここまでうまくいくとはな。長年かけて毒を飲ませてきた甲斐があったというものだ」
ニヤリ、とウォルターは邪悪な笑みを見せた。
そこには、先ほど父に見せていた『父の容態を案じる息子』としての顔など欠片もなかった。
ウォルターは上機嫌な様子でソファに座り、これからの〝計画〟を頭に思い浮かべた。
「これで俺が王になるのはもう確実だ。すでに土台も出来ている。有力貴族はほとんど取り込んだ。後は目障りなマギル家、そしてディンドルフ家をどうにかできれば障害はなくなる。ディンドルフ家はまぁ何とかなるとして……問題はマギル家だな。やはりヨハンを殺し損ねたのは痛手だったな」
彼はぶつぶつと呟いていた。
そして、最後に口端を歪めながら、こう口にした。
「――だが、王位は俺のものだ。これで俺の勝ちは確定だ。もう貴様に勝ち目はないぞ、シャノン」
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