11,小貴族の戯れ言
「もぐもぐ……」
わたしはシュークリームを食べた。
これまで食べたことがない感じのお菓子だが……めちゃくちゃ美味い。
これはじっくり味わおう……。
「まったく、これだから小貴族みたいな程度の低い相手はイヤなのよね。あなたたちみたいな程度の低い連中はね、大人しく隅っこにいればいいのよ。それが分からないようならさっさとこの場から消え――って、ちょ!? なに普通にシュークリーム食べてるのよ!?」
「もご?」
シュークリームを堪能していると怒られた。
口の中のものを飲み込んでから相手に尋ねた。
「あ、すいません。やっぱり欲しかったですか?」
「だから違うって言ってるでしょ!? あなた、わたしを馬鹿にしてるの!?」
「いえ、そんなつもりは全くないんですが……というかそもそもからして御用件は?」
シュークリームが目的ではないのだとすれば、こいつは何のためにわたしに話しかけてきたのだろうか。別に知り合いでもないし、さっぱり見当がつかない。
わたしが首を捻っていると、ブル何とかはますます不機嫌になった。
「分からないヤツね! このわたしがわざわざ声をかけて名乗ったのよ!? だったらもう少しそれ相応の態度ってものがあるでしょ!?」
「????」
わたしの頭の上にハテナが無数に浮かんだ。
……なんだ? こいつは何が言いたいんだ? そもそも何を怒っているんだ?
多分何やら因縁をつけられているのではないか、というのは薄々分かるのだが……何を求められているのかが良く分からない。
わたしがよく分からないという顔をしているのが伝わったのか、相手の顔が『まさか……』という感じのものに変わり始めた。
「……あなた、ひょっとしてわたしのことを知らない、とか言うんじゃないでしょうね?」
「いえ、先ほど御名前はお伺いしておりますから存じております。えっと……ブ、ブルーゲイザー・デンドロビーム様ですよね?」
「誰よそれ!? あなた、やっぱりわたしのことを馬鹿にしてるでしょ!? してるのよね!? してるんでしょ!?」
相手がさらに怒り出した。
どうやら少し違ったようだ。
やっぱり人間の名前は覚えにくいな。
「わたしはディンドルフ家の人間よ!? 分かってるの!? わたしがお爺様に言いつけたら、あなたの居場所なんてこの国から消えてなくなるのよ!? それが分かってるの!?」
ブル何とかがますます怒り出した。
わたしは困ったので、もう直接訊ねることにした。
「えっと、すいません。そもそもわたしはどのようなご無礼を働いてしまったのでしょう? こういう場は初めてでどういった粗相をしてしまったのかよく分からなくて……」
「その態度よ、その態度! 小貴族のくせに、高位の貴族に対する礼儀がまったくなってないわ! わたしが話しかけたらね、もっと恐れ多く敬いなさい! それが当然の態度ってものでしょ!」
「……ええと。それはつまり、わたしが何かしたとかそういうことではなく、話しかけた時の対応が単純に気に入らなかったから怒っている――ということですか?」
「そうよ!」
「……それだけですか?」
「それだけよ!?」
それだけなのかよ。
「というか、そもそもなぜわたしに話しかけてきたんです?」
「はあ? わたしに声をかけてもらえるなんて光栄なことでしょ?」
「……」
わたしは少し黙って考えてしまった。
そして、ようやく理解した。
……あれ? これってようするに……本当にただ因縁つけられてるだけでは?
ようするに『なんかお前のことが気に食わなかったから一方的にイチャモンつけたけど思い通りの反応が得られなかったから気分を害した。とりあえず謝れ』ということか……?
言っていることがただのチンピラだった。別に社交でも何でもなかった。単にこの女が失礼なやつだっただけだ。
だったらもう相手しなくてもいいか。
わたしは馬鹿らしくなって、ブル何とかを無視して再びお菓子を食べ始めた。
「もぐもぐ……」
「まぁでも、わたしは心が広いからね。いますぐにわたしへの無礼を謝罪するのなら許してあげてもいいわよ。そうでないとあなたのことはお祖父様に言いつけて――って、だから何でお菓子食べてるのよ!?」
「もご?」
わたしは相手を振り返り、飲み込んでからにこやかなエリカスマイルを浮かべた。
「あ、申し訳ありませんブルーゲイザー様。まだ何か御用でしたか?」
「だからブリュンヒルデよ! 最初しか文字が合ってないでしょ! わたしはディンドルフ家の人間だって言ってるでしょ!? ディンドルフのことを知らないなんて冗談もほどほどになさい!」
「そう言われましても……なにせわたしはろくにお菓子も食べられない貧乏な小貴族なもので……雲の上の存在である大貴族様のことなど怖れ多すぎて寡聞にして存じません」
「はぁ!? ちょっとあなた、ディンドルフの名前を知らないなんてどこの田舎ものよ!?」
「本当に申し訳ありません。生まれも育ちも王都なもので……」
「なら知ってるでしょ!?」
「いいえ。まったく知りません。聞いたこともございません」
「な――」
わたしはエリカスマイルで言い切った。
本当にまさか相手が自分を知らないなどとは思ってもいなかったのか、女はもはや唖然とした顔をしていた。この反応を見るにどうやらこいつの家はよほど有名な家のようだが……まぁ知らんもんはしょうがない。
わたしはエリカスマイルのまま、唖然としている女に向かってこう付け加えておいた。
「まぁ、あなたが偉かろうがどうだろうがわたしにはよく分かりませんし、どうでもいいことですが……あなたの態度は相手に対して普通に失礼だと思いますので、改めた方が良いと思いますよ? それとも、それが大貴族としての〝作法〟なのでしょうか? もしそうなら、わたしは何も言いませんが……おっと、失礼しました。今のはたかが小貴族の戯れ言だと思って聞き流してくださいませ」
「な、な――何よあんた!? その失礼な態度は!?」
女はめちゃくちゃ怒った。
わたしはさらにエリカスマイルを深めた。
「ほほほ。失礼はお互い様だと思いますけれど?」
「こ、この――」
「ちょ、ちょっとどうしたのさ、ブリュンヒルデ」
わたしたち二人が言い合っていると、間に一人の男が割って入ってきた。
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