27,食事のお誘い
わたしは自身の思うところを隠しながら、アンジェリカに笑みを向けた。それが〝わたし〟の笑みなのか、それとも〝エリカ〟の笑みなのか、わたし自身にも判断はつかなかった。
「アンジェリカ、それより今日はどういう用件だ? 何か用事があって、こんな朝っぱらから来たんだろう?」
「え? ……あ、そうだったわ。忘れてた」
アンジェリカは本来の用件を思い出し、同時に怒りを忘れた様子だった。説明しよう、アンジェリカは同時に二つのことを考えられないのだ。
「ねえ、エリカ。実はヨハン様があんたのことを食事に誘いたいって言ってるのよ」
実に唐突な話だった。
わたしはアンジェリカの言葉を理解するのに少し時間がかかった。
「……ヨハンさんが? それはどこのヨハンさんの話だ?」
「この前、式典で会ったでしょ? マギル家のヨハンさんよ」
「……どこのエリカさんを?」
「いや、あんたよあんた。エリカ・エインワーズさんよ」
「……ええと、なんで?」
わたしはただ純粋に首を傾げた。
大貴族が自分を誘う理由がまったく思いつかなかったのだ。同じ大貴族のご令嬢ならまだしも、わたしのような吹けば飛ぶような貧乏貴族をなぜ大貴族の御曹司がわざわざ誘うのだろうか? 式典の時に少し話しただけだし、これといって親しくなったわけでもない。
真面目に疑問に思っていると、アンジェリカは溜め息を吐いた。
「……あんた、本当に自分の容姿とかに自覚とかないのね。言っとくけど、あんたを誘おうとしてる相手はヨハン様だけじゃないのよ? 知り合いのわたしに――というかドーソン家に仲介してくれって言ってきてる家は他にもいくつかあるんだから」
「は? わたしを?」
「そうよ」
「……他のエリカさんと間違えてないか、それ?」
「だからエリカ・エインワーズさんだっての」
お前だお前、とでも言いたげにほっぺをむにむにと指で突付かれた。
「あんたのこの顔面はねえ、ちょっと反則なくらい美形なのよ。とりあえず顔面だけ見ればあんたは超がつく美人なの。しかも背も高くて大人っぽいから成人してるように見えるし……分かる?」
「いや、正直あんまり……」
そう言われたところで、わたしにはこんなヒョロガリのどこがいいのかさっぱり分からない。顔色だってそんなに良くないし、わたしが男ならまず見向きもしないだろう。
むしろ、わたしの感覚からすればアンジェリカの方がずっと『良い女』だ。こいつの鍛えられた肉体は服の上からでもよく分かる。実に素晴らしい肉体だ。日々騎士として鍛えているおかげか、魔力の気配も研ぎ澄まされていて、それもまた実にわたし好みだ。
「な、なによ? 人のことじろじろ見て……?」
「いや、わたしが男だったら、わたしみたいな女よりはお前を口説くけどなぁ……と思っていただけだ」
「うえ!?」
アンジェリカの顔が一瞬で真っ赤になった。
かと思ったらシュバ!! とすごい勢いで距離を取られた。
「そ、その顔面でそういうこと言うな! あんたが女だって分かっててもドキッっとしちゃうでしょうが! 冗談でも禁止!!」
「純粋に本心だが?」
「きーんーし!! 禁止ったら禁止!!」
力強く禁止されてしまった。
少し落ち着いてから、アンジェリカは話を進めた。
「ま、まぁでもとりあえず安心して。ヨハン様以外からのお誘いは全部、わたしが断っておいてあげたから。どいつもこいつも、まぁあのクソ王子ほどじゃないけどロクなやつがいなかったからね。でも、ヨハン様は本当に良い人だから。だから大丈夫よ。わたしが保証するわ。安心して」
「あ、ああ。ありがとう……?」
よく分からないがとりあえずお礼を言っておいた。わたしはいま何を保証されてしまったのだろう?
「というわけでお誘いは明日だから」
「そうか、明日か――って、え? 明日? おいおい、それはちょっと話が急過ぎないか? こちらにも都合というものがだな……」
「明日、何か用事があるの?」
「……まぁ何もないが」
貧乏貴族ごときに用事などあるわけがなかった。
なんせわたしはドーソン家以外とはまったく付き合いがないからな!
そもそも社交場なんてものに出たのも、前回のあれが初めてだ。そして次回の予定は特にない。
アンジェリカはにっこりと笑った。
「じゃあ、明日ね。ドレスはまた貸してあげるから大丈夫よ。場所はマギル邸なんだけど、せっかくだし送迎用の馬車もうちから出してあげるから安心して」
「あ、ああ。ありがとう」
「それで時間は――」
アンジェリカは善意100%の笑顔で勝手に話を進めた。すごい笑顔だったのでさすがのわたしも断りづらかった。
……というわけで、明日のわたしの予定が(一方的に)決まったのだった。
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