28,シャノンとアンジェリカ
――ジリリリリリリリッ!!!!!
あれこれ話していると、唐突に呼び鈴が鳴った。
その途端、アンジェリカは警報を聞いて臨戦態勢になった騎士のように鋭い気配になった。
「は!? まさかクソ王子――ッ!?」
「たぶんそうだな。ちょっと出てくる」
「待って!」
アンジェリカはわたしを片手で制し、鋭い目で言った。
いや、もう本当に鋭い。これから誰かを
「わたしが出るわ」
「……え? アンジェリカが?」
「大丈夫よ、エリカ。今日はちゃんとわたしがあのクソ王子を追い返してあげるからね」
「いや待てアンジェリカ。わたしは別にあいつには何もされてない。だから追い返す必要はないぞ」
わたしはやや焦った。
本当にあいつが追い返されたらわたしのメシがなくなってしまう。それは困る。それだけは本当に困る。←かなり切実
だが、アンジェリカの中ではすでにわたしはクソ王子の毒牙にかかろうとしている可哀想な被害者になっているようで、こちらの話を聞く様子はまったくなかった。
というか、どう見ても追い返すだけじゃ済まなさそうな雰囲気である。冗談抜きで刃傷沙汰になりそうな気配だ。
「安心してエリカ。わたしは相手が王子だからってビビったりしないわ。ドーソン家の名にかけてわたしがあんたを守ってあげるからね」
「その気持ちは嬉しいがその前にわたしの話をだな……」
「お、何だいるじゃねーか」
アンジェリカと話していると、室内に男の声が響いた。
シャノンだった。どうやら勝手に入ってきたようだ。
うん。どうしてわたしの周りには勝手に人の家に入ってくるようなやつばっかりなんだろうな?
「うわあ!? びっくしりした!?」
アンジェリカが驚いていた。
「うお!? なんだお前!?」
そして、驚いたアンジェリカにシャノンが驚いていた。
不法侵入者同士で驚き合っている。
新手の喜劇か何かだろうか。
「ちょっとシャノン殿下!? 人の家に勝手に入ってくるなんて非常識じゃありませんか!?」
「自覚あるか知らんがお前もだぞアンジェリカ????」
それにしても、こいつは前言通り相手が王子だろうが怯んだ様子はまるでなかった。こういうところはさすがドーソン家だな、と思った。
シャノンはわたし以外に人間がいると思っていなかったようで、少々困惑しているようだった。
「あ、いや、悪い。鍵が開いてたからつい……」
「鍵が開いてたら勝手に家に入っていいんですか!? 非常識ですよ!?」
「だからもお前もだぞアンジェリカ????」
「それで、シャノン殿下。今日はどのような御用件でしょうか? エリカに御用件があるのなら、このわたしが代わりにお伺いいたしますが?」
と、アンジェリカはシャノンを睨みながら言った。言葉使いこそ丁寧だが雰囲気は番犬のそれだ。今にも噛み付いていきそうだ。わりと本気で。
シャノンがアンジェリカを避けるように遠回りにわたしに近づいてきて、小声で話しかけてきた。
「お、おい、なんでアンジェリカがいるんだ。というかこいつ、お前の知り合いだったのか」
「そうだぞ。式典でも一緒にいただろう? アンジェリカとわたしは親戚なんだ。個人的な付き合いもそれなりに長いしな」
「そうだったのか……こいつはヨハンの部下だから、それで一緒にいるんだと思ってたよ」
「ちょっと、殿下? 何をこそこそしてらっしゃるんですか?」
アンジェリカがずいっと身を乗り出し、わたしとシャノンの間に割って入った。頼もしい番犬だ。ちょっと頼もしすぎるぞ。
ある程度の事情を知ったシャノンは、困惑を消してにこやかなわざとらしい笑みを浮かべた。それはまるで、わたしが〝エリカ〟としての笑みを浮かべている時のような顔だった。
「いやぁ、まさかアンジェリカちゃんまで一緒にいるとは思わなかったな。でもちょうど良かった。良かったらアンジェリカちゃんもオレの料理食べていくかい?」
気持ち悪いくらい愛想のいい喋り方だった。いかにも外面だけの、へらへらした態度だ。そう言えば、最初に対面した時はこんな感じだったな、とわたしは思った。
……ふむ。なるほど。どうやらこれがこいつの〝仮面〟ということか。わたしと同じように、こいつには〝本来の自分〟を隠すための仮初めの自分というものがあるようだ。
アンジェリカは怪訝な顔で首を傾げた。
「料理、ですか?」
「ああ。エリカちゃんにしばらく料理を作ってやるって約束したからな。なぁ、エリカちゃん?」
「すまんキモいからちゃん付けとかやめてくれ」(真顔)
本気で嫌そうな顔をしてしまった。
シャノンはすぐにまた小声で話しかけてきた。
「おい! 普段の〝シャノン〟はこういう感じなんだよ! 合わせろよ! オレはいつもこんな感じで周りと接してるんだよ!」
「いや普段とか知らんし……」
「お前だって式典の時はいやに愛想良かったじゃねえか。言葉使いだって全然違ってただろうが。それと似たようなもんだよ」
「まぁそれは分かるが……でもお前にちゃん付けされるのはぶっちゃけキモくて耐えられん。無理だ」(すごい真顔)
「ちょっと待って? そんなすごい真顔でキモいとか言われたらさすがにオレも傷つくんだが?」
「ここにいるのはアンジェリカだけだ。お前も〝普通〟にしてればいい。というか、その方がたぶんアンジェリカも警戒を解くだろう。お前の〝仮面〟は少しばかりわざとらし過ぎるからな」
「うぐ……」
シャノンは痛いところを突かれたような顔をしたが、すぐに言い返してきた。
「そ、それを言うなら、お前だってそうじゃねえか。人のこと言えんのかよ」
「ふん、わたしのあれはただ礼儀正しく上品にしているだけだ。貴族らしくな。お前の人間的に薄っぺらい下手くそな演技とは根本的に違う」
「めちゃくちゃな言われようだな……」
「とにかく、今は表面を取り繕うことなんて忘れろ。今のお前にだって、少なからず〝普通〟に接する相手はいるだろう?」
シャノンは少しだけ考える顔になった。それは心当たりがあるような顔だった。
「まぁ……そうだな」
「なら、その感じでいればいい。アンジェリカ相手にはむしろ、演じれば演じるほど逆効果だぞ。こいつは本能的にそれを見抜くやつだからな。だから、わたしもこいつにはいちいち取り繕った顔はしないことにしている。お前も今はそうしておけ。でないと番犬が噛み付くぞ。今のこいつは、お前のことをかなり警戒してるからな。噛み付かれたくなかったらわたしの言うことを聞いておけ」
「……分かった、分かったよ。〝普通〟にするよ」
シャノンは観念したような顔をした。
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