29,いつもと違う感じ
「ちょっと、さっきから二人だけでこそこそ話すのやめてもらえませんかね?」
シャノンが諦めたところで、番犬アンジェリカが再び割って入ってきた。
「エリカ、約束ってどういうこと? 料理って何の話?」
「あー、それはだな……」
わたしは少し考え、こう答えることにした。
「実は先日の式典の時にな、シャノン殿下の前で貧血で倒れてしまったんだ。その時、シャノン殿下がわたしにもっと普段から良い物を食べて体力をつけろと言ってくれてな。それで自らこうしてわたしに料理を作りに来てくれてるんだ」
「……え? シャノン殿下が? エリカの体調を気遣って?」
アンジェリカは非常に驚いた顔をした後、疑わしそうにシャノンをじろじろ見やった。
「……それ、本当なんですか? いま口裏合わせて無理矢理そう言わせたんじゃないですか? 弱みを楯に脅して……」
「お前、普通に不敬なこと言うな……オレ王子なんだが……まぁ、あれだ。おおむねそんな感じだ」
シャノンが頷くと、アンジェリカは再びわたしを見た。
「エリカはそれを受け入れたの?」
「ああ、せっかくのご厚意だからな」
「……」(じー)
アンジェリカはなぜかじっとわたしを見ていた。
……なんだ?
首を傾げていると、今度はシャノンを見た。
視線を何度か往復させてから、アンジェリカは何事かを決断したような顔で言った。
「……分かったわ。なら、わたしもご
μβψ
食事前のアンジェリカ
「ふん、まぁあのボンクラ王子がどの程度の料理を作れるのかわたしが見極めてやろうじゃない。どうせ大したものなんて出てこないでしょうけどね!」
食事を食べた後のアンジェリカ
「うっっっっっま!!!!!!!!!!!!!!!!」
アンジェリカはわずか二コマで陥落した。
「……な、何なのこれ。そんじょそこらの料理人よりずっと美味いじゃないの……嘘でしょ……」
あり得ない、と言いつつアンジェリカは手が止まらないようだった。
シャノンは偉そうに胸を張った。
「どうだ。オレの料理は。美味いだろう」
「……悔しいですが、認めざる得ないですね。いいでしょう、殿下。このわたしが、あなたの料理を評価してさしあげます」
「なんか上から目線なのが気になるが……まぁ認めるというなら許してやる」
「くっ、悔しい……でも美味しい……」(ぱくぱくぱく)
あれだけ嫌っていてボロカスに言っていた王子の激うま料理を、アンジェリカは美味そうに悔しそうに食べていた。もうどういう感情の顔なのかよく分からんが、たぶん自分でもよく分からないのだろう。
「これで分かっただろう、アンジェリカ? シャノン殿下は本当にわたしのために料理を作りに来てくれているだけなんだ」
「……そうね。絶対そんなの嘘だと思ってたけど……実際に料理も得意みたいだし、まんざらただの嘘というわけでもなかったようね。あの評判最悪なスコケマシ王子の手からまさかこんな世界最高級の料理が作られるとはわたしも予想外だったわ……」
「オレ王子だからな???? 分かってると思うけどそれ普通に不敬罪になる発言だからな????」
「でも、シャノン殿下。エリカが食いしん坊なのを良いことに、エサで釣ってぐへへなことをしようと思っているのなら、わたしが許しませんよ? もしそんなことを考えているのなら、例えあなたであってもわたしは容赦しませんからね?」
アンジェリカはシャノンを真っ直ぐに見た。その目には臆した気配はまるでなかった。相手が王族の人間だろうが、そんなことはアンジェリカにはまったく関係がないようだった。
いきなりの宣言にシャノンは多少面を食らったような顔をしたが、すぐにその顔は苦笑に変わった。
アンジェリカはむっとしたような顔になった。
「どうして笑うんですか?」
「いや……お前らは本当に仲が良いんだな、と思っただけだ」
「当たり前じゃないですか。わたしとエリカは固い友情で結ばれてるんですからね。ね、エリカ?」
「あー、そうだなー。そりゃもうガッチガチに固い絆で結ばれてるからなー」
「ほら、エリカもそう言ってるでしょう!?」
「なんかいまスゲー棒読みじゃなかったか……?」
「おい、シャノン殿下。それより器が空だ。おかわりを寄越せ」
「てめぇはてめぇで王子に対する敬意がまるでねえな!?」
「わたしのために作られた料理をわたしが所望して何が悪い。ほれさっさと寄越せ」
「ったくよ……人使いが荒いな……」
何だかんだ言いながら、シャノンはわたしの器を持ってキッチンへ向かった。
「……」
「……ん? どうした、アンジェリカ?」
何やらアンジェリカがじっとわたしを見ていた。
一度キッチンの方を振り返ってから、再びわたしを見る。
「……あんた、あいつの前では〝普通〟なのね。わたし以外にそういう喋り方してるの、初めて見る気がするわ」
「ああ……まぁ、あいつはいいんだ。わざわざ取り繕うような相手じゃない。お前だってそう思うだろ?」
「それはそうだけど」
アンジェリカはあっさり頷いた。
「でも一応は王子じゃない? わたしもさすがにあそこまで雑に命令まではできないわよ。そりゃ心の中ではいつもボロクソに言ってるけど」
「なら、そのまま思ってること全部言ってやればいい。案外喜ぶかもしれんぞ」
「それはそれでイヤなんだけど……」
アンジェリカは本当に嫌そうな顔をした。
「……でも、シャノン殿下の方も、なんか急にいつもと雰囲気が変わった気がするわね。いつものあのよく分からない気持ち悪さがないっていうか……」
何やら一人でぶつぶつ言っている。
……ふむ。やっぱりあの下手くそな〝仮面〟を外させて正解だったようだな。
今のアンジェリカからは、最初の時のような警戒心が感じられなかった。
その後も、何だかんだありつつ、わたしたちはシャノンの料理を堪能したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます