26,友人
「はあ!? あのクソ王子が連日この家に来てるですって!?」
アンジェリカは(比喩でなく)飛び上がっていた。
まぁそりゃ驚くのも無理はあるまい。なんせあいつは(いちおう)第二王子らしいからな。そんな感じはまったくせんが。
と思っていると、
「だ、大丈夫!? 何か弱みでも握られてるの!? 変なことされたりしてない!?」
めちゃくちゃ心配されてしまった。
わたしは思わず目を瞬いてしまった。
「い、いや、別に変なことはされてないが……」
「ほ、本当に? 実はされてるけど口止めされてるとかじゃないでしょうね?」
「いやどんだけあの王子に信用ないんだ????」
「あるわけないでしょ、あんなクソ王子! 良い噂なんて一つもないんだから! 女の敵よ、あんなやつ!」
めちゃくちゃな言われようだった。
以前アンジェリカから「女癖が悪い」という話は聞いていたが、それにしたってものすごい嫌われようだ。アンジェリカがここまで嫌うなんて相当だろう。良くも悪くも、こいつは裏表というものがない。誰かの悪口なんて、あんまり言わないようなやつなのだ。それがもうボロクソである。
「お前がそこまで嫌うなんて相当だな。何かされたりしたことがあるのか?」
「ええ、わたしも何度か口説かれたわ」
「え? 口説かれた?」
「そうよ。シャノン殿下はヨハン様とは親しいからね。うちの家はマギル家とは懇意にさせてもらってるし、殿下とも顔を合わせることは以前から何度かあったのよ。でまぁ、殿下はわたしのことを見つける度にあれこれ言ってわたしのことを誘うのよ。もちろん全部断ったけど」
「……どんな風に誘われたんだ?」
「『きみ、アンジェリカちゃんっていうの? 可愛いね、オレと食事でもしない?』 みたいな」
アンジェリカはシャノンの真似をするように言った。ちょっと似てた。
それからすぐにうんざりしたような顔になった。
「でまぁ、その後も事あるごとに、顔を合わせたらすぐにまた誘ってくるのよ。わたし、ああいう軽い男がいちばん嫌いなのよね。ああいうの見ると剣でどつきたくなるわね、ホント」
それはつまり斬り殺したいと言ってるのと同義では……?
「それと、わたしがいちばん気に食わないのはね、殿下がまるで自分の子分のようにヨハン様のことを扱ってるところなのよ」
「子分?」
「そう。まぁあの二人は子供時代からの付き合いらしいんだけど……にしたって、あの扱いはあんまりだと思うわ。ヨハン様もあんな人とは縁を切ればいいのに……」
「ヨハン様とシャノン――殿下は仲がいいのか?」
わたしは式典の時の二人のやりとりを思い出した。わたしが見た限りでは、気の置けない仲という感じに見えたのだが……どうやらアンジェリカはそう思っていないようだった。
……ん? そう言えばあと一人誰かいたような気がするが……誰だっけな。まぁ忘れるくらいだから大したやつじゃなかったってことだな。←本気で忘れている
「立場上、ヨハン様は殿下のことを無碍にできないってだけよ。だってヨハン様はいっつも困った顔してるんだから。本当なら相手なんてしたくないのよ、きっと」
「ふうん……?」
アンジェリカにはそういうふうに見えているようだ。まぁわたしよりもアンジェリカの方が二人には詳しいだろうから、本当にそうなのかもしれないが。
「それより……まさかと思うけど今日も殿下がここに来たりしないでしょうね?」
アンジェリカは急に警戒したような顔になった。
昨日も「また来る」と言っていたから、まぁ来るだろう。
わたしは頷いた。
「たぶん来ると思う」
「来るの!?」
「『また来る』と昨日言っていたからな」
「あんた、やっぱり何か弱みを握られたのね!?」
「いや、別にそういう訳じゃ――」
否定しようとしたが、ふとこう思った。
……でもあれだな。わたしの弱み(胃袋)を握られたという点では否定はできないのか。わたしにとってはもっとも弱点とも言える部分だからな。
「……ない、とも言えないな」
「やっぱり!?!?」
アンジェリカは驚き、そしてすぐに怒りを露わにした。
「やっぱりクソ王子ね、あんなやつ! 女の弱みを握って自分の思い通りにしようなんて許せないわ! 安心して、エリカ! もしあいつが来ても、今日はわたしが剣でどつき回して追い返してやるわ!」
「え? いや待て、それはちょっと……」
あいつが追い返されたらわたしのメシがなくなってしまう。それは困る。せめてあいつがメシを作ってから追い返してもらわねば。←メシのことしか考えていない
だが、鼻息を荒くしたアンジェリカは勝手にヒートアップし始めた。
「相手が王子だろうが関係ないわ! エリカのことはわたしが絶対に守ってあげるからね!」
「待て、落ち着けアンジェリカ。ひとまず落ち着け。ほら、どうどう」
「がるるるる!!」
アンジェリカをなだめる。
こいつは怒りっぽくてすぐに周りが見えなくなるやつだが、単純にいいやつなのだ。こうして怒っているのも、ようするにわたしのためなのだから。
アンジェリカはわたしを〝友人〟と認識しているのだろう。こいつとは幼なじみみたいなものだし、何ならお互いに姉妹のような相手でもある。すでに家族がいない今のわたしにとって、こいつはもっとも付き合いの長い相手でもあるのだ。
だから、わたしはアンジェリカをなるべく遠ざけねばならない。
こいつに頼ってはいけないし、依存してもいけない。
わたしが寄りかかったら……こいつもまた、あの呪いに飲み込まれるかもしれないのだ。
大事なやつだから、大事だと思ってはならない。
大事な〝友人〟だから――わたしは、こいつに心を許してはいけないのだ。
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