49,理由

 恐らくこれが本題なのだろう。

 何となく内容を察しつつも、シャノンはあえて訊ねた。

、ってのは? 何の話だ?」

「あなたがわざわざエリカの家に行って、ご飯を作ってる理由です。あなたがどういうつもりであんなことしているのか、理由を教えてください」

「それは……」

 シャノンは口籠もった。

 すぐには理由が答えられなかった。いつもの〝シャノン〟なら適当な言い訳がいくらでも出てくるところだが、今はなぜかそれがまったく出てこなかった。

 というのも、その理由というのが、彼自身にとっても正直よく分かっていなかったからだ。

 アンジェリカの目がスッ――と細くなった。

 それは決して睨んでいるのではなく、相手の真意を見定めようとするような、そういう視線だった。

「正直、あなたの料理は本当に美味しかったです。最初はわたしも、あなたが下心だけでエリカに近づいてるんだと思いましたけど……でも、下心だけであんな美味しい料理いちいち作ったりしないですよね。あなたが噂通りの人なら、四の五の言わずさっさと襲ってるはずですし」

「はは、それはそうかもな」

 シャノンは笑ったが、アンジェリカは笑わなかった。

「理由はよく分かりませんけど……エリカはなぜか、あなたには素直に頼っています。それは見ていてはっきりと分かりました」

「……頼っている? どういうことだ?」

「そのままの意味です。エリカは昔から、絶対に人を頼ったり、当てにしようとしたことはありませんでしたから。ダリルさんが――エリカの父親が亡くなった時だって、本当ならわたしの家で一時的にエリカを引き取るはずだったんです」

「……なに? そうなのか?」

「ええ。お父様もそうするつもりでいました。一応、うちはエインワーズ家とは遠縁ですから。それに成人前の女の子が一人で暮らしていくなんて現実的じゃないですよね。でも、エリカはその話を頑なに受け入れませんでした。結局、エリカはあの家で一人で生活することを選んだんですけど……本人は全然平気だって言ってますけど、絶対そんなことないんですよね。こう言っちゃ何ですけど、あの家には本当にお金なんてないんですから」

「……」

「それでもとにかく、エリカは絶対に人を頼ろうとしないんです。わたしはあいつが泣いてるところも、子供の頃から一回も見たことないですし……とにかく人に弱みを見せないんです」

「でも、お前とは仲がいいだろ?」

「そうですね。たぶん、他の人よりは仲が良いとは思いますけど……でも、なんとなく壁を感じるんですよ」

「壁?」

「そうです。エリカはわたしにはけっこう、素の顔を見せてくれてますけど……でもやっぱり何て言うか、本音は見せてくれないんです。どう言えばいいのかよく分からないですけど……いつも一歩引いてこっちを見てる気がするんです。自分だけ別の世界にいて、遠くからこっちを見てるみたいな……って、やっぱり言っててよく分かんないですけど」

 でも、とアンジェリカは話を続けた。

「エリカは、あなたのことはそんなふうに見てなかったと思います。あなたと話してる時のエリカは、わたしが今まで見たことない顔してました。わたしがそう見えたってだけですけど……でも、たぶん間違ったことは言ってないと思います。あなたは本当の意味で。エリカの隣に立っていたようにわたしには見えました」

「……」

「もう一度訊きます。あなたはどういうつもりで、エリカに接しているんですか? どうしてエリカに、わざわざ美味しいご飯を作ってあげるんですか?」

「……それは」

 シャノンはやはり、すぐには答えられなかった。

 彼はしばし黙っていたが、やがてアンジェリカに背を向けた。

「……あー、悪いが急用を思い出した。テディが戻って来たらうまく言っといてくれ。んじゃな」

 早口にそう言って、まるで逃げるようにその場を後にしようとした。

「エリカの家に行くんですか?」

 背中越しにアンジェリカの問いかけが聞こえたが、彼はそれには答えず、足早にその場を立ち去った。

 修練場の中から出てきたシャノンは、待機させていた自分の機械馬マキウスに跨がった。

 王都の街中を機械馬マキウスで移動しながら、彼はさきほどのアンジェリカの問いを、そのまま自分自身に問いかけていた。

(……オレはいったい何がしたいんだ?)

 その問いは、彼自身の問いでもあった。

 いや、本当は答えなどはっきりしている。

 

 だが、それを自覚しているからこそ、彼自身は迷い、そして自分自身に問いかけてしまうのだ。

 それは分かっている。

 分かっているつもりだ。

(なのに、オレはいったい何をやっているんだ? オレはいったい――何がしたいんだ?)

 はっきりとした答えは出ない。

 だが、彼が向かう先は、すでに決まっていた。

 何も決まらないまま、彼は彼女の下へと向かうのだった。

 まるで心が引き寄せられるかのように――

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