48,言い訳
「まいった、テディ。もう降参だ。身体が動かねえ……」
「この程度で泣き言を言うとは情けないですぞ、シャノン殿下! 稽古はまだまだ始まったばかりですぞ!」
座り込んでいかにもヘトヘトという様子のシャノンだったが、テディは有り余る体力に漲っている様子だった。
テディはヨハンの父親で、第一中央騎士団の団長を努める人物だ。
慣例的に、第一中央騎士団の団長が中央騎士団におけるトップであるため、テディはこの国の軍事における重鎮と言える存在だった。
そうした政治的な立場もさることながら、テディは〝最強の騎士〟としても名高い。この国ではもちろん、他国にもその名が轟いている豪傑だ。
テディは非常に優秀な騎士だ。自身の強さもさることながら、指揮官としての能力も高い。さすがは団長を務めるだけの人物だとシャノンも思う。そこはシャノンも評価している。
だが、
(……この暑苦しい性格さえもう少しマシになればな)
と思わずにはいられなかった。
シャノンは王子という立場上、あらゆる分野において最高の指南役を教師に置かれ、そんな彼らから最高の指導を受けさせられてきたものだ。
だが、ほとんどの教師は、あまりの彼の素行の悪さに匙を投げた。色んな教師がシャノンの教育にあてられたが、根気よくシャノンに付き合ってくれるような変わり者はいなかった。
そんな中で、テディだけはしつこくシャノンの素行を改めさせようとした唯一の人物だった。
今もシャノンに対して真っ向から怒ってくるのはテディだけだ。
「すまん、もう本当に無理なんだ……せめてちょっとだけ休憩させてくれ……」
「などと言って、また隙を見て逃げ出すおつもりでしょう。分かっておりますぞ。今日という今日は逃がしませぬ」
テディは厳めしい顔で言った。鼻息が荒い。相変わらず凶悪な顔面だ。そこには今日こそはシャノンを逃がすまいとする激しい決意が見て取れた。
シャノンは内心で舌打ちした。
(ちっ、この程度じゃ無理か……なら)
シャノンは胸元を押さえて苦しげな顔をしてみせた。
「う……」
「む? シャノン様、いかがなさいました?」
「いや、それが急に胸が……うう、苦しい……」
「だ、大丈夫でありますか、シャノン様?」
シャノンの苦しそうな表情に、テディはころっと騙された様子だった。何だかんだで人が良いのは彼の長所であり、そして短所でもあった。
シャノンは内心でニヤリと笑いながら、猿芝居を続けた。
「ぐう……すまん、実はここのところこういうことがよくあってな……部屋にこういう時に飲むための薬が置いてあるんだ。ベッドの横の赤い袋に入っている。悪いが取ってきてくれないか?」
「承知しました! すぐに持って参りますぞ!」
テディは慌てた様子で修練場から走り去っていった。
彼の姿が見えなくなると、シャノンはけろっとして立ち上がった。
「ふう……よし、トンズラするか」
「……見てましたよ?」
「え? うお!?」
気が付くと、アンジェリカがすぐ後ろに立っていた。
シャノンは驚いて、本当にちょっと胸が苦しくなるくらいドキドキした。
「い、いきなり話かけんじゃねえよ! ビビるだろうが!」
「さっきの明らかに嘘でしたよね? テディ様は騙されてましたけど……嘘だってバレたら、また怒られますよ?」
アンジェリカはジト目で言った。
シャノンは悪びれた様子もなく肩を竦めた。
「別にそん時はそん時だ。悪いがオレは忙しいんでな。稽古なんてしてる暇はねえんだ。テディが戻ってきたら適当に言い訳しといてくれ」
「分かりました。テディ様が戻って来たら、それらしい言い訳でもしておいて差し上げます」
「おう頼むわ――って、え?」
シャノンは思わずアンジェリカを振り返った。
彼女の返事は予想外のものだった。いつもなら「またサボるつもりですか!? 殿下ともあろう立場の人がそんなことでいいんですか!?」みたいな感じで、やかましい仔犬のようににぎゃんぎゃん吠えて噛み付いてくるところなのだが……。
アンジェリカはいつもの蔑むような視線ではなく、じっとシャノンのことを見据えていた。その視線に、思わずシャノンも首を傾げていた。
「……どうした? 何か変だぞ?」
「それは殿下もだと思いますけど。今日は随分と〝普通〟ですね。いつもは女の子が相手なら、もっとヘラヘラ笑って話しているのに。わたしも含めて」
「……あー、そういやそうだったな」
シャノンはうっかりしていた、と頭を掻いた。
(……こいつとはこの間、エリカの家で素の状態で接したからな。つい〝普通〟に相手しちまった。そうか、変なのはオレの方だったんだな――)
〝シャノン〟は軽薄な人間だ。相手が可愛い女の子なら見境無く声をかける女好き。そういう〝設定〟だった。
シャノンは思い出したように軽薄な仮面を貼り付けた。
「前みたいにして欲しいならそうするぜ? アンジェリカちゃん?」
「それ、気持ち悪いのでやめてください」
アンジェリカの目がすぐにゴキ〇リを見るような目になった。
シャノンは溜め息を吐いて、すぐに仮面を外した。
「いや相変わらず辛辣だな……さすがに面と向かって気持ち悪いって言われるとオレも傷つくんだが……」
「あなたの今みたいな作り笑い、前から本当に気持ち悪いと思ってたんです。何を考えてるのか全然分からなかったから」
アンジェリカはズバッと言った。相手が王子だろうがお構いなしだ。下手したら不敬罪でしょっぴかれるような発言なのだが、あまりに直截なのでシャノンはただ苦笑するしかなかった。
……が、そんなアンジェリカの声色が少しだけ和らいだ。と言っても、別に笑みを浮かべたわけではなかったが。
「……でも、以前エリカの家で話した時のあなたは……何と言うかとても〝普通〟でした。いつもみたいな気持ち悪い作り笑いより、〝普通〟にしてる方がずっといいと思いますよ。そうしてる方がよっぽど女の子にモテるんじゃないですか?」
「……はは。本当にお前はずけずけと物を言うな。さすがはドーソン家の人間だ。ていうかいま訓練中だろ? オレとダベってていいのか?」
「しばらくは昼休憩ですから。それより……実際のところ、あれはいったいどういうつもりなんですか?」
と、アンジェリカは話を急に変えた。
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