47,珍しい光景

 ――王都内、第一中央騎士団本部

 ――併設された騎士修練場

 

 アンジェリカは現在、騎士見習いとして日々励んでいる。

 騎士の仕事は治安の維持、そして国防だ。

 騎士団とは治安維持組織であると同時に、国家の軍事組織でもある。平時は国内の治安を守り、戦時には敵と戦い国を守る。それが騎士の役目である。

 故に、騎士にもっとも必要なのもの――それはすなわち腕力、体力、そして魔力だった。

「うおりゃああああああ!!」

 アンジェリカは日頃身につけている軽装鎧レウィス・アルマではなく、有事に使用される重装鎧グラヴィス・アルマを身につけて走りこみを行っていた。

 騎士が普段身につけているのは革鎧に必要な箇所に金属のプレートを装着した軽装鎧レウィス・アルマであるが、有事には身体を全て金属で覆い尽くす重装鎧グラヴィス・アルマを身につける。これは顔まで全て多う完全防備の鎧だ。

 もちろんそれだけ重量もあるが、重装鎧グラヴィス・アルマは高度な魔術道具の一種で、魔力によって重さがある程度軽減されるようになっている。魔術道具としての機能がなければただの鉄の塊で、とてもではないが人が着て動けるようなものではない。

 まぁ軽減されると言っても重いものは重いし、動きづらいのは確かなので、見習いたちはこれに慣れるまでは非常に苦労することになる。

「そこまで! いったん休憩する! 号令がかかるまで各自休め!」

 教官が声を張り上げると、見習いたちは一斉にその場に倒れ込んだ。

 立っていたのはアンジェリカだけだ。

 みんなバシネットを脱いで大きく呼吸していたが、アンジェリカだけはそれを小脇に抱えてケロッとした顔をしていた。

「なによあんたら、もうへばったの? 魔力も体力なさすぎじゃないの?」

 彼女はすぐ傍にいた、同じ騎士見習いのエリオット・グローヴァーに話しかけた。

 エリオットはあらゆる意味で普通で、とても平均的な少年だった。少年と言っても十五歳は貴族社会では成人という扱いの年齢である。

 とはいえ、実際この年齢はまだまだ大人と言えるような年齢ではなかった。見習いの騎士たちは、みなどこかあどけなさの残る少年と少女ばかりだ。

「お、お前みたいな脳みそまで筋肉で出来てるようなやつと比べるんじゃねえよ……おれたちは普通の人間なんだよ……」

 エリオットは汗だくで喋るのも精一杯、という感じだった。

 アンジェリカは相手の言い草に少しムッとした顔を見せた。

「なによそれ。まるでわたしが普通じゃないみたいじゃない。失礼しちゃうわね」

「いや、見習いの中でいま立ってるのお前だけだぞ? 絶対普通じゃねえだろ?」

「先輩の騎士の人たちは、これぐらいでへばったりしないわよ?」

「そりゃおれたちより訓練してるからだよ。見習いの段階で先輩たちと同じレベルのお前が単純にやばいんだよ。1年後には化け物になってんじゃねえのか?」

「誰が化け物よ!」

「いてっ!? 冗談だって!?」

「……ん? あれ? ねえ、あそこにいるのってもしかしてシャノン殿下とテディ様じゃない?」

 アンジェリカはふと気付いたように少し遠くを見やった。

 そこにいるのは確かにシャノンのように見えた。

 そして、もう一人はテディ・マギルだ。

 テディはヨハンの父親で、中央騎士団総長を務める人物だ。熊のように身体が大きく、虎のような凶暴なツラで、とにかく何事においても熱血で暑苦しい人物だ。だが義理と人情には誰よりも篤く、人望もかなり篤い。40代という年齢のわりにはけっこう老けて見えるヒゲもじゃの大男だ。

 二人は見たところ、剣術の稽古をしているようだった。

「……珍しいわね。殿下が剣術の稽古なんて。もしかして大雨でも降るんじゃない?」

「ああ、何か今日はテディ様が無理矢理引っ張ってきたって話だぜ? 殿下がいつも稽古から逃げるから、さすがにテディ様も堪忍袋の緒が切れたって話らしい。夜明け前から部屋の前で待ち伏せして、出てきたところを捕まえたとか何とか……」

「……それはテディ様も大変ね」

「まぁテディ様は立場上、王家の剣術指南役も務めてるからな。毎度逃げられました、じゃ済まないだろうよ。そりゃ必死にもなるんじゃねえの?」

「……」

 アンジェリカはじっと二人の姿を眺めた。

 客観的に見ると、シャノンが鬼と化したテディにめちゃくちゃにしごかれているように見える。お互いに持っているのは木剣だが、まぁ普通に考えたらただの鈍器なので、思いきり殴ったら普通に死ぬ。十分に凶器だ。

 テディは激しく打ち込み、シャノンはそれを何とか必死に受け止めている――という感じに見える。

 エリオットはちょっと笑いながら、同情的に言った。

「はは、殿下も今日は逃げられなくて災難だったな。テディ様に直々にしごかれるなんて地獄だろうに。なんせこの国で最強の騎士だんだからな。見ろよ、かなり必死そうだぜ?」

「……そうね。

「ん? どういうことだ?」

「別に、何でもないわ」

「……? よく分かんねえけど……つーか、お前、殿下がいるのに今日は悪口言わねえんだな。いつも視界に入るだけでゴキ〇リでも見たみたいにボロカスに言うのに」

「はあ? 何それ。わたしがそんな失礼なこと言うわけないでしょ? 例え殿下が正真正銘のクズでカスで最低の女好きだとしても、わたしはそこまで言ったりしないわよ」

「いや、いま言ってるけど……?」

「見習い共! 休憩は終わりだ! 集合!!」

 号令がかかった。

 エリオットは慌てて立ち上がった。

「うお、やべ! もう号令かよ! アンジェリカ行くぞ! 集合に遅れたらまた腕立てだぞ!」

「ええ、そうね」

 アンジェリカはエリオットと共に訓練に戻ろうとした。

 だが、戻る際、彼女は最後にもう一度、稽古しているシャノンの方を振り返った。

「……」

 彼女は何か言いたそうな顔をしながらシャノンの様子を少し眺め――それから、訓練に戻った。

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