46,突撃、ブリュンヒルデ
ぐお~、と腹の虫が鳴いていた。
「……」
わたしは応接室にあるソファの上で無心のまま横になっていた。
起きてからけっこう時間が経っている。
これは寝ているわけじゃない。
じゃあ何をしているのか?
そう――わたしは待ちぼうけをくらっているのだ。
(……あれ? あいつ来ないな?)
今日はまだシャノンが来ていなかった。
ここ数日、頼んでもないのに勝手に来て、勝手に料理を作って去って行く――わたしの身体はこの数日で完全にこのサイクルに慣れてしまい、どうせ今日もあいつは勝手に来るんだろうな~、まぁ勝手に来るししょうがないよな~、とか思っていたのだが――
来ない。
いつもならもうあいつの呼び鈴が目覚ましみたいなものだったのだが……あれか? 本当はもうちょっと遅く来て欲しいな、と思っていたのが顔に出ていたのか? それとも何かわたしが気分を損ねるようなことを言っただろうか?
「……困った。もうあいつのメシが食えんと動けんぞ」
昨日、ヨハンの家で豪華な料理を食べさせてもらったが……しかし、やはりシャノンの料理には及ばなかった。
わたしはそこでハッとなった。
「……待てよ? あいつ、もしかして今日もわたしがヨハンの家に行っていると勘違いしているのではないか?」
その可能性はあると思った。
だからわざわざここにメシを作りに来る必要は無い――と思っているのかもしれない。
それだと困った。そうじゃないと伝えようにも、わたしには連絡手段がない。いっぱしの貴族の家なら〝
「うーん……どうするか。一か八か、王城に向かって風の魔法を使って矢文でも飛ばしてみるか……今日は家にいますよ、と――」
空腹のわたしは頭がまともに回っていないので、わりと真面目にそんなことを考えていた。
――ジリリリリリリリリ!!!!
その時、呼び鈴が鳴った。
わたしはガバッ! とソファから起き上がっていた。
「き、来たか!?」
すぐに玄関に向かった。
くそ~、あいつめ……やきもきさせおって。てっきり今日は来ないかと思ったではないか。
このやきもきした気持ちをどうしてくれようかと思ったが、ふと思い直した。
……ふむ。でも、まぁあれだな。あいつには頼んで来てもらってるわけじゃないが、正直もうあいつが来ないと困るしな。わりと切実に。マジで。
どれ、今日は少しばかり愛想良くして出迎えてやるか。なに、あいつのことだ。わたしがちょっと愛想良くしてやれば機嫌を良くするだろう。褒めるとすぐに照れるやつだからな。
そんなことを考えながら、わたしは笑顔で玄関を開けた。
「シャノン、よく来たな。ほら、遠慮せずにあがって――」
「ごきげんよう」
女がそこに立っていた。
わたしは笑顔のまま完全に停止した。
「……」
「……」
しばし見つめ合った。
わたしはそっとドアを閉じ、思わずガチャリと鍵をかけた。
……え? 誰?
「ちょっと、何で閉めるのよ!?」
首を捻っていると、ドアが激しく叩かれた。
わたしはエリカモードに切り替えて、ドア越しに応対した。
「あの、すいません。どなたか存じませんが、たぶん家を間違えてるんじゃないかと思いますが……」
「合ってるわよ! ここエリカ・エインワーズの家でしょ!?」
「いえ違いますね」(即答)
「いや合ってるでしょ!? あんたがそうでしょうが!? なに当然のようにしらばっくれてんのよ!? いいから開けなさいよ!」
女がドアを破壊しそうな勢いで叩くので(いや、もしかして蹴ってるのでは?)、仕方なく開けた。
女はふぁさ~と髪を払ってから偉そうに腕を組んだ。
見たところ、わたしよりは年上のようだ。だが身長はわたしより少し低いので、若干わたしの方が相手を見下ろす感じになってしまう。
「久しぶりね、エリカ・エインワーズ。わたしのこと、もちろん覚えてるわよね?」
「初めまして、エリカ・エインワーズです。お初にお目にかかります」
女がコケそうになっていた。
「あなた、わたしが『久しぶり』って言ったのにどうして初対面の挨拶するのよ!? 会話が噛み合ってないでしょ!?」
「……え? どこかでお会いしたことありましたっけ……?」
「この間の式典で会ったでしょ!?」
「式典で……?」
数日前にあった式典のことを思い出そうとした。陛下ハッピーバースデー式典の時のことだ。わたしが出席した公的な式典なんてそれぐらいしかない。
……あ、そう言えば、わたしがお菓子を食ってる時に絡んできたやつがいたな。
わたしはその時のことをはっきり思い出した。
そうだ、この女。よく見たらあの時の失礼な女ではないか。
名前は……ええと、確か――
「すいません、思い出しました。ええと、確かブルルンヒヒン・ドンドンドルフ様でしたよね?」
「いや誰よそれ!? ブリュンヒルデ・ディンドルフよ! あなた、ふざけてるの!?」
どうやら少し違ったようだ。
どうも人間の名前は覚えにくいな。
「あなた本当にわたしのこと何だと思ってるの!? 許せないわ! ディンドルフの名前を馬鹿にするなんてどうなるか分かってるんでしょうね!?」
わざとではなかったのだが、なんかめちゃくちゃ怒らせてしまった。
どうしたものかと思っていると、スッ――と一人の少年が間に入ってきて、慇懃に頭を下げた。
「こんなに朝早く、お約束も無しにいきなりお邪魔して申し訳ありません、エリカ様。わたしはブリュンヒルデ様の側仕えをしていますテオと申します」
「あ、はい。どうも。エリカ・エインワーズです」
相手に頭を下げられたので、反射的に頭を下げた。
「これはご丁寧に恐れ入ります」
テオと名乗った側仕えの少年はブリュンヒルデ(←やっと覚えた)と違って、相手の警戒心を解くような柔和な笑みを浮かべた。
「実はブリュンヒルデ様の方から、エリカ様に少しお話がございまして……よろしければ少しお時間頂けませんでしょうか?」
「話……ですか?」
何のことだろう、とわたしは首を捻った。こいつは確か大貴族で、とにかく偉い貴族だったはずだ。そんなやつがわたしに何の話があるというのだろう?
「とにかく、さっさと中に入れてくれる? 立ってるのも疲れるんだけど」
「お嬢様、そんな高圧的に物を言わないでください。ここは僕が話を通しますから……」
「別にそんな必要ないわよ。何でわたしが小貴族のご機嫌なんて伺わないといけないの? 回りくどいことなんてする必要ないわ」
ブリュンヒルデはテオを押しのけ、再びわたしの前に立った。
「とにかく、わたしが話があるって言ってるの。だったらどうすればいいのか分かるでしょ?」
「……」
「……? 何よ、変な顔して? わたしの言葉通じてる?」
「いえ、まぁ……言葉は通じてますが……」
この時、わたしは改めて相手のことを見返して、心の底からこう思っていた。
……あ、相変わらず失礼な女だな、こいつは。
呆れるよりも、もはや感心しそうだった。
朝っぱらからいきなり人の家に来て、高圧的に中に入れろという。
大貴族だか何だか知らんが、この女は礼儀というものを知らんのか? というかなぜ自分の要求が通って当然、みたいな顔をしているのだろうか。まずそこが疑問だ。
さて、どうするか……なんて、考えるまでもない。こんな失礼なやつは門前払いで十分だ。さっさとお帰り願おう。そもそもわたしは別にこいつと話すことなどないのだ。あと、お腹が減っていてそれどころではない。
わたしがそう思っていると、ブリュンヒルデはおもむろにこう言った。
「ちなみに、話っていうのはシャノンのことよ。そう言えば分かるんじゃないかしら?」
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