39,兄弟の会話
「同じ屋根の下で暮らしているというのに、不思議と顔を合わせないものだな。もしや俺はお前に避けられていたりするのだろうか?」
「ははは、何を仰いますやら。兄上を避けることなど有り得ませんよ」
シャノンは笑ったが、やはり内心では舌打ちしていた。完全に見透かされている。確かにシャノンは、意図的にウォルターとは顔を合わさないようにしていたからだ。
ウォルターはふと、思い出したような顔になった。
「そう言えばシャノン、今日の午前中、ブリュンヒルデがお前を訪ねてここに来たぞ?」
「……ブリュンヒルデが、ですか?」
シャノンは首を傾げた。はて、何か約束していただろうか? 記憶にはないが……。
ウォルターは嫌な感じの笑みを絶やさないまま続けた。
「あの女も、お前には随分と肩入れするな。これだけ女癖が悪いと噂が立っているお前に愛想を尽かしていない女はあいつだけではないか?」
「まぁブリュンヒルデとは付き合いも長いですから……ですが、いわゆる男女の関係ではありません。わたしにとって、ブリュンヒルデはただの友人の一人です。あいつは友人としてわたしのことを心配しているのでしょう。そういう性分のやつですから」
「ふん、そういうものか? てっきり、俺はお前がディンドルフ家を自分の側に引き入れようとしてブリュンヒルデを手元に置いているのだと思っていたが……なぜか不思議と、マギル家もディンドルフ家も、表向きはどちらも中立派だからな」
「……ええと、何が仰りたいのでしょう?」
「ああ、気にするな。これはただの独り言だ」
などと言いつつ、ウォルターは口端を歪めながら続けた。
「いまや国内の貴族のほとんどは我が王権派に属している。一時期は日和見主義的な父上の政策のせいで反対派が増えたこともあったが、俺の〝説得〟のおかげで体制はかなり盤石なものとなった。しかし……なぜかマギル家とディンドルフ家だけは未だに中立の立場を崩さない。こちらについた方が得だと何度も言っているのだがな……いつもそれらしい理由で〝説得〟を断られてしまうのだ」
「……」
「あの二つの家が動けば、情勢はいやでも動くことになる。正直、俺もうかうかしていられん。そして、その二つの家の人間と、お前は実によく親しくしている……お前が何かを狙っていると思うのは当然ではないか?」
「――はは、兄上。それは考えすぎですよ」
シャノンはウォルターの視線を受け流すように肩を竦めた。
「わたしはヨハンとブリュンヒルデ、双方と個人的に交友があるだけです。むしろ両家とも、家の方はあいつらがわたしと仲良くすることを快く思っていません。なんせわたしは〝道楽王子〟ですからね」
「ふむ……つまり二人と交友があるのは偶然で、家のことは関係なく、お前自身に王位を継ぐ意志は無いと?」
「当たり前ではないですか。兄上が王位を継ぐことはもう決定しているようなものです。ですので、わたしは無用な争いを引き起こすような火種をわざわざ作ったりしませんよ。自分の立場は重々、よく弁えておりますので――それでは、これで失礼します」
と、シャノンはウォルターの前を辞した。
背中にずっと視線を感じながら、シャノンは一度も振り返ることなく、そのまま廊下を進んだ。
角を折れたところで、ようやく背中に刺さる視線が消えた。
「ちっ、ウォルターめ……相変わらず疑り深いやつだな。オレは王位なんていらねーって言ってんだろうが。そんなに欲しいなら勝手に持っていきやがれってんだ」
思わず愚痴が漏れた。ウォルターという男は、本当に蛇のような男だ。いっそ能無しの馬鹿だったらおだてるだけで済むのだが、あの男はそうもいかない。何を言ってもこちらの真意を疑い、自分の思うように解釈してくる。ああいう手合いは、とにかく関わり合いにならないのが一番だ。
そこでふと、シャノンは顔を上げた。
この場所は、ブルーノ・アシュクロフトの肖像画が飾られている広間だった。
目の前に掲げられた巨大な肖像画を見て、シャノンはつい溜め息が出てしまった。
「……はあ、ったくよ。何で100年も経った現代で、てめぇの顔を拝まなきゃなんねんだかな、ブルーノ」
実物の10倍くらい美化された肖像画だ。実物のブルーノはもう少し贅肉があったし、こんなに足も長くなかった。
肖像画のブルーノは、このアシュクロフト王国の王権の象徴となった〝聖剣グラム〟を掲げていた。グラムはかつて、シャノンが前世で使っていた魔術兵器だ。
現在は〝聖剣〟と呼ばれている。
聖剣グラムは、今やこの国の王権の象徴として代々受け継がれている王位の象徴とでも言うべきものだ。他の国では新たな王が生まれる時は『
聖剣グラムは〝勇者〟の剣だ。その剣を受け継ぐことで、この国の王家は今まで〝勇者〟の末裔が治める国という地位を絶対のものにしていた。
〝勇者〟というのはこの世界を救った英雄だ。その末裔が治める国ということで、この国は対外的に優位な立場を得られている。無論、国力による優位性もあるが、〝勇者〟の末裔というだけでこの国の王族は他国の王族よりも格上として見られているのだ。
そして、現在のこの国の王族の絶対的立場を支えているものこそ、聖剣グラムなのである。聖剣グラムを継承することで、この国の王は正統たる〝勇者〟の末裔であることを証明できるのだ。
「……ま、十中八九、偽物だろうなこのグラムは。本物は多分――宝物庫かそのへんか」
恐らく破壊しているということはないだろう。ブルーノの性格を考えれば、恐らくどこかに保管してあるはずだ。
とは言え、仮に場所が分かったところで、別に意味は無い。今さらグラムに頼る日が来ることなど絶対にないだろう。良くも悪くも、現代は平和なのだ。大戦時の〝神器クラス〟の魔術兵器を使う場面なんてどこにもない。
かつては友人だと思っていた相手を見上げながら、シャノンは思わず苦笑していた。
「にしても……まさか、よりによってお前の子孫に生まれ変わるとはな……因果なもんだな。なぁ、〝裏切り者〟がよ――」
彼の苦笑はいつの間にか、どこまでもシニカルな笑みに変わっていた。
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