第7章
38,アシュクロフト王国
アシュクロフト王国は〝勇者の国〟とも呼ばれている。
かつて魔王を倒したこの世界の英雄――〝勇者〟ブルーノ・アシュクロフトが王位を継いで以降、この国はそう呼ばれるようになった。
およそ120年ほど前、魔王メガロスは一方的に人間たちの国へ戦争を仕掛けてきた。メガロスの狙いは、この世界から人間を消滅させることだったと言われている。
魔族と人間の戦争は、人間と人間の戦争とはまるで様相が違った。
人間同士の戦争なら、どこかに落とし所があって、戦争はお互いに有利な講和条件を引き出すための政治的手段に過ぎない。
だが――人魔大戦はそうではなかった。
戦争に勝って得られるのは〝生きる権利〟だけだった。
そう、ただそれだけだ。
あれは〝絶滅戦争〟だったのだ。
どちらが先に滅ぶか。
お互いの種の存亡をかけた未曾有の大規模戦争――それがあの大戦の正体だ。
この未曾有の危機に人間側は〝連合軍〟を結成し、魔王軍と苛烈な争いを繰り広げた。
あの戦争で名を上げた騎士は多い。
戦場では多くの英雄が生まれた。
その中でも、一際大きな戦果を上げたのがブルーノだった。彼はやがて〝勇者〟と呼ばれるようになり、魔王メガロスを倒して戦争を終わらせた。
しかし、ブルーノの功績はそれだけに収まらない。
戦後、彼は母国であるアシュクロフト王国に凱旋。当時の王に偉業を讃えられ、たいそう気に入られたそうだ。
そして、王女と結婚して王位を継ぎ、自らこの国を治めた。
現代の覇権国家の礎が築かれたのは、ブルーノの治世によるところが大きいとされている。彼の偉大な治世がなければ、アシュクロフト王国はこれほどの大国とはならなかっただろう――と、あらゆる歴史家はそう言っている。
今では世界の盟主は誰もがアシュクロフト王国だと認めている。
アシュクロフト王国の王になるということは、世界の盟主になるのと同義だ。その権力は絶大なものである。
だが――シャノンはその座に手が届く立場に生まれていながら、そんなものにはまるで興味がなかったのだった。
μβψ
シャノンは王城へ戻ってきた。
愛馬である
「おや? 道楽王子殿、今日は帰りが早いな。また女にでもフラれたか?」
「しっ! 馬鹿、聞こえるだろ!」
小声だったが、シャノンは耳がいいのでしっかり聞こえていた。
だが、別にどうこうしようとは思わない。そう思ってくれている方が都合がいいのだ。あいつは今日もどこで遊んでるんだか――と、周囲がそう思っている環境こそ、シャノンが自ら作り上げたものなのだから。
(そうそう、それでいいんだよ。それで――)
心の中でうそぶきつつ、王城の中を歩く。
(……しっかし、相変わらず馬鹿デカい城だな。自分の部屋に行くのも面倒なくらいだ。城内でも
さすがは世界の中心、世界の盟主たるアシュクロフト王国の王城だ。
この国は今や世界最先端の魔術国家でもあり、世界最強の軍事大国でもある。人魔大戦以後から始まる新たな世界の枠組みは、全てこの国が支えていると言っても過言ではない。現代の平和はまさに〝アシュクロフト王国による平和〟なのである。
しばらく長い廊下を歩いていると、前の方から人がやって来るのが見えた。相手が誰か分かると、シャノンは内心で嫌な顔をした。
(……げ。
ウォルター・アシュクロフト。
現在の彼の〝兄〟に当たる人物で、第1王子である。
とは言え、実は年齢は同じ――というか、たったの半年違いだ。ウォルターは第1王妃の長男で、シャノンは第2王妃の長男なのだ。だから兄弟と言っても異母兄弟である。そのため顔は全然似ていないし、髪の色も目の色も違う。
(あー、めんどくせえな……でも無視するわけにはいかねえからな。ちっ、せっかく顔合わせないようにしてたのにな)
シャノンは内心で溜め息を吐いてから、自らウォルターへと近寄って行った。目下の人間が目上の人間に進んで挨拶するのは当然のことだからだ。
「兄上、ご無沙汰しております」
ウォルターの前に出て、慇懃に頭を下げた。
改めて、シャノンはウォルターを見てこう思う。
――こいつは本当に、ブルーノのやつにそっくりだ、と。
現在に語り継がれているブルーノの肖像はかなり美化されているため、他の人間には分からないだろう。『何となく面影はあるな』と思っているくらいかもしれないが、実物を知っているシャノンからすれば、ウォルターの容姿はブルーノにそっくりそのままだった。
身長は平均よりわずかに低く、体型は少し太り気味だ。金色の髪は貴族のお坊ちゃんらしく毛先が上品に切りそろえられている。
顔の造形は決して悪くないが、やや太った体型なので美形には見えない。
だが、こう見えて頭の回転は抜群にいいので、それもあっていつも他人を見下したような態度を取る――というところまでそっくりだ。もしかしてこいつはブルーノの生まれ変わりなのでは? と思ったことは一度や二度ではない。
何人かの家臣を率いていたウォルターは足を止め、何の感情も無い目でシャノンを見返した。
ウォルターは非常に冷徹な人物だ。見た目や顔つきからもそれがよく分かる。目的のためなら手段は問わない人物で、色々と黒い噂が絶えない。噂が絶えないのはシャノンも同じだが、ウォルターの場合はどれも闇が深すぎる噂ばかりで、それがまた彼に対する畏怖の感情を周囲に植え付ける結果となっていた。
「……ああ、シャノンか。確かに久しぶりだな」
ウォルターは顎を撫でながら、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
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