6,招待状

「ねえ、エリカ。いちおう確認なんだけど……三日後に王城で行われる式典に出席する準備はちゃんとしてるのよね?」

「……式典? 何の話だ?」

「アルフレッド陛下の誕生日を祝う式典よ。招待状が来てたはずよ」

「招待状……?」

 はて? とわたしは首を傾げた。

 そんなものはとんと見た覚えがない。

 わたしが何のことかよく分からないという顔をしていると、アンジェリカが額を押さえて溜め息をついてしまった。

「……はあ。エリカのことだから、もしかしたら気付いてないんじゃないかと思って心配になって確認にきたけど……本当に気付いてなかったみたいね」

「そんな招待状なんて来とらんと思うが……小貴族なんかには来ないんじゃないのか?」

 ちなみにアンジェリカの家、ドーソン家は中貴族だ。なのでわたしの家と比べたらかなり格上である。本当ならわたしはアンジェリカのことは『アンジェリカ様』と呼ばねばならないくらいの家格差はあるのだ。

「王都にいる全ての貴族に招待状は来てるわよ。絶対どこかにあるはずよ」

「そう言われてもな……あるとすれば玄関あたりか……? ちょっと見てくる」

 わたしは立ち上がり、玄関に向かう。

 郵便物なんかはほとんど読まずに玄関にある棚の上に放置しているので、わたしは溜まった郵便物をガサガサと漁ってそれらしいものを探してみた。

「……ん? これか?」

 何だか妙に装丁の凝った封書があった。

 その封書を持って部屋に戻る。

「もしかしてこれか?」

「それよ! やっぱり来てるじゃない! ていうか見てすらないの!?」

「郵便物はほとんど見ないで適当に放置してるからな……」

「あ、あんたってそういうところ本当にズボラよね……やっぱり様子見に来て正解だったわね……」

「で、これが何なのだ?」

「今度、王城で行われる陛下の誕生日記念式典の招待状よ。毎年やってるでしょ?」

「それって、もしかして毎年王都中で祭りみたいに騒いでるやつか?」

「それは対魔戦勝記念式典の方ね。そっちはもう少し後よ。これは国王陛下の誕生日を祝うもので、パレードなんかはないわ。貴族だけでやる式典だから」

「ほう……そんなイベントがあったのか。というか王様の誕生日こそ派手に盛大に祝うべきでは?」

「他の国ではそうかもね。でも、うちの国では戦勝式典の方が重要なのよ。、他の国も招かないといけないし。ようはそれに金がかかりすぎるから他の式典がショボくなってるのよ。ぶっちゃけた話」

「ふうん? そういうものなのか?」

「何で自分の国のことなのにそんな他人事みたいな反応なのかしらね……?」

「まったく興味ないからな。というか今まで王様のお誕生日会なんてあったのか? わたしはまったく知らんが」

「これまではあんたのお父さんダリルさんが出てたのよ。でもまぁ、今年はほら、エインワーズ家の人間はあんただけだし……」

 と、アンジェリカはちょっと気まずそうな顔をした。

 父親ダリルが亡くなって半年ほどだが、そのことにまだ気を使っているのだろう。

 わたしはアンジェリカに気遣わせないような感じで話を続けた。

「とすると……もしかして、今年はわたしが出ないといけないのか?」

「そうよ。例え小貴族だろうが、必ず一人はその家から出席しないとダメなのよ。そういう暗黙の了解みたいなのがあるの」

「式典か……面倒だな」

 わたしは思わず嫌な顔をしてしまった。

 人間の社交界というのはこれまで出たことはないが、話を聞く限りではいかにも面倒くさそうな感じだからな。

 こういうのは魔族なら〝宴会〟みたいな感じで楽しいんだが……人間の社交というのはどうも堅苦しそうだ。

「どうしても出ないとダメか?」

「よほどの理由がない限りは、出た方がいいわね。特に今は、理由もなく欠席なんてしたら多分ウォルター殿下に目をつけられるわよ」

「ウォルター?」

「第1王子のウォルター殿下よ。知ってるでしょ?」

「いや、知らん」

「……」

 アンジェリカが黙って再び額を押さえてしまった。

 今度は溜め息はつかれなかったが、代わりに諦められたような顔をされてしまった。

「……あんたって本当に世情に疎いわよね。そんなんじゃこの先やっていけないわよ? これからはあんたが色々やっていく必要あるんだから、ちゃんと覚えないと」

「ふむ。まぁ前向きに検討するとしよう。で、そのウォルターとかいうやつに目をつけられるというのはどういうことだ?」

「第1王子を呼び捨てにしないで欲しいんだけど……」

 と言いつつ、アンジェリカは説明してくれた。

「陛下は二年くらい前から体調を崩してるのよ。何の病気かまでは知らないけど……それで、体調の悪い陛下に変わってウォルター殿下が色々と公務をするようになったんだけど――ウォルター殿下って色々と黒い噂があるのよね」

「黒い噂?」

「うん。自分の意に従わない人間には色々と手を回して、裏で陥れようとするらしいのよ。実際に現王権に反対的だった貴族はみんな地方に飛ばされたりしてるし……最近では中立派にも圧力をかけてるって話なのよね。特にこういう式典の出席なんかは細かくチェックしてるらしいわ。欠席するとそれだけでその家の貴族は不穏分子にされるとか……まぁ本当のところは分からないんだけど」

「なぜ王子がそこまでするんだ? というか息子がそんなことをして、陛下は何も言わんのか?」

「陛下はウォルター殿下のことをすごく信頼してるのよ。実際、ウォルター殿下が表に出てきてから今の王権はかなり安定してるわけだし。まぁそれも賄賂とかで有力貴族を買収してるとかっていう話なんだけど……とにかく、今度の式典は絶対に出ておいた方がいいわ。今は本当にどこで目をつけられるか分からないから」

「ふむ……しかし、いきなりそう言われてもな。式典に着ていくドレスなんてないぞ」

 わたしは改めて自分の身なりを見やった。

 わたしが普段着ているのは、亡き母親がかつて使っていたものだ。だから、どれもこれもかなり古い。普段着でさえこの有様だ。とてもではないがそんな御大層な式典に着ていけるようなドレスはない。

 そう思っていると、アンジェリカが自分に任せろとばかりにどんと胸を叩いた。軽装鎧レウィス・アルマは胸元にプレートがあるのでカツンと金属音がした。

「それなら大丈夫よ。姉上のドレスを貸してあげるから。エリカなら姉上と似たような体型だし、着られると思うわよ」

「それは借りても大丈夫なのか?」

「たぶんこんなことになるんじゃないかと思ったから、姉上にはもう話はしてるわ」

「それは至れり尽くせりだな……」

 ……本音を言うと面倒だから出たくないんだけどな。

 だが、せっかくアンジェリカが心配してわざわざ来てくれたんだし、これを断るというのは不義理というものだろう。

「いつも悪いな。お前には面倒をかける」

「なに言ってるのよ。わたしたち〝友達〟でしょ。助け合うのは当然よ」

 ニッ、とアンジェリカは屈託のない笑みを見せた。

 こいつは昔からこうだ。いつもわたしのことを気にかけてくれている。本当にいいやつだと思う。

 わたしのことを心配してくれているこいつの気持ちは、単純にとても嬉しい。

 ……だが、嬉しいと思うと同時に、わたしはこう思うのだ。

 だからこそ、のだ――と。

 必要以上に頼ってはならない。

 わたしは他人に心を寄せてはならない。

 わたしが寄りかかった相手は、ロクな目には遭わない。

 母親ティナ父親ダリルで、わたしはそのことを嫌と言うほど思い知った。

 わたしは誰にも、決して心を許してはならないのだ。

 そう、決して――


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 こうして、わたしは王城へお呼ばれすることになった。

 ……もちろんこの時のわたしはまだ、〝あいつ〟と現世で再会することになろうなどとは、さすがに夢にも思っていなかったのだった。

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