第2章

7,〝あいつ〟の行方と、最後の魔王の話

 わたしが生まれ変わった人間の国は〝アシュクロフト王国〟という国だ。

 別名〝勇者の国〟とも呼ばれている。

 なぜそのように呼ばれているのか。

 その理由は、かつて人間と魔族の間で起こったあの戦争――〝人魔大戦〟に由来している。

 〝勇者〟と言えば、魔王を倒して大戦を終結させた英雄として現在でもこの世界で広く知られている存在だが、このアシュクロフト王国では第12代国王としてもその名が知られている。

 そう、かつて〝魔王〟を倒した大戦の英雄である〝勇者〟は、戦後この国において王となったのだ。

 経緯をざっくり説明すると、勇者は元々この国の貴族だったらしく、魔王を倒して凱旋したら当時の王に大層気に入られたそうだ。それから王女と結婚し、王族に迎え入れられたらしい。王には男児がいなかったので、勇者がそのまま第1王子として王位を継いだそうだ。

 そして、いま現在、この〝勇者の国〟であるアシュクロフト王国は絶大な国勢を誇っている。魔術技術でも世界最先端の技術力を有しており、保有する軍事力も世界最強とさえ言われている大国だ。いまこの世界で、アシュクロフト王国に逆らえる国家は存在しないとまで言われているほどである。ここまでこの王国が栄えたのは、ひとえに〝勇者〟の治世によるところが大きいとされている。

 王となった〝勇者〟は為政者としても類い希な手腕を発揮し、この国を発展させた。そして、〝勇者〟の治世以後、この国の王族は〝勇者の末裔〟という他国の王族にはない大きな付加価値を手に入れた。そのため現代では、国力の差もさることながら、アシュクロフト王国の王族は他国の王族よりも格上の存在として認知されているのだそうだ。

 かつて魔王を倒し大戦を終結させ、さらには自らの功績によって王位に就き、今日にいたる覇権国家の礎を築いた偉大なる国王にして、その偉業から今なお〝勇者〟と呼ばれる世界の英雄。

 そう、その男の名前こそ――

 

 人人人人人人人人人人人人人人

< ブルーノ・アシュクロフト!!>

 YYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY


 なのである!


 μβψ


「だから誰なんだこいつは」

 わたしは思わず首を傾げていた。

 歴史の本にはでかでかと、まったく知らんやつの肖像画が〝勇者〟として載っていた。

 恐らくかなり美化されているであろう20代半ばほどの男が、光り輝く剣を掲げている絵だ。

 この剣は知っている。かつてヴァージルが持っていたあの剣だ。そして、わたしの喉を突き刺した剣でもある。この独特の意匠には見覚えがある。

 だが、それを掲げているブルーノなんて男のことは、わたしはまったく知らなかった。

「……こいつが〝勇者〟だと? いったいヴァージルはどうしたんだ……?」

 かつて魔王だった張本人にであるわたしが、現代で人間として生まれ変わってもっとも困惑したことが、正にこれである。

 わたしにとって〝勇者〟と言えばヴァージルのことだ。

 当時、我々魔族側にとってヴァージル・パーシーと言えば恐怖の代名詞みたいなものだった。

 聖剣グラムと呼ばれる最強の魔術兵器で武装した〝勇者〟の存在には、恐れを知らないはずの魔族の戦士たちですら恐れおののいたものだ。

 実際、ヴァージルは強かった。

 直接戦ったこのわたしが言うのだ。嘘でも誇張でもなく、ヴァージルは本当に〝勇者〟と呼ばれるのに相応しい立派な戦士だったと思う。いや、人間風に言うなら騎士というべきか。

 ……だというのに、どうしてだか現代にヴァージルの名前は一切残っていないのだ。

 どの歴史書を見ても〝勇者〟と言えばブルーノという男のことで、魔王メガロスもこいつが倒したということになっているのである。どうやらわたしはこのブルーノとかいうやつに倒されたらしい。いや知らんて。

 どうしてこうなっているのか、理由はまったく分からない。わたしの手元にあるのは、あいつの名前が一切どこにも残っていないという事実だけだ。

 だいたいからして、ヴァージルは平民だった。貴族だという話は聞いたことがない。実際、わたしはかつてのあいつの両親にも会ったことはあるが……ただの商人だったと思う。

「ヴァージルの名前はどこにもない……が、わたしの名前はちゃんと歴史に残されているな」

 ヴァージルの名前がまったく無い代わりに、〝最後の魔王〟であるわたしの名――メガロスはちゃんと人間たちの歴史にも残っている。

 では、〝最後の魔王メガロス〟のことがどんな風に人間たちの歴史書には書かれているのかと言うと、だいたいこんな感じだ。


 ・人魔大戦を引き起こした元凶、諸悪の根源

 ・残虐非道な魔族で、先代魔王を殺して王位を簒奪した戦争狂い

 ・人間を憎悪しており、この世界から人間を徹底的に根絶やしにしようとしていた

 ・人間の肉を好んで食した(特に赤子や女性)

 ・身の丈は大型のドラゴンほどもあり、その口からは火炎を噴いた


「だから誰だよ!」

 思わず本をぶん投げていた。

 本が壁に当たり、床に落ちる。

 わたしは思わず溜め息を吐いていた。

「いや身の丈がドラゴンほどで口から火噴いてたらそれもうドラゴンだろ……わたしはいつからドラゴンになったんだ……」

 わたしは立ち上がり、ぶん投げた本を拾い上げた。

 ぱらぱらとめくると、そこには〝メガロス〟の挿絵が載っていた。

 実際、この本の挿絵はなんかもうすごいことになっている。メガロスと書いてあるが、挿絵は完全にドラゴンなのだ。しかも見たことないドラゴンだ。完全に新種である。魔王の知らないドラゴンだ。

 ……わたしはいつからこんな大型のドラゴンになったのだろう? 容姿はかなり人間に近かったくらいだぞ、むしろ。

 しかもそれだけじゃない。

 現代においては〝最後の魔王メガロス〟のことは、とにかくあることないこと、好き放題書かれている始末だった。子供が悪いことをしたら『メガロスに食べられちゃうぞ』というのはもはや現代では常套句みたいなものらしい。誰が人間の肉なんぞ食うか。なんか好物は人間の肉とか書いてあるし。さすがにこれは名誉毀損だと思う。わたしはこの憤りをどこに訴えればいいのだろうか。

 ……とまぁ、こんな感じで、かつてのわたしのことはいちおう歴史にはっきりと残っているわけだ。全然嬉しくないけど。

 しかしながら、どうしてだかヴァージルの名前だけはどこにも残されていない。

 戦後、いったいヴァージルはどうなったのだろう。

 どうしてあいつの名前が人間の歴史から消えているのか。

 わたしは、戦後のあいつがどうなったのか、それが今もずっと気がかりだった。

 子供の頃に別れた後、あいつがどんな人生を送ったのか。あいつが〝勇者〟と呼ばれるまでに何があったのか。

 あの時見た、あいつの底なしに悲しい目を見れば、あいつが辛く苦しい人生を送ったことは明白だ。

 こんなこと、かつて魔王だったわたしが言うことではないが……せめて、戦後くらいはヴァージルには幸せに暮らしていて欲しかった。

 あいつは本当に優しくていいやつだったのだ。

 本当は虫も殺せないようなやつで、笑うとすごく笑顔が可愛かった。

 魔族の基準で言えば絶対にモテないような、なよなよした軟弱者だったが……でも、気付いたらわたしはあいつのことが好きになっていた。あいつのことが、心の底から、好きで好きでしょうがなかった。

 その気持ちは今でも変わってない。

 わたしは今でもあいつのことが好きだ。

 だから、どうしても気になるのだ。

「お前はいったいどこへ行ってしまったんだ……?」

 わたしは静かな部屋の中で、思わず本へ語りかけていた。そんなことをしても意味は無いのに、それでも疑問を問いかけずにはいられなかった。

 どうして、いくら本を探しても、どこにもお前の名前がないんだ?

 お前は本当に、いったいどこに行ってしまったんだ?

「なぁ、ヴァージル――」

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