128,捜索
「……おい、アンジェリカ。これ本当に大丈夫なんだろうな? あとでおれまで命令違反で処分されたりしないよな?」
「あんた、誰のおかげで命拾いしたと思ってんの? シャノン殿下がいなかったらわたしもあんたも死んでたのよ?」
「そ、それはそうだけどよぉ……」
「それに、これは正規の命令なんだから。とにかく、わたしたちが異端審問会の連中より先に殿下とエリカのことを見つければいいのよ。そうですよね、ヨハン様」
「ああ、その通りだ。真実さえ明らかになれば――まだ希望はあるはずだ」
ヨハンは大きく頷いた。
その場にはヨハン、アンジェリカ、そしてエリオットの姿があった。
三人とも
彼らは現在、森の中でシャノンとエリカの両名を捜索しているところだった。
この場にはいないが、他にも捜索に出ている騎士はいる。何組かに分かれて、森の中を捜索しているのだ。
「でも、テディ様が見逃してくれてよかったですね。最初に見つかった時はどうなるかと思いましたけど……」
アンジェリカが身体を震わせると、ヨハンは少しだけ笑った。
「はは……まぁでも、何だかんだ言って父上も殿下のことを信頼しているんだよ。だからこうして、捜索に出ることに目をつぶってくれているんだ」
ヨハンは、捜索に出る前のことを思い出していた。
μβψ
「……お主ら、いったい何をするつもりだ?」
「げ!?」
アンジェリカが露骨にまずい、という声を出していた。
ヨハンも内心ではぎょっとしていたが、表向きは何とか平静を保った。
「こ、これは父上。どうされたんですか? 現場に出ているはずでは……」
「本部に少し所用があってな……まぁそれはよい。それより、少しばかり話が耳に入ってきたが……まさかとは思うが、独断で殿下の捜索に行こうなどと思っておるわけではあるまいな?」
「それは……」
ヨハンは少し迷ったが、意を決したように顔を上げた。
「父上、どうかこの場は見逃してください。これはあくまでも僕の独断です。後で何かあっても、処分されるのは僕だけです。ですから――」
「馬鹿者め。処分されるがお主だけで済むはずがなかろう。だいたい、エリカという異端者の協力者だと疑われおるのは殿下だけではない。お主ら二人の名前も挙がっておるのだぞ」
「え? な、なんでわたしたちまで?」
アンジェリカが驚いた顔をすると、テディは当然という顔で答えた。
「アンジェリカは言わずもがなであろう。お主はエリカという者と付き合いが長いそうではないか。真っ先に名前が挙がるのは当然のことだ。それから、ヨハン。お主も、ここ最近、その者と頻繁に会っておったそうだな?」
「そ、それは……確かに、僕はエリカさんと会ってはいましたが、疑われるようなことは何もしていません。むしろ彼女を知る人間として、彼女の汚名を晴らしたいのです」
「ほう? では、その者は異端者ではないと? あれだけ目撃証言があるのにか?」
「……それは、分かりません。ですが、彼女は信用できる人物です」
「何を根拠にそう思うのだ?」
「僕がそう思ったからです」
ヨハンはきっぱりと言った。
テディの顔はますます険しくなった。
「……いまここでお主が下手に動けば、連中にマギル家を潰す口実をみすみす与えるようなものだ。お主は自分の勝手な行動でマギル家を潰すつもりか? 連中は必ずこのことを口実にしてくるぞ? 今はまだお前個人への疑惑で収まっているが……事と次第によっては、マギル家そのものが疑われる羽目になる。それでマギル家が潰されるようなことがあったらどうするつもりだ」
「……今のままでは、どの道そうなりますよ。ウォルターが王になれば、遠からずマギル家は潰されるでしょう。ですが……殿下とエリカさんの二人から真実を得ることができれば、まだ変えられるかもしれません。最悪の結末を」
「マギル家を救うことができると?」
「マギル家だけではありません。この国を救うのです。ウォルターが王になれば……この国は間違いなく終わります。それを変えるチャンスは、今しかありません。このままシャノンが王位から追放されてしまえば、その時点で全てが終わるのです」
「……」
テディはじっと厳しい目でヨハンを見据えていた。
そのあまりの迫力に、さすがのアンジェリカも横から割って入ることは出来なかった。
ヨハンも内心では冷や汗をかきながらその視線を真正面から受け止めていたが……やがて、テディが急に背を向けた。
「……ふむ。実は、街を復旧させるための資材が不足しておるのだ。お主らにその調達を命じる」
「え? 資材の調達、ですか?」
ヨハンはいきなりのことに面食らった。アンジェリカも似たようなもので、二人で顔を見合わせていると、テディが少しだけ振り返った。
その口元には悪戯小僧のような笑みが浮かんでいた。
「特に木材が足らぬ。何人か部下を回してやるから、外の森へ調達に行ってこい。必要な装備もつけてやる。復旧作業は騎士団に与えられた〝王命〟であるからな。それを遂行できないようなことがあってはならぬ」
テディの言いたいことを理解して、ヨハンはハッとしたような顔になった。
「父上、それでは――」
「早く準備して直ちに出発しろ!」
「は、はいッ! アンジェリカ、行こう!」
「分かりました!」
ヨハンは弾かれたように動き出した。それにアンジェリカも続く。
テディは走り去る二人を見送った。
その顔はどこか、むしろ満足そうなものに見えた。
「ふん、我ながら血迷ったかもしれんな……まぁ、でも」
テディは自分の顎を撫でながら、こんなことを呟いていた。
「あいつも良い顔をするようになったものだ。あれなら、もう家督を譲ってもいいかもしれんな――」
と。
μβψ
……こうして、ヨハンたちは十分な人員と装備で二人の捜索に乗り出すことができた。ちなみにエリオットはほぼ強制的にアンジェリカに連れてこられただけだ。もちろん拒否権はなかった。
「すんすん……うーん、こっちですね」
周囲の匂いを嗅いでから、アンジェリカが進む方向を指差した。
捜索隊は手分けして森の中を探しているが、手がかりとなるものは何一つない。人が入った形跡を隈なく探して、それらしい痕跡があればそれを追う――それが精一杯だ。この時、すでに異端審問会も大勢で森に入っていたが、やっていることはさほど変わらなかった。どちらの陣営も、捜索は難航を極めていたのだ。
というのも、事件直後から降り続いた雨がその原因だった。今日の朝になってからようやく雨が上がったのだが、それにより足跡などの人為的な痕跡はほぼ消えてしまったのだ。
そんな中、アンジェリカだけは己の嗅覚を頼りに二人を捜していた。
ヨハンとエリオットの二人は、先導するアンジェリカの後ろをついてく。
「……あの、ヨハン様? 本当にアンジェリカに任せてていいんですか? 匂いなんて絶対にしてないと思いますけど」
「いや、彼女の鼻は侮れないぞ。それに勘も。ただ闇雲に捜すより、彼女の鼻と勘を頼った方が見つけられる確率は高い――と思う。多分」
「ちょっと自信なさげじゃないですか!? 本当に大丈夫ですか!?」
エリオットは猛烈に心配になってきた。
「どうせなら本当に犬を連れてくれば良かったじゃないですか。狩猟犬とか」
「急なことで手配ができなかったんだ。逆に異端審問会の方は狩猟犬を使っているはずだ。まぁでもここ数日かなり雨が降ったようだから、匂いもほとんど流されてしまっているとは思うけど」
「すんすん……こっちです!」
「……じゃあ、あいつはいったい何の匂いを嗅いでるんですか?」
「……もしかすると、彼女の鼻は犬よりもいいのかもしれないね」
アンジェリカは迷うことなく森を進んだ。
それは決して闇雲に進んでいるわけではなかった。
言葉にはできないが……彼女にはほぼ確信に近いものがあったのだ。
この先に、きっとエリカがいるはずだ――と。
シャノンの〝匂い〟ははっきりと分からないが、エリカの〝匂い〟ははっきりと分かる。そういう確信があった。
なぜなら、それだけ長い時間、アンジェリカはエリカと一緒にいたのだ。
きっかけは家同士の付き合いだったけれど、そんなのはきっかけに過ぎない。
そんなの関係なく、エリカはかけがえのない〝親友〟なのだ。
(あんなのが最後だなんて、わたしは絶対にイヤだからね、エリカ――)
エリカにもう一度、絶対に会うのだというアンジェリカの強い思いは、彼女たちを正しい道へと導いていた。
μβψ
「ええい、くそ! なぜわたしがこんなことを……わたしは異端審問会の長官だぞ!?」
ヘルムートは泥まみれだった。
立派な
引き連れている部下共々、似たようなものだ。彼らは泥まみれで
なぜそんなに泥まみれなのか。それはここ三日三晩、この森でひたすら野宿していたからだ。もちろんシャノンと異端者を捜索するためだ。
「ヘルムート様、本当にこちらでよろしいのでしょうか? 気のせいでなければ、ここは先ほども通った場所のような気がするのですが……」
おずおずと進言してくる部下を、ヘルムートはきっと睨みつけた。
「そんなもの、わたしが知るか! だいたい、連れてきたアホ犬どもは何なのだ!? 結局、何の役にも立たなかったではないか!? あれで本当に優秀な狩猟犬なのか!?」
「あれだけ雨が降れば致し方ありません。足跡も全て消えてしまったでしょうし」
「ぐぬぬぬ……」
ヘルムートは歯噛みしていた。
そして、それ以上に内心では脅えていた。
(連中の首を持って帰らねば、わたしの首が飛んでしまう……それも物理的に。せっかく長官にまで上り詰めたのだ。こんなところで全てを失うわけには――)
血走った目で親指の爪を噛む。それはほぼ無意識だった。
そこへ、別の所を捜索していた部下がやってきた。
「ヘルムート様! ご報告があります!」
「何だ!?」
ヘルムートは苛立ったように返事をした。
どうせまたつまらない報告だろうと思ったのだ。連れてきた狩猟犬が逃げ出したとか、そういうやつだ。
だが、今回はそうではなかった。
「そ、それが……捜索対象が向こうから現れまして」
「……え?」
予想外の報告に、しばし呆けてしまった。
ハッと我に返ると、すぐに目を剥いた。
「ほ、本当か!? 二人を発見したのか!?」
「いえ、現れたのは女だけなのですが……責任者を連れてこいと言っておりまして」
「ど、どこだ!? すぐにそこへ案内しろ!」
「はっ! こちらです!」
(あ、危なかったッ! 文字通り首の皮が繋がったぞ! やはりわたしは運がいい! ふははははッ!)
ヘルムートは内心、歓喜の声を上げていた。
……それがすぐに台無しになるなど、この時は夢にも思っていなかった。
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