第12章

71,敵意

(思ったより早く帰ってきちまったな)

 王城に着いたシャノンは、馬屋に機械馬マキウスを繋いで城内に入った。

 ここ数日、エリカの家に行く用事がなくなったシャノンは、特に意味もなく出かけては帰って来るということを繰り返していた。

 以前までは、それこそただ遊び呆けていただけだった。

 今の彼には使い切れないほどの財力がある。

 金があれば何でも手に入るというのは事実だった。

 生まれ変わってから、欲しい物は何でも手に入った。

 前世ではその日を生き延びることさえ難しかったというのに、今世では何も心配する必要さえなかった。

 王城の中を歩きながら、シャノンはつくづく思った。

(ああ、本当に金持ちに生まれ変わって最高だな。前世では神なんて信じちゃいなかったが、今はそうでもねえ……神はいるんだ。きっと前世で報われなかったオレを哀れんで、神が生まれ変わらせてくれたんだ)

 シャノンは新しい生を受けてから、真面目にそう思っていた。

 本当に前世は散々だった。

 最後の最後まで、本当にクソみたいな人生だったのだ。

 だが……それも全て〝昔〟の話だ。

 〝今〟は何もかもが手に入る。

 ……ただ、何でも手に入る立場になった彼は、とあることを疑問に思うようになってしまった。

(今のオレは何でも手に入れられる……でも、

 自分が欲しい物。

 そう考えた時、彼の脳裏に浮かぶのは、だった。

 ――やれやれ、仕方ないな。ほら、ヴァージル。

 〝声〟が聞こえたような気がして、シャノンは顔を上げた。

 丘の上に誰かいる。

 逆光で顔は見えない。

 彼は手を伸ばしながら、そこへ近づいていく。

 段々と相手の顔が見えるようになっていく。

 すると――そこに立っていたのは、エリカ・エインワーズだった。

 そこでシャノンはハッと我に返った。

 ここはではない。

 世界最大の軍事大国――その中枢であるアシュクロフト王国の王城だ。

(オレが欲しい物――か)

 思わず考え込んでしまった。

「……ん?」

 立ち止まって物思いに耽っていると、前方から誰かが歩いてくるのに気付いた。

 相手の顔を見たシャノンは思わず「げっ」と声を出してしまった。

 ウォルターだった。

 どうやら一人のようだった。いつも必ず家臣を引き連れて歩いているのに、珍しいこともあるものだ。

 シャノンはいつものように適当に上辺だけの挨拶だけしてやり過ごそうと思ったが――何だか様子がおかしかった。

 ウォルターは早足に、シャノンに向かって真っ直ぐ歩いてきたのだ。

(……何だ? なんかいつもと様子が違うな?)

 訝しんでいる内に、ウォルターは目の前に立った。

 その表情を見て、シャノンは少し驚いた。

 ウォルターの顔に怒りが浮かんでいたのだ。

 いつも冷めた表情をしている男が、今まで見たことがないような顔していたのだ。

 いや、それだけじゃない。服装も髪も乱れている。まるで乱闘でもしてきた後のようだった。

「あ、兄上? どうされたのですか?」

 思わず訊いていた。

 ウォルターはそれには答えず、シャノンを睨んだ。

「――シャノン、俺は次の戦勝記念式典の日に正式に王位を継ぐ。その式典に合わせて戴剣式も行われる手筈だ」

「は?」

 いきなり宣言するように言われた。

 初耳だったので驚いたが、まぁ内容自体は予想できたことだ。ただ思っていたよりは少し早いという程度である。

 シャノンはどう反応すればいいのか迷ったが、とりあえず祝辞を述べておくことにした。

「それはおめでとうございます、兄上。いつごろ発表されるのですか?」

「明日には発表する予定だ。その前に、お前には言っておかねばならんと思ってな……」

 と、ウォルターはギラギラした目で言い、急に口端を歪めた。

「やはりお前も裏で色々と手を回していたようだが、少し遅かったな。今さらディンドルフ家とマギル家を動かしたところで手遅れだぞ? 残念だったな」

「……? いったい何の話ですか?」

「昔から、俺はお前の顔を見るだけで反吐が出そうだった」

 ウォルターは吐き捨てるように言った。

 シャノンはわずかに息を呑んだ。

 それほど、ウォルターの様子が尋常ではなかったのだ。

 明らかに普通ではない。これまで、この男がこれほどまでに感情を剥き出しにしたことは一度もなかった。どう考えても様子が変だ。

「兄上、どうなされたのですか? いったい何が――」

「ま、元々ブリュンヒルデは駒でしかなかったからな。駒が一つなくなっただけのこと……あれはお前にくれてやる。俺には不要だ。別になくとも俺の計画に支障はないからな」

 最後にそれだけ言うと、ウォルターはシャノンの脇を通り過ぎていった。

「……ブリュンヒルデ? 何でここであいつの名前が……?」

 最初から最後まで、まったく訳が分からなかった。

 だが、何となく嫌な気配を感じた。

 自分が知らないところで、何かとんでもないことが起こっているのではないか――という予感が少し芽生えた。

(……何だ、何が起こってる? どう見てもウォルターの様子は普通じゃなかったぞ……一度、ブリュンヒルデに確認した方がいいな、これは)

 シャノンは足早に自分の部屋に戻った。

 部屋には伝話機でんわきがある。それでディンドルフ邸に繋ぎ、ブリュンヒルデに取り次いでもらえばいいだろう。

 自室に入り、すぐに明かりを点ける。

 すると、部屋の隅で何かが動く気配がした。

 シャノンは反射的に振り返っていた。

「誰だ!?」

「ひぃ、ご、ごめんなさい!」

 部屋の隅にいた人影が悲鳴を上げた。

 相手の顔を見て、シャノンは思わず困惑した。

「ブ、ブリュンヒルデ? お前、そんなところで何やってんだ?」

 そう、そこにいたのは――涙で顔がぐちゃぐちゃのブリュンヒルデだったのだ。

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