32,マギル邸
……それから、わたしはドーソン家から送り出されてマギル邸へと向かうことになった。
ちなみに馬車と言っても、人が乗るカーゴの部分を引いているのは
「……マルコシアス。お前、まだ生きていたのか」
わたしは思わずその名を呟いていた。
カーゴの中にはわたししか乗っていない。御者は外側だ。
流れていく車窓を眺めながら、わたしは道中、アサナトスのことばかりを考えていた。
……魔族は寿命が長い。
だから、現代にも知っているやつが生きていてもおかしくはないとは思っていた。
それがよりによってマルコシアスだとは……。
正直、かつての同胞が生きていたことを喜ぶ気持ちはまったく芽生えなかった。
あいつらが未だに〝戦争〟を続けているのだと思うと、単純に嬉しいと思えるはずもなかった。
……わたしがのうのうと
……100年だ。
それはもう気が遠くなるほどの時間だろう。魔族が長命とは言え、100年という時間を短く感じるなどということはない。それだけの時間を戦い続けることなど、正気で出来ることではないはずだ。わたしは15年の時間ですら、果てしなく長く感じたというのに。
色々考え事をしていると、不意に馬車が止まり、カーゴのドアが開いた。
どうやらマギル邸に到着したようだ。
ここまで
「エリカ様、どうぞお降りください」
「ありがとうございます」
執事の手を借りて馬車を降りた。
……いや、今はあいつのことを考えても仕方ない。
わたしは頭を切り替え、目の前の光景に意識を向けた。
目の前にはどどーん!! と巨大な邸宅がそびえ立っていた。門からしてすでにでかい。
……うーん、さすがは大貴族だな。いまのわたしの住んでいる家がただのウサギ小屋に見える。とは言え、かつての魔王城に比べたらまだまだ小さいがな!
なんて心の中で無駄に張り合っていると、
「ようこそ、エリカさん。来てくださってありがとうございます」
と、邸宅の玄関先にわたしを出迎えるヨハンの姿が見えた。
その姿に少しばかり驚いてしまった。まさかヨハンがわざわざ出向いてくるとは思っていなかったからだ。普通はまず使用人が出迎えるところだろう。
わたしはあくまでも〝エリカ〟として上品に驚いた。
「まぁ……ヨハン様がわざわざお出迎えしてくださるなんて……恐縮です」
「いえいえ、僕の方からお呼び立てしたのですから、これくらいは当然のことですよ」
にこり、とヨハンは笑みを見せた。愛嬌のある笑顔だ。まるで子供がそのまま大人になったような、そういう親しみのある笑顔である。確かヨハンは二十歳くらいと聞いているが、実年齢よりは若く――というか幼く見えた。
「……」(じー)
ついヨハンの顔をじっと眺めてしまった。
「あの、どうかしました?」
「え? あ、いえ、何でもありませんわ。ほほほ」
わたしは我に返り、お上品に笑って誤魔化した。
最初に会った時も思ったことだが、ヨハンにはどことなく昔のヴァージルみたいな雰囲気があるのだ。優しげというか人が良さそうというか、うまく言えないがそういうところがちょっと似ているように思える。
……こいつの方がよほどシャノンよりもヴァージルの生まれ変わりっぽいよな。
「どうぞこちらへ」
ヨハンにエスコートされて、わたしはマギル邸へと足を踏み入れた。
邸内はさすが大貴族と思わせる豪華さだった。しかも内装も調度品も中々のセンスの良さだ。金があるだけでなく、何と言うかマギル家の〝格〟の高さも窺い知れる邸宅だった。
使用人の教育も行き届いているようで、邸内ですれ違う使用人はみな家臣として素晴らしい人材に見えた。姿勢や仕草、態度を見れば使用人のレベルもおのずと窺い知れるものだが、ここの使用人は非常にレベルが高い。まるで統率力の高い戦士長が率いる戦士団のような規律の高さだ。
「今日はいきなりお呼び立てしてしまって申し訳ありませんでした。その、何か御用とかあったりしませんでしたか?」
ヨハンは控え目に訊ねた。そこには『大貴族のおれが呼んでやったんだから光栄に思えよ』とか、そういう傲慢さは一切なかった。ただ単純に『いきなり呼んじゃったけど気を悪くしてないかな……?』と心配しているような顔だった。
「いえ、用事などは特に……むしろヨハン様にこうしてお声をかけていただけるなんて光栄です」
わたしは笑ってそう言っておいた。一瞬、シャノンの顔が頭に浮かんだが、わたしは会話を続けた。
「それより、どうしてわざわざわたしに声を? 式典の時もあまり長い時間はご一緒ではありませんでしたが……」
「まぁそうですね。でも、だからこそと言いますか」
「だからこそ、ですか?」
「はい。その、単純にもう少しエリカさんとお話してみたいな、と思ったので……」
と、ヨハンは照れたような顔を見せた。
……こいつちょっと可愛いな、と思ってしまった。前世からそうだが、わたしって魔族としては感性おかしいよな。
「まずは食事にしましょうか。こちらへどうぞ」
ヨハンは気を取り直したように言った。
事前に朝食が用意されていることは聞いているのでもちろん食べてきていない。なのでペコペコだ。そろそろ腹の虫が
ヨハンがわたしを大きな扉の前にエスコートした。多分ここが食堂なのだろう。この規模の邸宅ならきっといくつも食堂があるに違いない。
さて、大貴族ともなればさぞ美味い料理が用意されていることだろうが……。
以前のわたしならどんな料理が出てくるかとワクワクしていたかもしれないが、不思議とそれほど大きな期待感はなかった。理由は明白だ。ここ数日、わたしは非常にレベルの高い料理を連日食べているからだ。
……正直、あいつの料理よりも美味いものが出てくるとは思えないからな。
そう思ったが、もちろんそれを顔に出すようなことはしない。
ヨハンがドアを開けてくれたので、わたしは室内に足を踏み入れる。
「よう、遅かったじゃねーか」
すると、テーブルにはすでにシャノンの姿があった。
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