第6章
31,アサナトスの意味
この日、わたしは朝っぱらからドーソン家に来ていた。マギル邸へ行くための準備をするためだ。
マギル邸には10時に行くことになっている。なので、それより前に色々と準備をする必要がある。わたしはドーソン家からドレスを借りるわけだから、その着付けやら、それから化粧やらが必要というわけだ。
なので、いつもなら起床する時間に、すでにドーソン家に来ていた。
いまのわたしが思っていることはただ一つ。
それは――とにかくクッッッッッッッッッッッッソ眠いということだけだ。
「……あー、やっぱ行くのやめるか」
以前の式典の時もこうして色々してもらったが、あの時は午後の式典に合わせていたから時間はもう少し遅かったのだ。今日はいつもよりずっと朝が早かったのでまだ半分寝てる感じだった。
「今さらやめられるわけないでしょ。ていうかそのバッチリ決めた見た目でその気怠そうな顔やめてくれる? せっかくの化粧が台無しなんだけど」
アンジェリカにお小言を言われてしまった。
こいつの言うとおり、わたしはすでに全ての準備を終えた状態だった。ドーソン家に仕えるメイドたちに化粧やら着付けやら、すでにバッチリしてもらった後だ。戦士に例えるならすでに戦場へ行く準備は万端というところだ。
「にしても……化粧してそうやって着飾ってるとホントにやばいわね。その顔で微笑みかけたらたぶん男は死ぬでしょうね……」
「大袈裟だな。んなわけないだろう」
アンジェリカがまたいつものようにわたしをからかった。やれやれ、こいつもこのネタ好きだな。
「いい? もし相手をその気にさせるつもりがないなら、不必要に微笑んじゃダメよ? なんなら唇噛んで目を剥きだしにしてるくらいがちょうどいいと思うわ」
「そんなやつとメシ食いたいか????」
わたしなら絶対にイヤだ。
「しかし、こんなに着飾る必要がそもそもあるのか?」
わたしは改めて自分の姿を姿見で確認した。下手したら式典の時よりバッチリ決まっているかもしれない。ドレスは以前と同じだが、何と言うか化粧により力が入っているような気がするのだ。メイドたちの気迫と熱気もなぜか以前より異様に高かったしな。
「別にメシを食うだけのことだろう? だったらもっと軽い感じでいいと思うんだが」
「なに言ってんのよ。わざわざヨハン様が誘ってくれてるんだからこれくらいして当然でしょ? 他の女の人ならヨハン様に誘われた時点で気絶してるわよ?」
「ふうん? そういうものか?」
「うわぁ……すごい興味なさそうな顔……」
「別にそういうわけじゃないがな……」
正直、わたしは人間社会の上下関係や家格の優劣に疎い。ヨハンのことは単純に「いい奴そうだな」とは思うが、それ以上に思うところは特にない。相手が大貴族だから〜、とか言われてもピンと来ないのだ。一つ言っておくがヨハンのことがどうでもいいというわけではない。
「頼むからヨハン様の前ではそんな顔しないでよ?」
「分かってる。大丈夫だ」
「本当かなぁ……?」
とても疑わしそうな目で見られてしまった。
それから、何やかんやとしている内に出発する時間になった。
マギル邸に行くのはわたしだけだ。
なのに馬車まで出して貰えるのだから本当に至れり尽くせりである。
玄関先までアンジェリカが見送りに来てくれた。
「じゃ、頑張ってね」
「ああ、行ってくる」(別に頑張るつもりはないけども)
わたしは馬車に乗ろうとして――その時、本当にふとあることを思い出した。
「……そうだ。アンジェリカ、お前は〝アサナトス〟という言葉を知っているか?」
「え? アサナトス? あの魔王軍残党のこと?」
「魔王軍残党?」
思わず聞き返すと、アンジェリカはやれやれという顔をした。
「あんたって本当に色々と常識が欠落してるわね……アサナトスって言えば、今でも人間を襲撃してる魔王軍残党の過激派のことじゃない。終戦後、魔王軍っていくつかの派閥に分かれたらしいけど……その中でも特に攻撃的だったのがアサナトスで、今も人間に対して攻撃してきてるのよ」
「……そう、なのか? だが、もう終戦から100年も経過しているだろう?」
「そうね。でも、アサナトスだけは未だにしつこく人間に攻撃してきてるのよ。ホント、しつこいったらないわよね。あんたの言うとおり、大戦なんてもう100年も前に終わってるのにね。わたしの
「……」
「けど、どうしていまそんなこと聞くの?」
「ああ、いや……すまない。何となく思い出しただけだ。深い意味はない」
わたしはなるべく動揺を隠しながら、表向きは平静を装った。
「ちなみにだが……そのアサナトスというのは、いったい誰がリーダーなんだ? もちろん魔族の誰かが組織をまとめて率いているのだろう?」
「アサナトスのリーダーは〝殺戮のマルコシアス〟って呼ばれてる魔族よ。かつて魔王の右腕とも呼ばれていたやつで、大戦時の魔王軍幹部の数少ない生き残りね」
……その名前を聞いた時、正直わたしは動揺を隠せている自信がなかった。
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