33,もう一人の友人
「……は?」
思わず素が出てしまった。
シャノンはすでにテーブルについていて、偉そうに椅子にふんぞり返っていた。
……なぜこいつがここにいるんだ?
ヨハンが呼んだのだろうか? てっきりヨハンと二人でメシを食うイベントだと思っていたのだが……と思ってヨハンを振り返ると、
「シャノン!? なんで君がいるんだ!?」
と、明らかに驚いた顔をしていた。
その様子にわたしは「おや?」と思った。どうも様子がおかしい。
一方、シャノンはこちらの反応など意に介する様子もなく、何だかとても気軽な感じで言った。
「暇だったからちょいと遊びに来たぜ、ヨハン」
「いやちょっと待ってよ、シャノン!? 今日は用事があるって言っておいたよね!? なんでさも当たり前のようにいるの!?」
「あん? そうだったか? 悪い、よく聞いてなかったわ。ははは」
「いや、ははは、じゃなくて……」
ヨハンは明らかに狼狽していたが、わたしの方を見てハッとしたような顔になった。慌てて顔を取り繕って、わざとらしい咳払いをする。
「んんっ……ええと、シャノン殿下。いつも言っているではありませんか。事前に連絡もなく急に来るのはやめてください、と。来るのであれば事前に連絡をですね……」
「おい、料理まだか? オレ腹減ってんだけど?」
「いや聞いて!? ていうかもう完全に食べてく感じの流れなのこれ!?」
「どうせたくさんあるんだろ? だったら一人くらい増えても変わんねえだろ」
「そういうことじゃなくて……」
ヨハンはあたふたしていた。
……ふむ。この様子から察するに、シャノンが現れたのは完全に想定外のことのようだな。
どうしてこいつがここにいるのか――なんて、考えるまでもないだろう。
……なるほど。こいつが昨日言っていた『分かった』とはこういうことだったわけだ。
ヨハンは非常に申し訳なさそうにわたしを振り返った。
「エリカさん、申し訳ありません……その、シャノン殿下も同席いただいてもよろしいでしょうか? どうも本人に帰るつもりはまったくなさそうですし……」
「わたしは構いませんよ。むしろ殿下と同席できるなんて光栄ですわ」
「少し料理人に話を通して来ます。料理を三人分にしてもらう必要がありますので」
ヨハンはわたしを席に座らせてから、一旦部屋を出て行った。
ヨハンの姿が消えた瞬間、わたしは〝エリカ〟の仮面を剥ぎ取った。
「……おい、貴様なぜここにいる?」
「そりゃもちろん〝監視〟のためだ」
ふん、とシャノンは鼻を鳴らした。
「オレは元勇者として、お前が策謀を巡らせていないか監視しなきゃならないからな」
「わたしがここでどんな策謀を巡らせると?」
「お前がヨハンを籠絡して大貴族に取り入って、そこから国家の中枢に入り込もうとしているかもしれない」
「んな面倒くさいことするか。前も言ったが、わたしは別に何もする気はない。そんな気力もない。復讐など面倒なだけだ」
「ま、口だけなら何とでも言えるからな」
シャノンは肩を竦めた。
わたしは溜め息を吐いた。
「はあ……まぁお前がわたしを疑るのは構わんが、せめてヨハンには事前に連絡の一つでも入れておいてやれ。可哀想に、本気で困ってたじゃないか」
「そりゃ気にするな。オレとあいつは今世では長い付き合いだ。こんなこと、いつものことだよ」
シャノンは笑った。
たぶんこいつにとってヨハンは、わたしにとってのアンジェリカみたいな相手なのだろう。つまり〝友人〟ということだ。さっきのやりとりを見ていれば、二人が気の置けない仲だというのはよく分かる。
「……なるほどな。ヨハンはお前にとって数少ない〝普通〟に話せる相手ということか」
「数少ないって、まるでオレの友達が少ないみたいな言い方だな」
「実際、そういう相手は少ないだろう?」
「……まぁそうだけどな」
と、急にシャノンの顔から笑みが消えた。笑みが消えると、急に雰囲気がガラリと変わった。
「あいつの家は代々、騎士の家系だ。そして、ここ数世代は騎士団長を歴任している。だから王家とも交流がある。本来ならあいつは
「ウォルターというと……ええと、確か第1王子の名前だったか?」
「何でちょっと自信なさげなんだよ。第1王子の名前くらいさすがに知ってるだろ?」
「最近知ったところだ。ちなみにお前の名前を知ったのも最近だ」
「……お前、もしかしてけっこう世間知らずか?」
「わたしみたいな小貴族の生活に、大貴族や王族なんてまず関わりがないからな。王族の名前を覚えたところで、別にわたしの食うパンが増えるわけでもないのだし」
「はは、まぁそれはそうだな。前世のオレも元は平民だったが、確かに貴族や王様の名前なんて、そういやロクに知らなかったな……」
シャノンはわずかに笑ってから、改めてわたしに目を向けた。そこにいるのは、もうわたしがよく知っている〝シャノン〟という男だった。
「まぁあいつには悪いが、とりあえずこの場は同席させてもらう。大事な友人がお前に籠絡されたら可哀想だからな」
「籠絡などするか。そもそも、大貴族の御曹司ともあろう人間が、小貴族の小娘などに籠絡などされるわけがなかろうて。大貴族ならもっと相応しい家柄の人間がいるだろう」
「マギル家はそういうところはあんまり気にしない家だぜ? 実際、あいつの母親だって小貴族だった女性だ。元々、腕っ節だけで成り上がってきた家系みたいだからな。そういうところはいかにも騎士の家系って感じだ。だから、お前だってもしかしたら玉の輿に乗れるかもしれないぞ?」
シャノンは冗談めかして言ったが、わたしは頭を振った。
「わたしなどと仲良くしても意味などないぞ。むしろ不幸になるだけだからやめておけ。わたしは呪われているのだからな」
つい自嘲気味な笑みが漏れてしまった。
「……お前、以前もそんなこと言ってたな。それはどういう――」
「すいません、お待たせしました」
シャノンが怪訝な顔をしたところで、ヨハンが戻ってきた。
場の空気が少し変だったのに気付いたのか、ヨハンは首を傾げた。
「あれ? 二人とも、どうかしたんですか?」
「いいえ、何でもありませんわ、ヨハン様」
わたしはすぐに〝エリカ〟としての笑みを浮かべた。
シャノンの視線を少し感じたが……わたしはあえて気付いていないフリをした。
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