34,シャノン・アシュクロフト

「それでですね、その時に僕が――」

「まぁ、ヨハン様ったら」

 楽しそうに談笑する二人を眺めながら、シャノンはこんなことを思っていた。

(こいつの猫かぶりはオレ以上だな……というかまるで別人じゃねーか)

 こいつ、というのはもちろんエリカ・エインワーズのことだ。〝本性なかみ〟を見せている時は美少女の皮を被ったおっさんみたいな感じなのに、今はただの美少女だ。それも目ん玉が飛び出るほどの超絶美少女である。

 彼女は自称〝最後の魔王メガロス〟の生まれ変わりらしい。

 それだけ聞けば完全に頭のおかしいやつでしかないが……残念なことに、と思わせる要素が彼女には多々あった。

 まず、彼女には魔族の気配があった。

 シャノンは前世から、魔族の気配には鋭かった。他の人間には分からない感覚らしいが、彼はなぜか昔から魔族の気配には敏感だったのだ。仮に人間そっくりの魔族が擬態していたとしても、彼の嗅覚はそれを完璧に見抜くことができた。

 その嗅覚が、彼女を魔族だと訴えかけている。

 だが、同時に気配も感じさせるのだ。

 こんなにも中途半端な気配を持つ存在に、彼はこれまで出会ったことがなかった。もちろん、それは前世の人生も含めて――だ。

 それに何より、彼女が〝最後の魔王メガロス〟であるかもしれないとシャノンに思わせる最大の要因の一つ、それは――彼女が〝最期の言葉〟を知っていたからに他ならない。

 ――感謝する。

 それは実際に、今際いまわきわにメガロスがに向けて発した言葉だ。自らの手で剣を掴み、自らの喉元に突きつけ、メガロスはそう言った。

 あの時のことを、シャノンは〝今〟でもはっきり覚えている。これから殺されるというのに、メガロスは驚くほど穏やかな声でそう言ったのだ。

 それはまるで……ようやく全てから解放されることを喜んでいるかのような、そんな気配すらあった。それはとてもではないが、人間を虐殺して地上から消し去ろうとしていた残虐な魔王の最期の言葉とは思えないものだった。

 そして、彼女――エリカ・エインワーズは、その最期の言葉のことを知っていた。

 適当に言って、偶然当てられるようなものではない。

 そしてもう一つの大きな要因は、彼女が〝本当の勇者〟の名前まで知っていることだった。

 現代には〝本当の勇者〟の名前はどこにも残っていない。恐らくブルーノが徹底的に抹消したのだろう。実際、シャノンはあいつならばそれくらいはやるだろう、と思っていた。ブルーノは大貴族という身分のくせにやたらと小物だったが、そういうところにはよく頭の回る男だった。

 前世の忘れられない光景を思い出しながら、シャノンはじっとエリカを見ていた。

(にしてもこいつ、オレがここにいてもヨハンに〝本性なかみ〟を見せるつもりはないみたいだな。昨日はオレのことを気色悪いとか言っといて、自分は猫かぶりをやめるつもりはないってわけか)

 少し不公平だとは思ったが、シャノンはあえてここでエリカの化けの皮を剥いでやろうとか、そういうことは考えなかった。

 まぁ別に自分の場合は〝本性なかみ〟がバレようがどうしようが、あまり気にしていない。あれは周囲に自分を侮らせるための偽装だ。周囲に馬鹿だと思われていた方が気楽でいい。馬鹿に周囲は何も期待しないし、何かを背負わせようとはしないからだ。

 第二王子シャノン・アシュクロフトの評判は、、最悪のものとなっている。道楽好きの女たらし。勉強もロクにせず、女のケツばかり追っかけている。とてもではないが王位を継承できるような人間ではなく、現在の父親である現王からもすでにほとんど見放されているような状態だ。

 だが、それでいいのである。

 今回の人生では――彼はもう、何かを背負うつもりは一切ないのだ。

 〝勇者〟などという都合の良い偶像にされるのは、もう二度と御免だった。

「シャノン、どうかした? 何だか気難しい顔してるけど……」

 ヨハンが小声で話しかけてきた。

 シャノンはふと我に返った。

「ん? ああ、いや、何でもない」

「そう? ていうか、女の子がいるのに君にしては随分大人しいね? エリカさんほどの美人がいたら、いつも鬱陶しいぐらいすごい喋るのに……」

「いくらオレでも、お前が目をつけた女をお前の目の前で口説いたりしねえよ。それぐらいの分別はある」

 シャノンがそう言うと、ヨハンはあからさまに顔を赤くして慌てた様子を見せた。

「べ、別にそういうんじゃないって。ただちょっと、エリカさんとはもう少し話がしたいなと思っただけで……」

「それがつまりじゃねえか」

 シャノンはつい笑ってしまった。

 ヨハンはモテる。家柄もあるし見た目も良い。彼のことを狙っている女はいくらでもいる。だが、実は彼自身は恋愛には非常に奥手だ。これまで何度も見合いの話があったのに、ヨハンはその全てを断ってきた。その理由が「相手の女性と何を話して良いのか分からないから……」というものだった。別に女性が苦手というわけじゃない。友達として話す分には、彼は普通に女性と話せる。だが……相手を異性だと意識した途端、何を話して良いのか分からなくなるそうなのだ。奥手というか、ウブというか、とにかく彼はそういう感じの男なのだ。

(そのヨハンが自分から『話がしてみたい』って思うんだから、そりゃもうつまり惚れてるってことだわなぁ……)

 さすがのシャノンでもそれくらいは分かった。

 そう、ヨハンはエリカに惚れているのだ。多分一目惚れってやつだろう。以前の式典の後から様子がおかしかったのには気付いていたが、ようはだったのだ。

 いずれヨハンにそういう相手が現れたら応援してやろう――と、シャノンは思っていたのだが、その相手がまさかよりによってエリカ・エインワーズになるとは思わなかった。

「お二人とも、どうかしました?」

 エリカが小首を傾げていた。

「い、いえ! なんでもありませんよ! ははは!」

 ヨハンは慌てて顔を取り繕っていた。何だかもう見るからに丸わかりの態度だが……エリカはそれに気付いているのかそうではないのか、相変わらずすっとぼけた猫かぶりを続けている。

 これがヨハンの気持ちを分かった上ですっとぼけているならとんだ魔性の女であるが……何となく、そういう感じではない。

 ふと、シャノンは先ほどのエリカの言葉を思い出していた。

『わたしなどと仲良くしても意味などないぞ。むしろ不幸になるだけだからやめておけ。わたしは呪われているからな』

 呪われている。

 それはいったいどういう意味の言葉なのだろう?

 なぜ彼女は、どうしてあんなにも――まるで全てを諦めているかのような顔をしたのだろう?

 その言葉は以前も聞いたことがあった。彼女の家で、確か今世での両親の話を聞いた時だった。

 その時も彼女は呪いという言葉を引き合いに出して、自分で自分を〝化け物〟などと呼んでいた。あの何もかも諦めたような顔で。

「……」

 シャノンはよく分からない感情を抱えたまま、二人の会話に混ざるわけでもなく、どこか探るような視線をエリカに向けていた。

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