21,美味しい料理

「できたぞ」

「……」

 しばらく待ってわたしの前に出てきたのは……とても美味しそうな料理だった。

 普段使うことのない応接室のテーブルの上に、たくさんの料理が並んでいる。

 思わずシャノンの顔を見返してしまった。

「……これは?」

「見ての通り料理だが?」

「それは分かる」

「分かるなら食えよ」

「……食っていいのか?」

「腹減ってんだろ?」

「……」

 再び料理に視線を落とした。

 状況がさっぱり分からない。だが、腹の虫が『細けえこたぁいいんだよ!!』と叫んでいる。わたしもそれに同意だった。

 とりあえずカトラリーを手に取り、何だか上品に盛り付けされた肉を口に運んだ。

 もきゅもきゅ……ごくん。

「……どうだ?」

「……美味い」

 それ以外に言いようがなかった。

 めちゃくちゃ美味い。いやもう、マジで美味い。美味すぎる。ゲキヤバマジウマである。なんかもう語彙力が低下するほどの美味さだ。

「そ、そうか。美味いなら良かった」

 シャノンは明らかにほっとしたような顔を見せた。

 と思ったら、すぐにまた厳めしい顔に戻った。

「ま、まぁ適当にぱぱっと片手間に作ったもんだけどな! そこまで本気出してねえけどな!」

「これで本気出してないってそれはそれでやばいな……」

 手が止まらなかった。

 腹の虫が全身でこの料理を浴びているのが分かる。もっと寄越せと言っている。

 一心不乱に食べ続けた。

 気が付くと全ての料理がなくなっていた。

「……ふう。満たされた」

「……お前、あれだけよく全部食ったな」

 シャノンの顔がちょっと引きつっていた。

 わたしは思わず首を傾げていた。

「そうか? わたしの感覚では〝小食〟な方なんだが……」

「そりゃ魔族の感覚で、だろ。人間だったら普通に大食いだよ」

「アンジェリカのやつにもよく言われるな。この程度で大食いなどと言っているから人間は脆弱なのだぞ。もっと身体を鍛えろ」

「オレより脆弱そうなやつにそう言われてもな……ところで」

 と、シャノンは少し話を変えた。

「この家、お前の他に誰か暮らしてるのか? まったく気配がないが……」

「ん? ああ、言ってなかったか。ここに住んでいるのはわたし一人だけだ」

「……一人? 親はどうした?」

「わたしの今世での両親は、とっくに死んでいるよ。父親も母親もな」

 わたしは棚の上にある小さな写真立てに視線を向けた。

 そこには生前の、まだ若い時分の両親と、そして赤ん坊のわたしが写っていた。

 シャノンも同じように写真に目を向けていたが、やがてわたしに視線を戻した。

 わたしはのことを思い出しながら続けた。

「母親が死んだのはわたしが3歳くらいで、父親が死んだのは半年ほど前だ。母親はかなり前だが、父親が死んだのはついこの間だ。で、まぁわたしはこうして一人だけ取り残されることになったわけだ」

 と、わたしは小さく肩を竦めた。

「……この家が今みたいに貧乏になったのは、そもそもわたしのせいでもあるんだ。元々金がない貧乏貴族だったのに、父親は頻繁に熱を出すわたしのために高価な薬を惜しげも無く買ってきた。恐らく母親のことがあったから、娘のわたしまで失いたくなかったんだろうな」

 そこまで言ってから、わたしは思わず自嘲してしまっていた。

「だが、そんなもの飲んでも無駄なのはわたしが一番よく分かっていた。なぜなら熱を出すのは病気のせいじゃなくて、この多すぎる魔力のせいなんだからな。薬を飲んだところで、一時的な解決にはなっても根本的な解決にはならない。わたしにはそれが分かっていた。分かっていたんだよ」

「……」

「わたしはもうさすがに父親が哀れになってきたから、いっそ言ってやろうと思ったんだ。わたしは魔王メガロスの生まれ変わりで、熱が出るのは魔力が多すぎるせいだって。たぶん前世が魔族だったから、そのせいで魔力が多いんだって。全部打ち明けてやろうと思った。そうしたら、きっとこいつはわたしを気味悪がって捨てるだろう。それが一番いい。だってそうしたら、これ以上無駄な金を使う必要はなくなるわけだからな」

「……打ち明けたのか?」

「いいや、結局できなかった」

 わたしはますます自嘲していた。

「何度も言おうとした。でも、どうしても口から出てこなかった。そうしている内に、父親の方が先に死んでしまった。結局、最後まで言えずじまいだったよ。本当に……どうしようもないやつだった。自分の方がよほど薬が必要だっただろうにな。その分の金を全部わたしのために使ったんだ。そして何も知らないまま死んでいった。本当に哀れな男だった。わたしみたいなが娘として生まれたせいで、あの男は何もかも失って死んでいったんだからな」

「それは……別にお前のせいじゃないだろう」

「いいや、これはわたしのせいだ。わたしのせいなんだよ。きっと父親も、そして母親も、わたしの〝呪い〟に巻き込まれたんだ」

 わたしには、はっきりと死者たちの怨嗟が聞こえていた。


 ――全てお前のせいだ。

 ――お前さえ戦争を止めていれば。

 ――我々はお前を許さない。

 ――死ね。

 ――苦しんで死ね。

 ――大事な人が死ぬのを見て、せいぜい苦しめ。

 ――そして、死ね。


 わたしの罪を責め、わたしを恨む死者たちの声。

 その声はわたしにしか聞こえない。

 あの戦争で死んでいった膨大な数の命が、わたしを決して許さないと言っている。

 彼らは決してわたしを許さない。

 そして、わたしの傍にいる人も、彼らの怨嗟に巻き込まれてしまう。

 彼らはわたしを罰するために、まるで見せしめのようにわたしの大事な人たちを殺すのだ。

 だから、今世の父親と母親は死んだのだ。

 全て、このわたしのせいなのだ。

 でも……そのことを知っているのは、わたしだけだ。

 もちろん、何のことだか分からないであろうシャノンは訝しげに首を傾げていた。

「……呪い? なんだ、それは?」

「そのままの意味だよ。呪いだ。わたしは呪われているんだよ」

「どういうことだ?」

「気にするな。ただの戯れ言だ」

 わたしは軽く肩を竦めて誤魔化した。

「とまぁ、そんなわけだ。いまのわたしは、親が遺したわずかな遺産で細々と食いつないでいる貧乏娘というわけだ。悪いが、わたしには人間への復讐なんてしている暇もなければそれをやるだけの気力も金もない。どうせ放っておいてもそのうち勝手に野垂れ死ぬから気にするな。ははは」

 わたしは笑いながら言った。

『はっ、ザマーみろ! 前世でのバチが当たったんだ! いい気味だぜ!』

 てっきり、わたしはそういう反応でもされるかと思った。

 だが――

「……」

 シャノンは何やら考え込むように黙り込んでしまった。

 ……おや? どうしたんだ、こいつ?

 こちらが訝っていると、

「……お前、いま年齢はいくつだ?」

 と、シャノンは唐突にそんなことを聞いてきた。

「年齢? 14だが……それがどうした?」

「……やっぱりそうか。どう見ても働いてる感じじゃないしな。ということは……成人する来年になれば、自分で食い扶持は稼げるようにはなるわけだな」

「まぁ、そうなるな」

 貴族は十五歳で成人だ。そこから見習いになり、貴族社会の一員として組み込まれていく。なので成人さえすれば自力で金を稼ぐことはできるようになる。現状ではある金でどうにかするか、他人からの援助を受けるしかないが、自力で金が稼げるようになれば生活はしていけるようになるはずだ。

「……なるほどな。だいたい分かった」

「……? 分かったって……何が分かったんだ?」

 シャノンはわたしの問いには答えず、急に立ち上がって帰り支度を始めた。

「何だ、帰るのか?」

「ああ。オレも暇じゃないんでな。そうそう、昼食と夕食の分は作り置きしてある。氷室に入れてあるから時間になったら適当に食え」

「は?」

「じゃあな」

「あ、おい――」

 一方的に言うだけ言って、シャノンは部屋を出て行った。

「……」

 え? なんて?

 作り置きって言った?

 あいつ、わたしの昼食と夕食まで作ったのか?

 何のためにそんなことを……? と思っていると、出て行ったはずのシャノンがひょっこりドアの向こうに顔を出した。

「明日、また来る」

「え? あ、ああ、うん。分かった」

「じゃあな」

 やつは一方的にそれだけ言うと、今度こそ姿を消した。

 わたしは静かになった部屋の中に取り残された。

 しばし呆けていたが、ふと我に返った。

「……え? 明日も来るの?」

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