20,貧乏貴族

 と思ったらすぐに戻ってきた。

「ってお前、氷室ひむろの中にほとんど食材ねーじゃねーか!?」

「食材? ああ、そうか……もう何もなかったか。そろそろ市場に買い出しにいかんとな……」

「……市場? お前、市場に自分で買いに行ってるのか?」

「ああ、そうだが?」

「そうだが、って……小貴族でも平民とか使用人で雇って、そいつに買いにいかせるだろ? ていうかこの家の使用人は何してるんだ? 家の中もろくに掃除されてねえじゃねえか」

「ははは、そんなもん雇う余裕がこの家にあると思うか? 買い出しも料理も全部自分でやってる。掃除は気が向いたらしてるぞ。気が向いたらな」

「……え? い、いねえの? 使用人?」

「うむ。おらん」

「……」

 シャノンは何とも言えない顔になっていた。どうもわたしの言っていることが理解できない様子だ。言葉は通じてるが話は通じてないようである。

「ああ、そうだ。氷室に食材がないなら、とりあえず庭に野菜はあるぞ」

「……は? 庭に野菜?」

「そうだ。庭で野菜を育てているのだ」

「野菜!? 貴族が庭で野菜!? 花じゃなくてか!? 聞いたことねえぞ!?」

 シャノンが目を剥いた。

 どうやら庭で野菜を育てるのはよほど常識外れなことのようだ。薄々そうじゃないかという自覚はあったが、この反応を見る限り思っていた以上に常識外れだったようだ。だからアンジェリカもずっと何か言いたそうな顔してたんだな。

 わたしは寝っ転がったまま偉そうに開き直った。

「花など食えんだろうが。普段は育てた野菜と、市場で調達してきた食材で何とか食い凌いでいる。まぁ食材と言っても捨てるような部分をほぼタダ同然で譲ってもらっているような感じだがな」

「普段どんな生活してんだお前!? 本当に貴族か!?」

「このぼろっちい家を見れば分かるだろう? わたしは貧乏なんだ。小貴族なんて名ばかりなんだよ」

「た、確かに何かすげーぼろい家だとは思ってたが……でも、昨日はそれなりのドレス着てたじゃねえか」

「ありゃドーソン家からの借り物だ。わたしのじゃない。普段着てるのだって母親のお下がりを自分で手直しして使っているしな。これもそうだ」

「……」

 シャノンはもはや唖然とした顔をしていた。

 ふむ。

 まぁ自分でも相当貧乏な生活をしてるんだろうなとは薄々思っていた。でもやっぱりそうなんだな。こいつの顔がそれを全て物語っている気がする。わたしは人様に唖然とされるような生活を送っているようだ。

「……ちょっと待ってろ」

「へ? あ、おい」

 シャノンはそれだけ言うと、今度は家を出て行ってしまった。

 ……え? なに? あいつどうしたんだ?

 わたしは一人でその場に取り残されてしまった。

 何とか身体を動かして窓辺まで行くと、玄関前で〝機械馬マキウス〟に跨がっているシャノンの姿があった。

 機械馬マキウスというのは馬の形をした魔術道具だ。まるで本物の馬のような造形をしているが、さすがに本物とはすぐに見分けは付く。

 機械馬マキウスはとても高価な魔術道具だ。小貴族なら一家に一台(一頭?)あればいい方だ。

 しかし、貴族にとってはわりと必需品なので例え金がなくても無理して買うことが多い。というのも、貴族の場合は馬車を牽くのも機械馬マキウスだからだ。移動するのに機械馬マキウスは必需品なのである。

 人間の貴族の感覚では本物の馬に乗るのは平民のやることで、貴族は機械馬マキウスに乗るものと相場が決まっているらしい。貴族が本物の馬に乗っていようものならめちゃくちゃ馬鹿にされるそうだ。だから、金のない小貴族であっても金を借りてでも買わねばならない。小貴族に貧乏貴族が多いのはひとえに『貴族であることの見栄』を維持するためだと言える。まぁうちはそんじょそこらの貧乏貴族とは比較にならんくらい貧乏だけどな!

 ちなみに魔族の住む土地には馬はいなかったから、魔族で定番の馬的存在と言えば〝飛脚竜ヴィーブル〟という小型のドラゴン種だったぞ。←どうでもいい魔族豆知識

 シャノンは機械馬マキウスで颯爽と駆け出し、すぐに姿が見えなくなってしまった。

 ……なんかいかにも高そうな機械馬マキウスだったな。さすがは第二王子だ。金なんてそれこそ掃いて捨てるほどあるのだろう。

 そのままぼけーっと窓枠に軽く腰掛けて窓の外を眺めていたら、ほどなくしてシャノンが戻ってきた。何やらさきほどは無かったはずの荷物を後ろに積んでいる。

 それらの荷物を機械馬機械馬マキウスから下ろして肩に担ぐと、再び家の中に入ってきた。

「邪魔するぞ」

「……せめて呼び鈴くらい鳴らして入って来い」

「来るのが分かってるのにいちいち鳴らす必要ねえだろ? ていうか寝てなくて大丈夫かよ?」

「ちょっとくらいなら動ける。それよりなんだ、もしかして心配してくれているのか?」

「そ、そんなんじゃねーよ!」

 ちょっとからかったら、シャノンは怒ったようにキッチンの方へ向かってしまった。

 わたしもそのままキッチンへついていった。身体の痛さよりも興味が勝ったのだ。(動きはカクカクしている)

「……何でついてくる?」

「いや、何でも何もわたしの家のキッチンだし」

「気が散るから向こう行ってろ。そんでちゃんと身体を休めてろ」

 しっしっ、と虫のように追い払われ、最後に気遣われてしまった。

 結局、再び応接室に戻ってきた。

「……はて? あいつは何をしようとしてるんだ?」

 皆目、見当がつかない。

 確かやつは魔王(自称)であるわたしを監視するために来たと言っていたが……これもその一環なのか? いったいキッチンで何を監視できるというんだ?

「おい! 何だあのキッチン!? 備え付けの魔術道具がほとんど使い物にならねえじゃねえか!?」

 またシャノンが戻ってきた。忙しいヤツだな。

「ああ、元から調子が悪いんだ。だから普段は使ってない」

「は? 使ってない? 魔術道具使わないでどうやって料理するんだよ?」

「そりゃもちろん魔法で」(ドヤァ)

「……お前に聞いたオレが間違ってたよ」

 ものすごく呆れた顔をされた。

「でも、これじゃ料理できねえな……まずは魔術道具の修理からだな」

「修理? お前、魔術道具の修理なんてできるのか?」

「高位の魔術師ほどじゃねえが、それなりの知識はある。戦場でもよく壊れた魔術兵器をイジって直してたからな。身の回りにある生活用品を直すくらいなら簡単だ。ちょっと時間かかるからソファで横になって待ってろ」

 シャノンはそう言って、再びキッチンへと引っ込んだ。

「……」

 ……ふむ。

 よう分からんが……まぁいいか。

 わたしは言われたとおり、大人しく寝て待つことにした。

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