第3章

13,王と聖剣

 わたしたち参加者は全員が〝大玉座の間〟という場所へ移動していた。

 さきほどのパーティのような空気はすでにここにはなく、式典の参加者たちは静かに何かを待つような雰囲気になっていた。

「……何だ? これから何が始まるんだ?」

「何がって、式典よ」

「式典? 式典ならさっきまでやってただろ? 菓子食ったり談笑したり踊ったり……あれが式典なのだろう?」

「あれは前座みたいなものよ。これからが本番なの。忘れた? この式典はそもそも陛下の誕生日を祝うものなのよ? これからここに陛下が来て、わたしたちに謝辞を述べられるのよ」

「ああ、そういやそもそもそんなイベントだったか……だったら最初からそうすれば良くないか?」

「いつもなら最初にそうするんだけどね。たぶん、体調が良くないから人前に出る時間を短くしてるんじゃないかしら」

「ふむ……なるほど」

 わたしは頷いた。

 王の誕生日を祝う式典というわりに、まったく本人が出てこないとは思っていたが……そういう理由か。今の王とやらはよほど体調が優れないらしい。

 ……それにしても、あの男はどこへ行った?

 わたしは周囲の様子を観察しながら、同時にさきほどの男――シャノンというやつのことを探した。

『――お前、〝魔族〟だな?』

 さきほどのセリフはまだ耳にはっきりと残っている。

 ……なぜ、やつにはわたしの〝本性なかみ〟が分かったのだろうか?

 確かに、今の私は人間だ。少なくとも身体はそうだ。

 だが、このわたしは人間たちに語り継がれる恐怖の魔王メガロスなのだ。

 やつはそれを見抜いた。

 どうやって見抜いたのかは分からないが……とにかくただ者ではないことだけは確かだ。

 すぐに何か仕掛けてくるかと思ったが、あの男はわたしと挨拶を済ませると、すぐにどこかへ消えてしまった。

「どうしたの? さっきから周りを気にしてるみたいだけど」

「ああ、いや……何でもない。気にするな」

 わたしは適当に誤魔化して、式典に集中することにした。

 ……いかんな。これくらいのことで動揺するとは我ながらな。とりあえず、すぐに何かしてくるつもりはないようだし、下手に探りを入れるのはやめておこう。

「陛下のご入場!!」

 誰かが大きな声でそう言った。

 すると、扉が開き、そこから一人の男が歩いてきた。参加者全員が、その男に向かって深く一礼する。わたしも周りに合わせて同じようにしておいた。

「あれが今の国王陛下、アルフレッド陛下よ」

 小声でアンジェリカが説明する。

 ……あれがこの国の王か。

 わたしは改めて男のことを観察した。

 その男は何と言うか、あまり威厳に満ちているとは言いがたかった。

 年齢はせいぜい40代後半と言ったところだろうが……あまり生気というものがなかった。何だかやつれて疲れているような顔だったのだ。

 ……確かに、アンジェリカの言っていた通りだな。

 王の体調が優れないというのは見るからにはっきりとしていた。だが、顔色こそ悪いものの、足取りはまだしっかりしているように見えた。すぐにでも生死に関わるような状態ではないようだ。まぁそんな状態ならこんな式典していないだろうが。

 ……おや? もう一人出てきたぞ?

 王の後ろに一人の男が続いて入ってきた。

 そいつは恭しく剣を両手で捧ぐように持っていた。

 容姿はアルフレッド王に似ている。年齢は20代くらいだろう。少し太った男だった。

 わたしはアンジェリカに小声で訊ねた。

「アンジェリカ、あれは誰だ?」

「あの方がウォルター殿下よ」

「ああ、あれがそうか……」

 どうやらあの男がウォルター、というやつらしい。確か色々と黒い噂が絶えないという第1王子だったか。

 悠然とした足取りで堂々とした様は、むしろ痩せこけた王よりもよほど威厳があるように見えた。

「ウォルター様のお顔は相変わらずブルーノ様の面影を強く感じるな」

「うむ。さすがは次の王となられる方だ。今から既に王に相応しい威厳をお持ちであるな」

 どこからか、ひそひそとそんな話し声が聞こえた。

 ……ブルーノか。その名は現代では〝勇者〟と呼ばれている男だ。確かに、ウォルターには本で見たブルーノの肖像画に似た面影があるような気がした。

 ただ、わたしはウォルター本人より、そいつが持っている剣の方が気に掛かった。

 ……あの剣は、もしや。

「あれは〝聖剣グラム〟よ。ブルーノ様が魔王を倒したっていう伝説の聖剣ね」

 アンジェリカの補足が入る。

 わたしはやっぱりそうか、と思った。

 見覚えのある剣だ。

 あの意匠――あれは間違いなく、あの時〝勇者〟が持っていた剣だ。

 だが……わたしは首を捻った。

 ……はて? あのグラム……

 確かに意匠こそ似ているが、魔力の気配がまったくなかった。魔術道具は魔力を動力にするものだ。だから、それ自体に魔力の気配があるものだが……あの剣にはまったくそれがなかった。あれではただの鉄の剣だ。

 王が玉座に座ると、ウォルターは恭しく掲げていた聖剣を、玉座の目の前にある台座に鞘ごと突き立てた。それから、すぐに玉座の脇へ移動し、そこに静かに立った。

「なぜあんなところにわざわざ剣を用意したんだ?」

「聖剣グラムはブルーノ様の治世以降、この国の象徴なのよ。だから、こういう行事では必ず使われるのよ。王の威厳を示すためにね。国旗にだってグラムが描かれてるでしょ?」

 アンジェリカに言われて、わたしは改めて玉座の後ろに掲げられた国旗に目をやった。これまで特に気にしていなかったが、確かに言われてみればグラムらしい剣が描かれている。

 ……あ、ほんとだ。今まで全然気付かなかったな。というか国旗をまじまじと見たのなんてこれが初めてだ。

「諸君、今日は集まってくれて感謝する。多くの忠臣がここに集ってくれたことに、まずは感謝を述べさせてもらいたい。わたしが無事に今日という日を迎えられたのは、ひとえに諸君らの献身あってこそであると思っている」

 王が口を開いた。

 あまり大きな声ではなかったが、不思議と部屋の中に声が響いた。多分何かしらの魔術道具を使っているのだろう。

 王は続けて色々と感謝を述べた後、やや話題を変えた。

「今年は人魔大戦の終結から100年という大きな節目の年だ。先の大戦で我々人類は一度、大きな危機に陥った。しかし、その窮地を救ったのが〝勇者〟ブルーノ様だ。ブルーノ様は魔王討伐という偉業を成し遂げ、人類を救っただけでなく、その後は自らがこの国の王となり、この国の発展に尽力した。いま、今日におけるこの国の発展があるのは、全てブルーノ様のお力によるものと言っても良いだろう。我らは〝勇者の国〟の人間として、ブルーノ様の偉大なる御名に恥じぬようこれからも――」

 滔々と王の言葉は続く。

 誰もが静かに話を聞いていた。

「……」

 わたしも同じように黙って話を聞いていた。

 と言っても、あまり内容は頭に入ってきていない。

 黙っているのは、ただ色々と考え事をしていたからだ。

 ……〝現代〟では終戦から100年だ。

 それだけあれば、時代も変わる。

 いま、この国は平和だ。

 街を歩いていても、誰も死ぬことに脅えていない。

 彼らはみな幸せそうだった。

 ……だが、その幸せは、魔族から奪い取ったものでもあるわけだ。

 100年前と比べて、人間の社会は確実に進歩し、そして豊かになっている。

 それらは全て、魔族の領土にあった大量の資源――魔石があったからこそだろう。人間が造る魔術道具には魔石は欠かせない。そして、かつてゲネティラが存在した大地には無尽蔵の魔石鉱床が存在している。その資源がなかったら、人間社会はこれほど豊かになってはいなかったのではないだろうか。

「さあ、みなで聖剣に祈りを捧げようではないか。これからも、この国が大きく発展していくように」

 王がそう言うと、みなが祈りを捧げるように手を合わせた。

 ぼんやりと考え事をしていたわたしはふと我に返った。

「ほら、エリカもやんなさいよ」

「あ、ああ」

 アンジェリカに小声で注意されたので、見様見真似でわたしも同じようにした。

 ……この国では聖剣に祈りを捧げるのか。まるであの剣が神か何かのようだな。

「はっ……くだんねぇ茶番だなぁ……あんなに何を祈るってんだかな」

「――」

 声がした。

 それはとても小さな声で、恐らくわたし以外には聞こえていなかっただろう。

 わたしはゆっくりと視線を向けた。

 すると、本当にいつの間にか、すぐ傍にさきほどのシャノンという男が立っていたのだった。

 ……こいつ、いつの間に。

 本当にまったく気付かなかった。いつからそこにいたのか、声が発せられるまでまったく気付かなかった。アンジェリカも祈りを捧げている最中なので、気付いていない様子だ。

 というか、誰もこいつに気付いていない。まるで群衆の〝死角〟の中に男は立っているみたいだった。

 わたしは小声で言った。

「……貴様、いつからそこにいた?」

「さてね、いつだろうねえ……それより、余計なことはすんじゃねえぞ?」

 一瞬、男の視線が鋭くなった。

 明らかな殺気を感じつつ、わたしは聞き返した。

「余計なこと……? 何の話だ?」

「とぼけても無駄だぜ。〝魔族〟がこんなところに忍び込んで、何もするつもりはない――なんて訳はねえだろうからな。王の命でも狙いに来たか? だが残念だったな。オレがいる限り、そいつは無理だぜ?」

 シャノンはニヤリと笑った。そこにはさきほどの軽率な雰囲気などまるでなかった。

 ……こいつ。やはりわたしの〝本性なかみ〟を完全に見抜いているな。

「式典が終わったらちょいと顔を貸してもらおうか。逃げることは考えない方がいい。その場合、悪いが手加減はできない」

 シャノンの顔は笑っていたが……やはり、目はまったく笑っていなかった。

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