14,過去の因縁

 やがて、式典が終わる。

 王と第一王子が先に大玉座の間から消えると、張り詰めていた空気はすぐに消えて無くなった。

「ふう……やっと終わったわね――って、うわ!? バカ王子――じゃなかった、シャノン殿下!?」

 一息吐いたアンジェリカが、ようやくすぐ近くにシャノンがいることに気付いた様子だった。

 シャノンはすぐにへらっとした笑みを浮かべた。

「よう、アンジェリカちゃん。悪いけど、ちょっと君の友人借りてくぜ? 話さなきゃならないことがあるんだよね」

「へ? い、いえ、ちょっと待ってください。エリカは――」

「アンジェリカ、別にいい」

「え? エリカ?」

 わたしはアンジェリカを制し、シャノンを振り返った。

「……わたしも、こいつとは話さねばならんと思っていたところだ」


 μβψ 


 外に出ると急に静かになった。

 煌びやかな世界は音と共に遠くなり、まるで別の世界に入ってきたかのようだった。

 すでに日は落ち、わずかに肌寒い風が吹いている。

 男は中庭までやってくると、ようやくわたしを振り返った。

 すでに軽薄な笑みは消え、鋭い視線に変わっていた。

「随分とうまく化けたな。それだけうまく偽装していたら、恐らくオレ以外の人間は気付かなかっただろうな」

「……なぜわたしを魔族だと?」

「〝気配〟だよ。オレは昔から鼻が利くんだ。魔族には人間にそっくりな連中もいるが……オレはなぜか気配で魔族かどうか見分けられるんだよ。自分でも理屈はよく知らないけどな。その直感が告げている。お前が〝魔族〟だってな」

「……なるほど」

 あまり動揺はなかった。

 むしろ納得してしまっていた。

 わたしがわたしである限り、やはりわたしはそのからは逃れられない――ということ突きつけられた気分だった。

 わたしは取り繕うことなどせず、男と真正面から対峙した。

「……ふん。大戦が終わって100年。どいつもこいつも人間どもは平和ボケしたやつばかりかと思っていたが……どうやら多少はマシなやつもいるようだな」

「尻尾を出したか」

「生憎といまのこの身体ではツノも尻尾も出せんが……まぁ貴様の直感は褒めてやろうではないか。このわたしが〝魔族〟であることを見抜いたのは貴様が初めてだ……褒美にわたしの〝正体〟を教えてやろうではないかッ!」

 バッ、とわたしはかっこ良くポーズを決めた。特に意味は無い。

「我こそは――そう、我こそは誇り高きゲネティラの最後の魔王――メガロスだ!」

「ま、魔王メガロスだと!?」

 わたしが名乗り上げると、男は驚愕を露わにした。

 ……ふっ、まぁそうだろうな。こいつがそのように驚くのも無理はあるまい。

 なにせわたしこそ正真正銘の魔王メガロスなのだから。

 いまこの男は、わたしから発せられる魔王の威厳と尊厳とあと何か色んなものに気圧され圧倒されているに違いな――

「おらぁッ!!」

「げふぅ!?」

 ぶん殴られた。

 ぐえー、とわたしはそのまま植え込みに頭から突っ込んだ。

 慌てて植え込みから這い出した。

「ぺっ、ぺっ!! 口に葉っぱが入った! おい貴様!? いきなりレディをぶん殴るとはどういうつもりだ!? 普通に痛かったぞ!?」

「うるせえッ! どういうつもりはこっちのセリフだ!? よりによって魔王――というかメガロスだと!? 冗談も大概にしろやクソ魔族! てめぇみたいなザコがメガロスなわけねーだろ! 頭わいてんのか!?」

「んな!? 誰がクソザコ魔族だと!? 貴様、よくもこのわたしにそんな口がきけたものだな!? 魔王の力で塵一つ残らず粉々にするぞ!?」

「だからお前程度が魔王なわけねーだろって! ていうか粉々にしたら塵だらけじゃねーか!!」

「じゃかましいわ!! ただの言葉の綾だわい!! いちいち揚げ足とりおって――ええい、みみっちいやつだな!?」

「なんだと!?」

「なにおう!?」

 気が付いたら取っ組み合いになっていた。

 恐らく客観的に見たらふざけているようにしか見えない光景だろうが、わたしたちは本気のマジだ。その証拠にお互いの目は完全に血走っている。

 いまのわたしは人間の女だ。普通に考えれば取っ組み合いで男に勝てる道理はない。

 ……だが、わたしにはとっておきの〝裏技〟があるのだ。

 わたしは不敵な笑みを浮かべ、ぐっとさらに腕に力を込めた。

 相手は驚いた声を上げた。

「うお!? な、なんだこいつ!? やたらと力がつええ!?」

「ふはは!! どうした!? 貴様の力はその程度か!?」

「くそ、こいつやっぱり魔族か! とんでもない馬鹿力しやがって!?」

 ぐぐぐ、とわたしはさらに相手を押し込んだ。

 本来ならいまのわたしのこの細腕では絶対に出せないような腕力だろう。

 これは〝魔力制御〟の恩恵によるものだ。

 なんや知らんが人間に生まれ変わったわたしであるが、過去の記憶の影響か、いまも魔法を使うことができるというのは最初にも言った通りだ。

 魔法を使うには四元素への干渉と、あと魔力制御という技能が必要になる。

 人間は四元素を感じ取ることもできなければ、魔力を自分自身で制御することもできない。だから魔力を持っていても魔法は使えない。

 だが、わたしはそのどちらも出来る。身体は人間だが、魔族だった頃の技能をそのまま引き継いでいるのである。理由は知らん。とにかく出来るのだ。

 それに、そこいらの人間と比べればだいぶ魔力量も多い。これも前世が魔族だった影響かもしれないが例によって理由は知らんし何も分からん。まぁ魔王だった頃と比べたらカスみたいな魔力量ではあるが。

 ようするに何が言いたいかと言えば……わたしは魔力制御の恩恵により、見た目からは想像もつかない怪力を発揮することが可能だということだ。

 わたしはぐいぐいと男を押し込んでいった。

「非力よのお、人間というのは!! この程度か!?」

「こ、こんのぉぉぉぉッ!!」

「ぬ!?」

 相手が押し返してきた。

 こ、こいつ……魔力制御もできないただの人間のくせに中々やるではないか!?

 だが、わたしも(元)魔王ッ!!

 そのプライドにかけて、ここで負けるようなことは絶対にできん!!

「うらあああああああああああああ!!」

 さらに魔力を使って身体能力を上昇させた。

 その瞬間、ぷつん――とわたしの中で〝何か〟が切れるような感覚が襲ってきた。

 ……あ、やべ。

 しまった。

 

 そのことに気付いたが、もう遅い。

 いまのわたしは魔力制御によって身体能力を強化させることができる。

 が、そもそも人間の身体はそんなことができるようになっていない。

 強靱な魔族の肉体と違って人間の身体は非力だ。とくにこの身体は貧弱である。恐らく平均的な人間の女と比べてもいっそう虚弱だろう。

 なのに、それを無理に魔力制御によって強化したらどうなるか。

 答えは簡単だ。

 身体の方が保たないのだ。

 身体から急に力が抜け、わたしはその場に倒れ込んでしまった。

 や、やばい……目が回る……。

「……へ? お、おい? どうした?」

「きゅ~」

「え? うお!? なんだすげー顔真っ赤だぞ!? って何だこの高熱!? おい、どうした!? 生きてるか!? おーい!?」

 男が慌てたように呼びかける声が段々と遠くなっていき――わたしの意識は完全に途切れてしまった。

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