15,再会

 ……夢を見ていた。

 〝昔〟の記憶だ。

 わたしが本当の意味で、まだ子供だった頃の記憶。

 これは最後にヴァージルと別れた時の光景だろう。

 過去のわたしが魔石を二つに割って、片方をヴァージルに渡していた。

「わたしたちの国では、再会を約束する時にこうするんだ。お互いにこれを持ってる限り、いつか必ずまた会える……という、おまじないみたいなものだ」

「な、なくしたらどうなるの?」

「え? うーん……そりゃ会えなくなるんじゃないか?」

「え!? い、イヤだよ! ミオと会えないなんてイヤだ! 絶対になくさないようにする!」

「大丈夫、またすぐに会いに来るから」

「絶対だよ? 約束だからね?」

「ああ、約束だ」

 と、過去のわたしは言った。

 ダメだ。

 そこで別れたら、もう会えなくなるぞ!

 わたしは必死で叫んだが、過去の自分たちには届かない。

 そう、再会は果たされる。

 だが、その時にはもうお互いに〝敵〟なのだ。

 こんなふうに笑い合うことは二度となくなる。手を繋ぐこともできなくなる。

 ダメだ。

 その手を離すな。

 ずっと掴んでいろ。

 ダメだ。

 ダメだ。

 ダメだ――ッ!!


 μβψ


「ダメだ――ッ!!」

「うごぉ!?」

 無意識に伸ばした手が何かに当たった。

「……あれ?」

 わたしは一瞬、自分がどこで何をしているのか分からなくなっていた。

 だが、嫌が応にでも現実に意識が引き戻されていく。

 身体を起こした。

 ……はて。

 どうやらわたしはベンチで寝ていたようだ。

 ええと、確か式典で王城に来たんだったよな……? で、なぜベンチで寝ていたのだろう……?

「……ん?」

 ふと気付いた。あの男――シャノンが地面に倒れて白目を剥いている。

 そいつの顔を見て、唐突に全て思い出した。

 ……ああ、そうだ。こいつと取っ組み合いしてたんだっけか。魔力の使いすぎで倒れたんだ。

「おい、何をのんきに寝ておるのだ。さすがにそんなところで寝ていたら風を引くぞ」

「寝てんじゃねえよ!? てめぇにアゴを殴られてのびてたんだよ!?」

 ガバッ、とシャノンが起き上がった。

「え? わたしが? ……ああ、そういやさっき手に何か当たったな。悪いな、わざとじゃなかったのだ。めんごめんご」

「軽いな!? もっと誠意込めて謝れよ!?」

「ふん、〝敵〟に謝るなど戦士のすることではないわ」

 わたしは立ち上がり、改めて相手と向かい合った。多少足元がふらついたが、なるべく顔には出さないようにした。

「で、どうするのだ? 続きをやるか? わたしは一向に構わんぞ?」

「……いや、待て。それよりも聞きたいことがある」

 と、シャノンは何やら神妙な面持ちで言った。

 その表情にわたしは「おや?」と思った。よく分からないが、相手の気配から完全に敵意が消えていたのだ。

「……お前、何なんだ?」

「何だ、とは? さきほど貴様が言っただろう? わたしは〝魔族〟だよ」

「いや……最初は確かにそう思った。だが、よく見ていたら何だかそうじゃないような気もしてきた。今は魔族であって魔族じゃないような、よく分からない気配だ……お前は何者なんだ?」

「……」

 わたしは思わず黙り込んでいた。

 自分が何者か。

 その問いは、わたし自身がいつも自分に投げかけているものだ。

 過去の記憶を持ったまま人間に生まれ変わってしまったわたしは、いったい何者なのだろうか――と。

 人間?

 魔族?

 ……いや、どちらも違う気がするな。

 気付いたら、わたしは思っていることをそのまま吐露していた。

「分からん」

「は? 分からない?」

「ああ、分からん。わたしにも自分が何なのか、さっぱり分からん」

 思わず肩を竦めていた。

 シャノンは少しわたしを睨んだ。

「……お前、ふざけているのか? 返答次第では本当に始末することになるぞ?」

「そうか、そりゃいい。ならさっさと始末してくれ。わたしだって別に好きで生まれ変わったわけじゃないしな」

「……なに?」

 シャノンは怪訝な顔をした。

 わたしは自嘲気味に笑いながら続けた。

「はは……まったく。ようやく〝魔王〟の責務から解放されたと思ったら、頼んでもないのに人間に転生させられて、自分でも何が何だかさっぱり分からんよ。なぁ、なぜわたしは生まれ変わったんだ? 理由を知っているなら教えてくれ」

「……お前」

 シャノンは困惑したような顔になっていた。

 まぁそりゃそうだろう。

 自称魔族。自称魔王。自称生まれ変わり……完全に頭のおかしいやつだ。このまま憲兵に突き出されて牢屋に放り込まれてもおかしくない。

 あるいは、いまここで本当にこの男に殺されるかもしれない。

 ……ま、それならそれでいいか。

 わたしなんて、いない方が周りのためだ。

 わたしみたいな中途半端な〝化け物〟がいたところで、周りを不幸にするだけなのだから。

 そう思っていると、

「……お前はさっき、自分は魔王メガロスだと言ったな」

 と、シャノンがわたしに問いかけてきた。

 ふと気付いた。

 シャノンがわたしに真剣な眼差しを向けていたのだ。

 それはとてもではないが、正気かどうかも分からない相手に向けるような視線ではなかった。それくらい真剣な眼差しだった。

「……ああ、言ったが?」

「魔王メガロスは100年前に死んでいる。ゲネティラと共に滅び去った。そして、ゲネティラもこの世界にはすでに存在しない」

「そうだろうな。だが、確かにわたしはゲネティラの最後の魔王――あの悪名高きメガロスだったのだ。こうして人間に生まれ変わる前はな」

「……」

 シャノンは何やら考えるような顔になった。

 それから、再びわたしを見てこう問うた。

「……お前が仮に、かつて本当に〝最後の魔王メガロス〟だったというのなら……〝勇者〟と戦ったはずだが」

「ああ、戦ったな」

「その勇者の名は?」

「ヴァージル・パーシーだ」

「――」

 その名を出した途端、シャノンの顔色が変わった。

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