53,ただのお茶会

「え? シャ、シャノン? どうして?」

 シャノンが現れたのを見て、ブリュンヒルデは明らかに狼狽した様子を見せた。ちなみにシャノンは両手に大きな荷物を抱えている。いつものように食材をたくさん持ってきたようだ。いつもと比べると、随分と遅い到着だ。

 後ろで控えていたテオが「あちゃー」みたいな感じで額を押さえている。

「どうしてはこっちのセリフだ。何でお前がここにいるんだよ?」

 一方、シャノンはただ純粋に訳が分からない、という顔だった。

「あ、いや、これはその……ええと……」

 ブリュンヒルデはしどろもどろになっていた。

 さっきまであれだけ高圧的だったのに、シャノンが現れた途端、そういった雰囲気は全て消えてしまっていた。

 困り果てたブリュンヒルデは『ちょっと、何とかうまく誤魔化しなさいよ!?』みたいな目配せをテオに送るが、テオの方はと言えば『いやいやいや無理ですよこれは!?』みたいにぶるぶる首を振っている。

 この状況を見るに、この女はシャノンには内緒で独断で事を進めようとしていたようだ、というのが改めて分かった。それに、この状況を本人に見られたらまずい、という自覚もあるようだ。恐らく頭の中では必死に言い訳を考えているのだろう。

「あー、えーと、そのー、これは何て言うか……」

 だが、口から出てくるのは意味のないものばかりだった。

 ……まぁ確かに、どう考えてもこの状況を言い逃れできるようなうまい言い訳なんてそうすぐには思いつかんだろうな。

 狼狽するブリュンヒルデの様子を見ていたシャノンの顔が、段々と険しくなりはじめた。何となく状況を察し始めたのかもしれない。

「……ブリュンヒルデ、お前まさかとは思うが……」

 シャノンが口を開くと、ブリュンヒルデはびくりと肩を震わせた。その様子だけ見れば、ただの脅えている女の子にしか見えなかった。というかちょっと泣きそうな顔だ。

 ……何と言うか、その顔を見た途端にわたしの中にあった怒りは全部消えてしまっていた。

 泣きそうなブリュンヒルデの顔は、本当にただの子供のようだったのだ。それを見た瞬間、わたしはむしろ自分の大人げなさを恥じた。

 はぁ……しょうがない。

 わたしは心の中で溜め息を吐いてから、口を開いた。

「シャノン様、ちょうどいいところにおいでなさいましたね。わたくしたち、ちょうどお茶会をしていたところなんですの」

「え?」

 わたしがエリカスマイルを浮かべてそう言うと、まっさきに驚いた顔をしたのがブリュンヒルデだった。

 わたしはそんな彼女に、エリカスマイルを向けて同意を促した。

「そうですよね、ブリュンヒルデ様? おいしいケーキとお茶が手に入ったから、わざわざ持ってきてくださったんですよね?」

「え、ええと、そ、そうね。まぁそんな感じね、うん」

 明らかに困惑しているが、わたしが出した助け船に乗るしかないブリュンヒルデは、とりあえずそれに乗ってきた。

 シャノンは怪訝そうな顔でわたしを見た。

「……お茶会? ていうか、お前ら接点なんてあったのか?」

「ええ。ブリュンヒルデ様には、先日あった陛下の誕生日式典でお目にかかりました。その時は少しお話しただけですが、その場で意気投合したので、今度ぜひお茶会でもしようという話になりましたの。そうですわよね、ブリュンヒルデ様?」

「え、ええ! そうね! そういう感じよ! わたしたちめちゃくちゃ意気投合したんだから!」

 ブリュンヒルデが勢いよく助け船に飛び乗ってきた。もう乗るしかないと腹をくくったのだろう。まぁこれぐらいの方が合わせやすくていい。

「意気投合……? お前らあの時なんか喧嘩してなかったか?」

「ほほほ、気のせいですわ」

「……」

 シャノンは明らかに疑わしそうな目をわたしたちに向けていた。

 特にこちらに向かって『本当にそうなのか?』みたいな顔をしてくるので、わたしはただエリカスマイルを浮かべたままシャノンを見返した。

 すると、シャノンは急に溜め息を吐いた。これ以上は追求しても無駄だと思ったのだろう。それと同時に、さきほどあった険しさは全て消えた。

「そうかい……なら、オレもついでだからケーキでも食わせてもらうことにするよ」

 シャノンは荷物を適当なところに置いて、ブリュンヒルデの横に座った。応接室のソファは二人がけで、それがテーブルを挟んで向かい合っている形だ。なのでわたしの前に二人が並んで座る感じになった。

「シャノン様、すぐにご用意致します」

 テオがすかさずそう言って、キッチンへ向かった。その際、彼はちらりとわたしの方を見て、ぺこりと頭を下げた。


 μβψ


 で、結局どうなったのかと言えば、わたしたちは三人で向かい合ってケーキをパクつくことになった。

「あ、あー、ケーキおいしいわねー。これならいくらでも食べられるわー」

 まだ色々とぎこちないブリュンヒルデが下手くそな役者みたいに棒読みで喋る。さっきは『こんなもんか』みたいなこと言っていたと思うが……いや、まぁ多分何も考えてないんだろうな。

 ブリュンヒルデがお茶に口をつける。

「にしても、お前らが意気投合するとは意外だったな。どんな話で意気投合したんだ?」

「ぶふッ!」

「うお!? あぶね!?」

 ブリュンヒルデがお茶を吹き出した。危うくシャノンにぶちまけられるところだったが、シャノンは超反射でそれを避けていた。中々の身のこなしだ。恐ろしく速い回避……わたしでなければ見逃していただろう。

「けほ、けほ……え? どんな話でって?」

「ああ。お前ら全然趣味とか合わなさそうだけどな。良かったらどんな話で盛り上がったのか教えてくれよ」

「えっと、それは……」

 ブリュンヒルデが困ったようにこちらを見た。

 ……やれやれ。仕方ない。まぁ一度出した助け船だ。ここで引っ込めるのも可哀想だしな。

 わたしはもう一度助け船を出してやることにした。

「シャノン様、実はわたしとブリュンヒルデ様は大の筋トレ好きでして。その話でおおいに盛り上がったんですよ。ね、ブリュンヒルデ様?」

「ええ!? 筋トレ!?」

「おい、ブリュンヒルデが驚いてるぞ?」

「ほほほ。それくらいこの話題が大好物ということですわ。そうですわよね、ブリュンヒルデ様?」

「そ、そうね! わたしとっても筋トレ大好きなのよ! 毎日欠かさず朝から晩までずっとやってるわ!」

「そ、そうだったのか? そんな素振り今まで一度も見たことないが……じゃあ好きな筋肉の部位とかあるのか?」

「え? す、好きな部位?」

「ブリュンヒルデ様は回旋筋腱板かいせんきんけんばんが特にお好きだそうですよ」

「そうなの!?」

「また驚いてるぞ?」

「ほほほ。好きな話題でテンションが上がってるだけですわ。そうですわよね?」

「そ、そうね! あー、かいせんきんけんばん最高ね! もう本当に大好きだわ! そそるわね! この話題だけで何杯でもお茶が飲めるわね!」

「お、おう」

 ブリュンヒルデはもはやヤケクソだった。シャノンがちょっと引いている。

 ……ふむ。まぁ仕返しはこれくらいにしておいてやろう。

 ある程度満足したので、ひとまず話題を変えることにした。わたしも筋肉の話とかそんなに知らんしな。

「ところでシャノン様、あのお荷物は食材ですわよね? いつも虚弱なわたしのために色々良くしていただいて本当にありがとうございます」

 わたしは色々とわざとらしくそう言って頭を下げた。

 もちろんブリュンヒルデが「え? 何のこと?」と反応したので、わたしは続けて説明した。

「実はシャノン殿下は、虚弱な上に貧乏なわたしのために毎日料理を作ってくださるために来てくださっているんです」

「そ、そうなの?」

「はい。先日の式典の時に、わたしが貧血でシャノン殿下の前で倒れてしまったので……シャノン様はとてもお優しい方ですので、わたしの体調のことや生活事情を知り、放っておけなくなってしまったんです。わたしとしてはご迷惑をおかけして心苦しい限りなのですが……つい甘えてしまいまして」

「……そうなの?」

 と、ブリュンヒルデは今度はシャノンに向かって聞いた。

 シャノンは仕方なさそうに頷いた。

「あー、まぁそうだな。そんな感じだな」

「ていうか……あんた料理なんて出来たの? わたし初耳なんだけど?」

「そりゃ言ったことないからな」

「ええ!? 何でよ!? 出来るなら言ってよ!? ていうかわたしにも食べさせてよ!?」

「何でオレがお前に料理を作らないといけないんだよ。お前の家には料理人がいるじゃねえか」

「ちーがーう! わたしはあんたの料理が食べたいのよ!」

「でしたら、今からシャノン様に作って頂きましょう」

「え?」

 シャノンが驚いたようにこっちを見た。

 ブリュンヒルデは手を叩いて喜んだ。

「本当!? やったー! 楽しみだわ!」

「お、おい、オレはまだ作るとは一言も……」

「でも、食材を買ってきてくださっているということは、そのつもりだったんですよね?」

 わたしがエリカスマイルで訊ねると、シャノンは「うぐ」と言葉に詰まった様子だった。

 それから、観念したように溜め息を吐いた。

「……はあ。わーったよ。キッチン借りるぞ」

 シャノンは立ち上がり、食材を持ってキッチンへ向かった。

「僕もお手伝いします」

 と、テオも後についていった。

 部屋の中には、わたしとブリュンヒルデの二人だけが残された。

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