54,ブリュンヒルデの気持ち

「……あんた、どういうつもり?」

 二人きりになると、ブリュンヒルデはわたしを睨んだ。

 わたしは涼しい顔でそれに応える。

「どういうつもり、とは? いったい何のことでしょう?」

「どうしてわたしを庇ったのかって話よ」

「さぁ……特に理由はありませんけど」

「……は? 理由はない?」

 意味が分からないという顔をするブリュンヒルデに、わたしはエリカスマイルを向ける。

「ええ。ただまぁ、ブリュンヒルデ様がちょっと泣きそうな顔になっていらしたので、単純に可哀想だなと思っただけです」

「な!? わ、わたしは別にそんな顔してないわよ!?」

「そうですか? じゃあ、今からでもさきほどのことを全てシャノン様に洗いざらいお話しましょうか? 高圧的にわたしを脅して金をちらつかせてきたことを、全て洗いざらい――」

「お願いそれだけはやめて! 何でもするからそれだけは許して!」

 ブリュンヒルデはすぐ泣きそうな顔になった。丸っきり子供のような顔だ。とてもいまのわたしより年上には見えなかった。

 わたしはお茶を一口飲んでから、話を続けた。

「ブリュンヒルデ様は、シャノン殿下とは長いお付き合いなんですよね? 以前、そのような話をお聞きしましたけれど」

「え? まぁ……そうね。子供の頃からの付き合いだから……もう10年くらいにはなると思うけど……」

「なるほど。つまり殿下とは幼なじみ、ということですね」

「そうね」

「でしたら、殿下のことは誰よりもよく分かっておいでなわけですね」

「ま、まぁそうでもないけど……」

 と言いつつ、ブリュンヒルデは満更でもないという顔をする。実に分かりやすい顔だ。

 わたしはこの時、ただ単純に、素直にこう思った。

 ああ、こいつはシャノンのことが好きなんだなぁ――と。

 不意に、わたしは本当の意味で子供だったころの記憶を、当時の感情と共に思い出した。特に何の理由もなく、ただヴァージルのことを好きだと思っていた、子供の頃の曖昧な記憶と感情。ブリュンヒルデの顔を見ていたら、なぜかわたしの胸の内にそういったものが呼び起こされていた。温かいような苦しいような、よく分からないあの感覚だ。

「殿下はあなたから見て、どんな人ですか?」

 気が付くとそう訊ねていた。

 ブリュンヒルデは少し考える様子を見せてから、聞かれたことに素直に答えた。

「あいつは……何て言うか、本音を誰にも見せたがらないのよね。いつも馬鹿っぽいふりをしてるけど、あれは本来のあいつじゃないわ。本来のあいつは、すごい冷めてるの。何に興味があるのかもよく分からないし、何を考えているのかも、正直よく分からない……でも、めちゃくちゃ優しいのよ。本当に、すごく優しいの」

「でも、随分と評判は悪いようですけれどね?」

「それは周りの人間が、あいつのことをよく分かってないだけよ。まぁでも、そもそもあいつは誰かに自分を分かってもらおうなんて、微塵も思っちゃいないんだろうけど……よく分かんないけど、あいつは本来の自分を見せるのを嫌がるのよ。いつもわざとらしくヘラヘラして、馬鹿なふりしてみんなと話してる。どうして自分で自分の評判を下げるようなことをするのか、わたしにはさっぱり理解できないわ。あいつは本当は、もっともっとすごいやつなのに」

「……」

「でも、だからっていうか、わたしとヨハンと話してる時だけは、あいつは〝普通〟な感じで……それがわたしにとっては少し嬉しいのよね。ああ、わたしだけはこいつにとって特別なんだな、って思えて。他の連中より、わたしはこいつの傍にいるんだって思うと、それが単純にすごく嬉しい――と思ってたんだけど」

 ばん、とブリュンヒルデが突然テーブルを叩いた。

 いつの間にか、顔には怒り――というか嫉妬のようなものが浮かんでいた。

「最近、それってむしろわたしの扱いがなだけなんじゃないかって思えるようになってきたのよね。あいつの女癖の悪さは元々からひどかったけど、でも最近はさらにひどいわ。ていうかおかしくない? 王子っていう立場なら普通、それ相応の相手を求めるものじゃない? ここに大貴族の令嬢がいるんですけど? 誰よりも長い間あんたの傍にいる女がここにいるんですけど? なのにどうしてこっちに見向きもしないわけ? これっておかしくない?」

「それは確かにそうですね」

「でしょう!? おかしいわよね!?」

「ええ、おかしいですね。それだけシャノン殿下のことがお好きなのに、自分から思いを伝えないあなたは――とてもおかしいとわたしは思います」

「え?」

 ブリュンヒルデは虚を衝かれたような顔をした。

 わたしはじっと相手の目を見ながら続けた。

「ブリュンヒルデ様はシャノン殿下のことがお好きなんですよね?」

「え? いや、それは、えっと……まぁ好きっちゃ好きっていうか? 嫌いではないけど~、みたいな?」

「じゃあ、もしわたしと殿下が実は結婚を前提に付き合ってると言ったらどうします?」

「――」←淑女にあるまじきものすごい顔

「冗談です。そんなこの世の終わりみたいな絶句顔しないでください」

「ちょ、冗談が過ぎるわよ! 心臓が止まるかと思ったじゃない!」

「そんな冗談を聞くだけで心臓が止まりそうになるくらい殿下のことが好きなら、あなたはさっさとその気持ちを伝えるべきですよ。相手の女に嫌がらせするような回りくどいことをしている暇があるのならね」

「う、うぐ……それは……」

 ブリュンヒルデはたじろいで、さっきの威勢はどこへ行ったのかと思うほど弱々しい表情でしゅんと肩を落とした。

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