24,〝勇者〟のその後

「つーわけで、昼食と夕食も作り置きしといたからちゃんと食えよ」

 シャノンは今日もきっちり昼食と夕食も作り置きしてくれてしまっていた。

 うん、ぶっちゃけ正直めっちゃ助かる。

 助かるのだが……はて?

 こいつはいったい何がしたいのだろう?

 当然の疑問が湧いてくる。

 昨日もそうだったが……こいつはわたしを〝魔王〟だと思っているんだよな? その上で〝監視〟に来てるんだよな?

 じゃあ、なぜこいつはわたしにメシを食わせるのだろうか?

 普通に考えて「人類の敵、魔王憎し!! 絶対に許さん!! たらふくメシを食わせてやる!!」とはならんと思うのだが……。

 わたしは思ったことをそのまま口に出していた。

「なあ、シャノンよ」

「あん? なんだ?」

 機械馬マキウスに乗ろうとしていたシャノンがわたしを振り返った。

「貴様、どういうつもりでわたしにメシを食わせているんだ?」

「……というと?」

「いや、だってわたしは〝魔王〟だぞ? かつて人類を散々苦しめた張本人だぞ? ぶっ殺しやる!! なら分かるが……たらふくメシを食わせてやる!! とは普通ならんだろ?」

「それは……」

 シャノンはなぜか困ったような顔をした。

 そのまま、まるで何か理由でも追い求めるように視線を彷徨わせた後、思いついたという感じで再びわたしを見た。

「そ、そりゃあれだ! 腹を空かせたお前が人間を襲うかもしれないからな! それを防ぐためだ!」

「いや飢えた魔獣かわたしは」

「似たようなもんじゃねえか。魔王メガロスは人肉が好物だったって話は現代じゃ有名だろ?」

「ああ、現代ではそうらしいな……言っておくが、わたしは人肉など食ったこともないぞ。わたしの好物はドラゴンの肉だ」

「……ドラゴンの肉? 食えるのか、そんなもん?」

阿呆あほうが。ドラゴンの肉ほど美味い肉はこの世には存在せんわい。人間の家畜の肉も、まぁ悪くはないがな……やはりドラゴンの肉には劣るな。ドラゴンは強ければ強いほど美味いのだぞ?」

「へえ……そりゃ聞いたことねえな。前世でも魔獣なんて気味悪くて食ったことねえしな……」

「今度食って見ろ。特に火竜フォティアのは美味いぞ」

火竜フォティア? ああ、そういやこの前王都の近くに出たな……そうか、美味かったんならに肉を持って帰ればよかったな」

「ん? 貴様、もしかして火竜フォティアを倒したことがあるのか?」

「あ、いや、何でもない! 今のは忘れろ!」

 シャノンは急に慌てた。

 ……何だ?

 そう言えば、あのヨハンというやつも火竜フォティアを倒したとかいう話だったな。火竜フォティアなんてそう何匹もいるものなのだろうか? 群れで行動するというのは聞いたことないが。

「ま、機会があったら持ってきてやるよ。つっても、大型のドラゴンなんてそうそうこのへんには出てこないけどな」

 シャノンは機械馬マキウスに跨がった。

 そのまま走り出そうとしたが、わたしはもう一度呼び止めた。

 どうしても聞きたいことがあったからだ。

「……なあ、シャノン」

「って何だよ。まだなんか話があんのか?」

「貴様が本当の〝勇者〟で、ヴァージル・パーシーだったというのなら教えてくれ。なぜ貴様の名前は歴史に残っていないんだ?」

 面倒そうだったシャノンの顔が、一瞬で真面目なものになった。

「……」

「なぜ貴様のやったことが全てブルーノとかいうやつの功績になってるんだ? 魔王わたしを倒した後、いったい何があったんだ?」

「あー……そりゃあれだ」

 シャノンはちょっと困ったように頭を掻いてから、再びわたしに目を向けた。

「オレがあいつに自分の功績を全部譲ったんだよ」

「……譲った?」

「ああ。まぁ自分で言うのも何だが、オレは〝勇者〟として有名だったからな。そりゃもうどこにいってもチヤホヤされたもんだぜ。でも、戦後はゆっくりと田舎で過ごしたかったからな。戦後も周りから〝勇者様〟なんて言われてたらゆっくりもできねえだろ? だから、オレがやったことは全部ブルーノっていう友人に譲ってやったのさ。あいつはこの国の貴族だったしな。ま、色々とちょうど良かったんだよ」

「そう、なのか? じゃあ、お前は戦後はどうしていたんだ? その……平和に暮らせたのか?」

「ああ、当たり前だろ? 戦後は田舎に引っ込んで、老後の両親の面倒みながら可愛い奥さんもらって幸せに暮らしたぜ? そんで最期は子供や孫に囲まれて幸せに死んでやったんだ。どうだ、羨ましいだろ?」

 と、シャノンはニヤリと笑ってみせた。

 意地の悪い笑みだった。どうだ、お前と違ってオレは幸せな最期だったんだぞ、と自慢しているような顔だ。

 それを聞いたわたしは――思わず、

「……そうか。戦争が終わった後は幸せに暮らしたのか。なら――良かった」

「良かった……?」

「いや、何でもない。つまらんことを聞いたな。気にするな」

 わたしは顔を上げた。たぶんもういつも通りの顔になっているはずだった。

 シャノンは何か言いたげにわたしの顔を黙って見ていたが、

「……また来る」

 と、一言だけそう言って、今度こそ機械馬マキウスで去って行った。

 わたしは何となく、その姿を立ったまま見送った。

 シャノンの姿が見えなくなるまで、ずっと。

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