23,世話焼き勇者
――ジリリリリリリリリ!!!!!!!!!!!!!!
「うーん……」
――ジリリリリリリリリ!!!!!!!!!!!!!
「もうちょっと寝かせて……」
――ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!!!!!!!!!!
「うるさいな!? っていてぇ!?」
思わず飛び起きてしまった。
そして反動で悶絶した。
ぐっ……まだ身体は本調子じゃないな。まだ筋肉痛みたいな症状は続いているようだ。まぁでもちょっとはマシになったかな……。
「いま何時だ……?」
わたしはいつも朝8時の鐘が鳴る頃に起きる。
とりあえずカーテンを開けて窓の外の様子を窺うが、何となくいつもの時間よりは早いように感じられた。
……うーん、時計がないからはっきりした時間は分からんが……絶対いつもより早いよな。道もそんなに人が歩いてないし。
ちなみにだが、うちには時計というものはない。なので鐘がないと正確な時間がよく分からん。時計はわりと高級な魔術道具なのである。
――ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!!!!!!!!!!
「いやもう分かったよ!? 分かったから!?」
鳴り響く呼び鈴に急かされながら着替えて玄関へと向かう。
「……」
わたしは少し警戒しながら、ほんの少しだけドアを開けた。何となく相手の察しがついていたので、外行きの顔は浮かべていなかった。
「……どちら様でしょう?」
「オレだ」
シャノンだった。
わたしは何も言わずにドアを閉め、鍵をかけた。
すぐにドアが激しくノックされた。
「おい、なんで閉める!? ていうか鍵かけただろ!? 開けろ!!」
「……」
……うーん、どうしよう。
本当に来ちゃったよ、こいつ。
もしかして冗談かとも思っていたのだが……どうやら本気だったらしい。
わたしはこのドアを開けるべきかどうか、わりと真剣に悩んだ。
「うまい肉持ってきてやったんだぞ!? いらないのか!?」
――ぴくり。
わたしはすぐさまドアを解錠し、シャノンを心からの笑顔で出迎えた。
「ようこそいらっしゃいました。さ、どうぞシャノン様。お上がりください☆」
「肉があると分かっただけで露骨に態度変えやがったな!?」
「さすがに肉と聞いては黙っておれぬからな。まぁしょうがない。肉に免じて家に上げてやる。感謝しろ」
「お前、オレがいちおう第二王子だって理解してるか……?」
「ははは。そんなこと言ったらわたしは魔王だぞ。王だぞ。お前より格上だわい」
「そりゃ前世の話だろうが……」
何だかんだ言いつつシャノンを家に招き入れた。
「今日も
「当たり前だろ。徒歩でだだっ広い王都の中なんか移動できるかよ」
シャノンはどさっ、と荷物をテーブルの上に下ろした。
「今日もやたらと荷物が多いな」
「どっかの誰かさんがやたらと食うからな……」
「ほう、それは困ったやつだな。いったいどこの誰かさんだ?」
「お前だよ!?」
どうやらわたしのことだったらしい。
……というか、こいつまさかまた飯を作りに来たのか?
荷物は全て食材のようだし、多分そうなんだろう。
昨日といい、こいつの行動原理が一切分からん。
「なぁ、庭に野菜あるって言ったよな。せっかくだしそれも使おうと思うんだが……何が植わってるんだ?」
「ピーマンとかトマトとかナスとか……今はそんな感じだ」
「なるほど。それ、使ってもいいか?」
「別に構わんが……」
シャノンはまるで勝手知ったるとばかりに勝手に家の中を移動して庭に出て行った。とりあえずわたしもついていく。
「へえ、けっこう立派に育ってんじゃん。貴族の庭とは到底思えない光景ではあるが……」
感心されつつ呆れられた。
わたしは自慢の庭を前に胸を張った。
「ふん、どうだ。わたしが丹精込めて作った野菜だぞ」
「思ってたよりずっと立派だな……いったいどんな肥料を使ってるんだ?」
「肥料? そんなもの使っとらんぞ」
「は? じゃあどうやって野菜育てるんだよ? 土に植えただけじゃこんなふうにはならねえだろ?」
「それはまぁこうやって……」
わたしはまだ赤くなっていないトマトの実に手をかざした。
そして、おもむろに手から魔力を発してトマトの実に照射する。
すると、みるみる内にトマトの実が赤く熟し始めた。
「こんな感じだな」
「お前いま何した!?!?!?!?」
「え? なにって……わたしはただトマトに魔力を照射しただけだが?」
「軽いノリで魔法使ってんじゃねえよ!?」
「はぁ……貴様は何もわかっとらんな。いいか? 〝魔法〟というのは魔力と四元素を干渉させて現象を発生させるものだ。いまのは単純に魔力制御によってわたしの魔力を植物に照射して、植物の魔力を通じて成長を促進させたに過ぎん。いまのは魔法でも何でもない」
「知るか。そんなもん人間から見たら十分〝魔法〟だ」
と、シャノンはちょっと怖い顔をして見せた。
「いいか? 人前で魔法なんて使ったら問答無用で魔族だと思われるぞ? 人間に魔法は使えないからな。そんなことになったらすぐに〝異端狩り〟に遭うからな」
「大丈夫だ、それくらいはわたしも知っている。人前で魔法を使うことなどせんよ。もちろん、アンジェリカにだって見せたことはない」
「ならいいが……現代でもまだ〝アサナトス〟のことがあるからな。大戦終結から100年と言っても、魔族への警戒は未だにかなり強い。気をつけろよ?」
「アサナトス? とはいったい何のことだ?」
「……ん? お前、もしかして〝アサナトス〟のこと知らないのか?」
「言葉は知っている。魔族の言葉で〝不滅〟という意味の言葉だ。それがどうかしたのか?」
「……」
シャノンはなぜか黙ってしまった。
わたしは首を傾げた。
「どうした?」
「あー……いや、別に何でもない。大したことじゃねえよ。気に済んな。じゃ、適当に野菜もらってくぜ」
シャノンはわざとらしく話を切り上げると、野菜を収穫し、家の中に戻っていった。
「……?」
今のは何の話だったのだろうか?
わたしはそのことが気になったが……シャノンに聞き返すタイミングを逸してしまった。
μβψ
「朝メシができたぞ」
「……」(じゅるり)
テーブルの上に美味そうな料理が並んでいた。
自然とよだれが出た。
……な、なんだこれは。
昨日とは違う料理が出てきたぞ……?
昨日もけっこう色々と品数があったのだが……また違った趣の料理だ。
「……相変わらずというか、今日のも美味そうだな」
「ふん。まぁオレが作ったんだから当然だろう」
と、シャノンは偉そうに言った。
「わたしが作った野菜も入ってるんだよな?」
「ああ。野菜はそのスープだ」
美味そうに湯気を立てている赤いスープがわたしの野菜を使った料理のようだ。その姿を見たわたしは衝撃を受けた。
「な……野菜がスープになるだと? 野菜というのは基本的にそのまま囓って食うのが料理ではないのか……?」
「そのまま囓って食うことを料理とは言わねえが????」
「どれ、まぁ食ってやろうではないか」
まずはスープから口をつけることにした。
ずず……ごくん。
「うっっま!!!!!!」
驚くほど美味しかった。本当にちょっとびっくりしてしまった。
わたしは思わず、まじまじとスープを眺めてしまった。
「……これが本当に庭で採れた野菜なのか? まったく別の物としか思えんのだが……」
「料理の仕方次第でいくらでもうま味が出せるからな。まぁ素材が良かったってのもあるが……」
「そりゃわたしが丹精
「頼むから人前であの栽培方法だけはしてくれるなよ……」
なんて話をしながら食っているうちに、用意された料理はすぐになくなってしまった。
「もうなくなった……悲しい……」
わたしは空になった器を悲しげに見つめた。
「本当に死ぬほど悲しそうな顔だな……」
料理が美味ければ美味いほど、それがなくなった時の悲しさは大きいのである。
「はあ……しゃーねえな」
わたしが空になった器を悲しげに眺めていると、溜め息を吐いたシャノンが自分の分をよそってくれた。
思わず相手の顔を二度見してしまった。
「い、いいのか?」
「そんな悲しそうな顔されてたら自分の分も食えねえよ」
と、シャノンはぶっきらぼうに言いながら、残った自分の料理を口に運んだ。多分だけどちょっと照れている様子だ。
「恩に着るぞ!」
わたしは礼を言って、残りも全て平らげた。
美味い料理を食べるということは幸福そのものだ。そして、幸福によって空腹を満たすという至福に勝るものはないのである。
「我は満足だ……」
「いやだから食い過ぎだろ」
「仕方ないだろう。料理が美味いのが悪いのだ」
「……そんなに美味かったか?」
「めちゃくちゃ美味かったぞ。最高だ」
わたしが笑ってそう言うと、シャノンはまたちょっと視線を逸らした。
「そ、そうか……まぁ美味かったんなら良かった」
再び照れたような顔だった。
その横顔を見た時――わたしの目に、不思議とヴァージルの面影が重なって見えたような気がした。
どきりとしてしまった。
思わず両目を擦った。
「どうしたんだよ?」
シャノンがわたしを見ていた。
そこにはもう、ヴァージルの面影は消えてなくなっていた。
「あ、いや……何でもない。気にするな」
「何でもないって感じには見えないが……」
「だから気にするな。それより、貴様まさか料理を褒められて照れたのか?」
「はあ!? そ、そんなんじゃねーし! オレが作った料理が美味いのは当たり前なんだよ!」
と、シャノンは偉そうに怒った。
それが目に見えて照れ隠しだというのが分かったので、わたしは思わず笑ってしまっていた。
「ははは、そう照れるな! 素直に褒められておけ!」
「だーかーら、照れてねえよ! 何度も言わせんな!」
笑いながら、わたしはこんなことを思っていた。
……こんなふうに思いきり笑うことなんて、生まれ変わってから初めてかもしれないな、と。
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