第4章

18,〝勇者〟と〝魔王〟

 ヴァージル・パーシー。

 それは〝勇者〟の名だ。

 そして、わたしにとっては初恋の相手の名前でもある。

 とまぁわたしのことはさておき、あの当時ヴァージル・パーシーの名前を知らない魔族などいなかった。〝勇者〟は我々にとって恐怖の代名詞だったのだ。

「まぁとりあえず茶でも飲め」

「ああ、悪いな」

 わたしはシャノンを家に招き入れ、応接室に通した。

 テーブルを挟んで、お互い向き合うようにソファに座る。

「……」

「……」

 そして沈黙が舞い降りた。

 ……いや、なんか流れでつい家に上げてしまったが……これどういう状況だ?

 わたしはまだ混乱していた。

 そりゃそうだ。いきなりヴァージルの生まれ変わりなんて言われたら動揺もする。

 だが……わたしは〝生まれ変わり〟を否定できない。普通なら一蹴されるような話だろう。けれど、わたしも実際に同じ〝生まれ変わり〟なのだ。世界中の全ての人間が笑って呆れかえるような話でも、わたしだけはそれができない。

 ついさきほど、そんなまさかと思っていた事態だ。

 ……いや、しかしだ。

 もし本当にこいつがヴァージルの生まれ変わりならば、昨日のこいつの様々な反応にも合点がいくようにも思える。

 正直、自分でもこの事態をどう受け止めて良いのか分からない。

 ……だって、そんながあっていいのか?

 もしいつかヴァージルと、今度は争いのない世界で再会できたら――と、わたしはかつて死ぬ間際に願った。

 もしこいつが本当にヴァージルの生まれ変わりなのだとしたら……その願いが叶ってしまったことになる。

 自分でも、自分自身が混乱しているのが分かった。

 ヴァージルとの再会など、わたしにとっては本当に夢のような出来事である。

 ……やばい。なんか冗談じゃなく胸が苦しい。

 思わず胸を押さえた。

 いや待て、落ち着け。落ち着くのだわたしよ。

 わたしは自分自身に言い聞かせた。

 まだ本当かどうかも分からない話で舞い上がってどうするのだ。冷静になれ。もしこれで実は嘘だったりしたら、もう本当に立ち直れなくなるぞ。

 それによく考えてみろ。

 そもそもこいつはわたしを〝魔王〟だと認識しているのだ。仮にこいつが本物のヴァージルだとしても、ヴァージルは〝魔王わたし〟が〝幼馴染の女の子ミオソティス〟だということは知らない。なのに、一人で舞い上がっていては馬鹿みたいだ。

 ……よし。少し落ち着いた。

 わたしは改めてシャノンという男のことをじっと眺めてみた。

「……」(じー)

「……なんだよ? 人の顔じっと見て」

 シャノンが居心地悪そうにこちらを見返していたが、わたしは構わず相手のことを観察し続ける。


 顔  ← チャラい

 髪型 ← チャラい

 服装 ← チャラい

 全て ← チャラい

 結論 → とてもチャラい


 ……う、うーん。

 こいつ、ヴァージルっぽさの欠片もないよな……?

 まぁ前世と容姿が違うのは当然と言えば当然なんだけども。それにしても何か雰囲気が違うというのか……久々に会った友達が都会に染まって別人になってたみたいな、何かそういう感じなのだよな。これならヨハンの方がよほどヴァージルっぽい気がする。

 ……とりあえず、ここはもう少しこいつから情報を引き出そう。まだこいつが本当にヴァージルの生まれ変わりだと断ずるには早い。現段階ではこいつのヴァージルポイント(ヴァージルっぽさを表す単位。いま考えた)はゼロどころかマイナスだ。

「……ふむ。それで、自称〝勇者〟よ。いちおう聞いておくが……何をしにここへ来た?」

「そんなの決まってるだろう? 自称〝魔王〟を監視しに来たんだよ」

 ふん、とシャノンは不遜な態度で鼻を鳴らした。

「監視?」

「ああ、そうだ」

 シャノンは思い出したようにわたしのことを睨みつけた。

「正直、まだ完全に信じたわけじゃねえが……昨日の話は〝勇者〟と〝魔王〟しか知らないはずのことだ。それをお前は確かに知っていた……そして、何よりその中途半端な気配。人間なんだか魔族なんだか、いまいちはっきりしねえ。だからオレは、お前が本当にと言い切れない」

「はは、なるほどな。確かに我ながら中途半端な気配だとは思う。とはいえ、人間には魔族の気配など分からんはずだがな。人間は魔力の気配というものにとてつもなく疎い種族だ。だから魔力制御もできんのだろうが」

「オレは〝昔〟から、不思議と魔族の気配には敏感なんでな。自分でも理由はよく分かんねえが……だから昔は人間に擬態している魔族もよく見つけたもんだ」

「ほう……それは人間にしてはなかなか方だな。だが、それがわたしの言っていることを真実だと示す証拠にはならんと思うがな。もしかしたら狂人のただの戯れ言かもしれんぞ?」

「ただの狂人がなんて知ってるもんかよ。どんな歴史の本見たって、その名前はどこにも載ってねえんだからな。現代でその名前はどうやっても知りようがねえんだ」

「そういう貴様はどうなのだ? なぜ貴様はを知っているのだ? 王族だからか?」

「王族でも知らねえよ。歴史はもう完全に書き換えられ、そして歪曲されている。もうどこにもその名前は残ってねえだろうな……完全に忘れられた名前なんだよ、そいつは」

 と、シャノンはどこか感傷的な顔でそう言った。

 けれど、それはほんの一瞬のことで、すぐにふてぶてしい顔に戻った。

「ま、それでもなぜオレがそれを知っているかと聞かれたら、そりゃオレが〝本人〟だからとしか言いようがねえな」

「〝本人〟ねえ……」

 わたしは再び不躾な視線を隠そうともせずに、シャノンのことをじろじろと見ていた。

 やはりこのシャノンという男、見るからにチャラい。いかにも「金持ちに生まれて顔もそれなりに良くて人生楽勝だわぁ~(笑)」みたいな顔なのだ。

 こいつがかつてヴァージルだった男だと言われても、正直わたしにはピンとこない。何と言うか人間としての根本というのか、そういうところが違う気がするのだ。

 ……うーん、やはりいまいちこいつがヴァージルの生まれ変わりだというのが信じられんな。昔のヴァージルの方がもっとかっこよかったぞ。そして子供の頃は超絶可愛かった。こんなのわたしの知ってるヴァージルじゃない。わたしのヴァージルはこんなチャラ男ではない。ヴァージルポイントはさらに下落だ。

「な、何だよさっきから人のことジロジロ見て」

「……いや、かつての〝勇者〟にしてはなんかこう、まったく覇気が感じられないなと思っていただけだ。お前本当に勇者だった男なのか? 遊び人じゃなくてか?」

「誰が遊び人だ!?」

「いや、見るからにそんな感じだろ、今は。それに人から聞いたぞ。なんでも死ぬほど女癖が悪いそうじゃないか」

「女癖が悪い? そいつは人聞きが悪いな。オレはただ、可愛い女の子がいたらとりあえず片っ端から声をかけているだけだ!」

「普通に最低では????」

「それの何が悪い!?」

 ばん! とシャノンはテーブルを叩いて立ち上がった。

 なんかすごい勢いで逆ギレされた。

「オレはな、今世では遊び尽くすって決めたんだよ! 自分の人生だ! 自分のために生きて何が悪い!?」

「気持ちいいくらいの開き直りっぷりだな……」

「当たり前だろうが! オレは前世で散々クソみたいな目に遭ったんだ! じゃあ今世くらいは楽しまなきゃ釣り合いがとれねえだろうが! せっかく生まれ変わったんだから――」

 そこまで言ってから、シャノンははっと我に返ったようで、軽く咳払いをして座り直した。

「……と、悪い。つい熱くなっちまった」

「別にわたしは構わんぞ。見ていて面白いからな」

「……ッ、と、とにかくだ。オレはお前の監視に来たんだ」

「それはつまり、わたしの言うことを信用したということでいいのか?」

「さっきも言ったが、完全に信用したわけじゃねえ。ただ放っておくには危険だと判断した。仮に貴様が〝最後の魔王メガロス〟の生まれ変わりなら、何を企んでいるのか分かったもんじゃねえからな」

「……企み?」

「ああ、そうだ。どうやって人間に転生したのか知らねえが……おおかた、何か良からぬことでも企んでるんじゃねえのか?」

「例えば?」

「そりゃ人間への復讐だ。人間は魔族の国ゲネティラを滅ぼして、魔族をあの大地から追いやった。だったら復讐しようと思うのは当然だろう?」

「……」

 わたしはぽかん、としてしまった。

 どうやらこいつは、わたしが『人間への復讐のために転生した』と思っているらしい。

 思わず笑ってしまっていた。

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