第17話 裏社会のゲルゲの作戦

 一方,モルジとメレブは,風車,積み木,おもちゃの木琴,小さい動く馬車,小さいボールなどを山のように準備した。そして,毒には,ウシタタを採用することにした。


 このウシタタとは,触ってからしばらくたつと,全身に発疹に似た症状を引き起こす,この地方では有名な植物だ。少しくらい触っても大人には反応しないが,小さな赤ちゃんになら,充分に反応する。この植物から抽出した液をおもちゃに塗った。


 このウシタタで生じた発疹は,回復魔法では回復しない。というのも,このウシタタによる発疹は,実は発疹ではなく,一時的に血の成分を集めて,体表に血の塊を生じさせる作用をするだけだ。その血の塊は,風呂に入れれば,すぐに洗い流されてしまう。別の表現でいうと,体の表面に血を塗ったようなものだ。


 それ故,回復魔法をかけても,血の塊が消えるはずもなく,術者は回復魔法が効かないと勘違いしてしまい慌ててしまう。そして,薬草や治療薬を求めて右往左往させる作戦だ。


 ー----


 ゴルージオが選定した40名の生徒は,即日,王宮に集合した。彼女らは,アイラとリブレによって,全員,有無を言わさず整形された。美人に変身するのだから,誰も文句はないのだが,個性が亡くなる感じがすると感じたものもいた。


 その後,剣士3名,魔法士7名で1チームとなり,合体魔法と分離魔法の習得をさせた。もともと才能のある生徒であり,ほぼ全員が上級魔法もしくはそれに近い魔法力をもっている。剣士でも中級レベルの魔法力を有する。上級レベルがあれば,合体・分離魔法の理論・概念を理解して,魔法陣を暗記できれば使用可能だ。彼女らは,一週間程度で完璧に10名を合体させて1名にすることができるようになった。


 ゴルージオは,4名の合体生徒をメリー女帝の前に連れてきた。


 ゴルージオ「メリー女帝,10名の生徒が合体することで一人の生徒になった合体生徒を4名連れてまいりました。合体後の能力はS級で,加速は3倍速ができるかどうかというレベルです。ですが,10人もの合体となると,まだ15分程度しか持続しません。今後の課題です」


 メリーは,軽く頷いた。彼女は,いまだに合体状態を維持している合体生徒,いや,合体した親衛隊に言った。


 メリー女帝「あなたたち,よく頑張りましたね。10人もの合体技を修得できたこと,誇らしく思います。ここまでは合格です。

 さて,あなた方には,わたしの新しい親衛隊になってもらいます。ですが,ここしばらくは,前国王の親衛隊長の指揮下に入り,3ヶ月間,厳しい訓練に励んでもらいます。その後,正式にわたしの親衛隊として任務につくこととします」


 メリー女帝は,ここで一息入れて,本題を言った。


 メリー女帝「それと,すでに注意事項を聞いていると思いますが,あなた方には恋愛禁止を言い渡します。当然,男たちと愛を交わすことも禁止します。思い人がいても,会うことを禁止します。もし,それが発覚したら,死刑とまではいきませんが,厳しい罰を与え,かつ,5年間,王都追放とします」


 このとき,合体生徒のひとりが質問した。


 合体生徒「あの,,,それは,どの程度,我慢すればいいのですか?」

 メリー女帝「そうですね,,,たぶん,1年も我慢すればいいと思いますよ」


 この言葉に,4名の合体生徒が安堵した。でも,なぜ,恋愛禁止で,エッチも禁止なのかまでは明かされなかった。


 

 ー--

 裏社会を牛耳っているゲルゲは,愛人メレブとモルジで,相変わらず,詳細な計画を煉っていた。


 メレブ「あなた,マリアや,アイラ,リブレの対策は大丈夫?」

 ゲルゲ「ああ,大丈夫だ。任せておけ。食料調達部隊に我々の部下が忍び込んでいる。衛兵隊もろとも,眠り込んで起きれないようになる。それに,回復魔法では,回復しないように魔法反射粉も入れている。一日間の有効期間だが,それで充分だろう」

 メレブ「だったら,赤ちゃんをダシに使わなくてもよかったんじゃない?」

 ゲルゲ「いや,それがそうでもない。赤子は特別食を食べるから,食料調達部隊とは関係がない。そこで,アイラとリブレの共通の友人を特別に準備しているのだよ。ふふふ,,,」


 彼らの計画は用意周到にことが進んでいった。



 合同慰霊祭の前日,メリー女帝一行は馬車に乗って5時間ほど移動した。メリー女帝の一行とは,メリー,マリア,メリーの子供,ゴルージオ,アイラ,そしてリブレの6名だ。


 彼らを護衛するのは,前国王の親衛隊だ。そのままメリー女帝の親衛隊として働いているが,メリー女帝が準備した女性40名の親衛隊が正式に配備されたら,前国王の親衛隊は全員現在の任務が解かれて,別の任務に就くことになる。


 親衛隊長は,予定されていたF村のそばに臨時テントをはって野営の準備をするように部下たちに命じた。


 親衛隊長「メリー女帝,野営の準備には,少々時間がかかります。F村にでも散歩に行かれてはどうでしょう。護衛を10名ほど付けますが,いかがですか?」

 メリー女帝「そうね。じゃあ,散歩させていただくわ。マリア,ゴルージオ,アイラ,リブレ,一緒に行くわよ」

 マリア「そうね。散歩でもしないと,お尻の痛みが治らないわ」


 メリー女帝の赤ちゃんは,主にマリアが抱っこしているが,疲れるとアイラやリブレが対応する。大人3名で赤ちゃん1人を面倒している恰好だ。なんとも贅沢なことだ。


 メリー女帝たち一行と,衛兵隊10名は,のんびりとF村を散歩した。村といっても,鍛冶屋,土木工,建設などの仕事があるので,それに付随した出店が軒を並べていた。


 アイラ「リブレ,看てみて,子供が群がっているところがあるわ。行ってみましょう」


 アイラとリブレは,子供が群がっている場所を覗いた。そこには,風車,積み木,小さな馬車,野菜を模した小さな木製の模型など,多くのおもちゃが並んでいた。


 アイラとリブレは,メリー女帝の赤ちゃんのために,野菜を模した木製の模型をたんまりと買った。後で,マリアから赤ちゃんを受け取って,自らの手で,赤ちゃんと遊ぶためだ。


 そんな折,ローザと呼ばれる女性がアイラとリブレに近づいた。


 ローザ「アイラ,リブレ!久しぶり!」


 アイラは,買ったばかりのおもちゃを持ったまま振り向いた。 


 アイラ「あれ?ローザじゃん。こんなところで,何してんの?」

 ローザ「それは,こっちのせりふよ。知り合いから,この村に来たら,昔の友人に会えるって聞いたわ。それでダメ元半分で来たの。そしたら,アイラとリブレじゃん」

 リブレ「ローザは,魔法訓練学校を止めて,彼氏を追っていったのでしょう?彼氏とはうまく行っているの?

 ローザ「それがね,私が妊娠して実家に戻った後,彼は別の彼女を作って逃げちゃったのよ。私,もう自殺したくなっちゃったわ。でも,子供のために自殺しちゃいけないと思って,なんとか頑張ってきたの」


 ローザは,涙を浮かべた。


 アイラは,聞いちゃいけないことを聞いてしまったと,後悔した。


 リブレ「ローザ,あなた,少しは時間あるんでしょう?そこのレストランに入って,軽く食事でもしない?私たち,任務中だけど,1,2時間くらいなら付き合えるから」


 ローザ「仕事中なのに悪いわね。じゃあ,1時間だけでも付き合ってちょうだい。もう,私のうっぷん晴らしに付き合ってね」


 アイラとリブレの任務は実は曖昧だ。メリー女帝から正式に依頼されたわけでもないが,自然とマリアの子守役のサポートをするような役割を担っている。


 ローザは,裏社会を牛耳るゲルゲの仲間ではない。ただ,ゲルゲはローザに,昔の仲間がこの村に現れるという情報を流したにすぎない。だが,ローザの行動は,ゲルゲの仲間に見張られていた。


 彼女らがレストランに入るのを確認すると,その厨房を占拠して,彼女らに出す料理に,遅効性の眠り薬と魔法反射粉を混ぜ込んだ料理を作って食べさせた。


 今のアイラとリブレは,子守をしていないので,いわばフリータイムと言っていい。そのためか,ローザとの会話に夢中になった。


 アイラ「その彼氏はひどいわね。今,どこにいるの?コテンパンに殴りたい気持ちでいっぱいだわ」

 リブレ「彼氏の写真見せてよ」


 ローザは,彼氏の写真を見せた。

 

 ローザ「どうぞ,彼よ。一緒に映っているのが,彼の新しい彼女よ」


 ローザは,ちょっと間を置いて,言葉をつなげた。

 

 ローザ「先日,この彼女から,連絡があったの」

 アイラ「えー--?どうして?何かあったの??」

 ローザ「私も,なんかおかしいと思ったのよ。彼女が,言うには,明日の合同慰霊祭に参加してほしいっていうのよ」


 リブレ「それって,もしかして,あなたの元カレって,第一王子の居城で護衛か何かしていたの?」

 ローザ「そうなの。私もまったく知らなかったんだけど,2年前から,第一王子の部屋の門兵として,勤務していたらしいわ。そして,事件が起きて殺されたわ」

 アイラ「うっそーー,じゃあ,ローザは,ここに来たのも,合同慰霊祭に参加するためなのね?」

 ローザ「彼が殺されたのは,やっぱり悲しかったけど,でも,合同慰霊祭に参加するつもりはなかったの。でも,彼の友人だという人が,私に連絡してきたのよ。このF村に来たら,私の友人に会えるから,ついでに合同慰霊祭に参加されてはどうですかってね」


 リブレ「ふーーーん,殊勝な友人もいたものね。なにか匂うわね。この料理にも,毒でも入っているんじゃないの?」

 アイラ「でも,毒と分かれば,大抵の場合,回復魔法を駆使して打ち消すことができるはずよ」

 リブレ「じゃあ,貴重な魔法反射粉でも混ぜているんじゃない?でも,もうかなり私たち,たべちゃったからもう遅いけどね」

 アイラ「毒で殺す気なら,もうとっくに死んでいるわ。まだ生きているってことは,相手は殺す気がないのね。つまり,私たちは,標的ではないってこと?」


 ローザ「じゃあ,何?私,敵の片棒を担がされたってことなの?」

 リブレ「たぶん,そうだと思うわ。用意周到に準備したんでしょうね」

 ローザ「ごめんなさいね。なんか,邪魔しちゃったみたい」

 リブレ「いやいや,大丈夫よ。敵の狙いは,たぶんメリー女帝でしょう。わたしたちが戦線離脱しても,多くの親衛隊がいるから大丈夫よ」


 リブレがそこまで言って,ふといやな予感がした。


 リブレ「もしかしたら,親衛隊も排除されたかもしれないわね」

 アイラ「じゃあ,わたしたち,早く戻ったほうがいいんじゃない?」

 リブレ「そうね。ローザ,助かったわ。貴重な情報ありがとう。じゃあ,明日,また合同慰霊祭で会いましょう。わたしたち,失礼するわ」


 リブレは,3人分のお金を机に置いて,アイラとともに野営地に戻った。野営の施設は,すでに完成していた。アイラとリブレのテントは,メリー女帝とマリアの共用だ。アイラとリブレは,メリー女帝やマリアが無事なのを見て安心した。


 そこで,マリアから赤ちゃんを預かって,先ほど買った野菜の模型のおもちゃで遊ばせた。


 ー---

 親衛隊らのテントでは,悪酔いしない程度に,酒が振舞われた。ただし,メリー女帝ーら一行と,親衛隊長,副親衛隊長,国王秘書など,一部のものは,酒を飲まず,かつ,食事は,各自の自宅,または王宮の特別に吟味されたものから持参したものを食べるように配慮された。


 それは,あたかも,他のものが,毒でも食べさせられるのを前提にしているようなアレンジだった。



 翌日の朝8時,メリー女帝とマリアは,アイラやリブレが起きないので,彼女らの体をゆすった。だが,相変わらず起きなかった。


 マリアは,何か,睡眠薬か何かの影響と考えてた。SS級レベルの回復魔法では,たいていの毒は,その効果を打ち消すことができる。マリアは,すぐに回復魔法をアイラにかけた。


 だが,不思議なことに,マリアのSS級レベルの回復魔法でも,アイラは目覚めることはなかった。


 マリア「だめだわ。目覚めないわ」

 メリー女帝「回復魔法が効いてないんじゃない? 何か,特殊な睡眠薬なの?」

 マリア「なんかおかしいわね。回復魔法が,何かで邪魔されているみたい。私が地球界にいる間に,回復魔法の効果を打ち消すようなものが考案されたのかもしれないわね。


 マリアやメリー女帝は,魔法反射粉の存在を知らなかった。


 その時だった。テントの外から,親衛隊長の声がした。


 親衛隊長「メリー女帝,ご報告があります。もう起きておられるでしょうか?」

 メリー女帝「どうぞ,起きてわ。報告してください」

 親衛隊長「はい,どうも昨日,何者かによって,お酒に睡眠薬が盛り込まれたようです。かつ,回復魔法が効きません。どうも,魔法反射粉も一緒に盛り込まれたようです」

 メリー女帝「魔法反射粉?」

 親衛隊長「はい。数年前に,開発されたもので,回復魔法が無効化される粉です。効果は1日しか持ちませんが,でもその効果を解消する方法もありません。衛兵隊員は,私と副隊長を除けば,全員が睡眠薬で眠らされています」

 メリー女帝「ということは,われわれはいつ攻撃されてもおかしくないという状況なのね」

 親衛隊長「そうなります。夜の見張り番も,いつの間にか眠らされていました。でも,不思議なのは,なぜ,昨晩,襲って来なかったのかです。これほど用意周到にしていた敵であれば,昨晩,襲って来てもよかったはずです」

 メリー女帝「状況は理解したわ。それで,これからの予定はどうなるの?」

 親衛隊長「現在,国王秘書の判断待ちです。もう少々お待ちください」

 メリー女帝「私の護衛は,ゴルージオがいればいいから,合同慰霊祭に参加するのは大丈夫よ。国王秘書の判断で進めて頂戴」

 親衛隊長「了解しました」



 ー--

 マリアは,赤ちゃんに授乳しようとしたところ,赤ちゃんの全身に赤い斑点があるのを発見した。慌てて,回復魔法をかけた。だが,赤い斑点は消えなかなった。


 マリア「マリー,見てよ! この子の全身に赤い斑点が出ているわ。回復魔法をかけても斑点は消滅しないわ。どうしよう?何か,回復魔法でも直らないような地元特有の病気かもしれないわ。地元の医者を探さないとだめだわ」

 マリー女帝「お母さん,じゃあ,今日は,合同慰霊祭に参加しなくていいから,地元の医者を探して,赤ちゃんを治してちょうだい」

 マリア「マリー1人で大丈夫なの?」

 マリー女帝「大丈夫よ。自分の身は自分で守れるわ。それに,ゴルージオがいるから大丈夫よ」

 マリア「そうね。マリー,じゃあ,1人で頑張ってね」

 マリー女帝「安心して。マリアは,赤ちゃんの回復に専念してちょうだい」



 ー--

 親衛隊長は,国王秘書のテントに出向いた。


 国王秘書「親衛隊長,ご苦労さま。メリー女帝の様子はどうでした?」

 親衛隊長「はい,メリー女帝は大変元気です。護衛のゴルージオさんがいるので,合同慰霊祭に参加するのは問題ないそうです」

 国王秘書「そうですか。それを聞いて安心しました。このような状況で,『敵』が何を考えているのかわからないのですけど,正面切って攻撃する,ということではないようですね」

 親衛隊長「はい,私もそう思います。敵が攻撃してこないということは,どうぞ,合同慰霊祭をしてくださいと言っているようにも思います。たぶん,そこで,何かをするつもりなのでしょう。そこで,何かが起きる。

 でもわれわれは,親衛隊員を動かせないからスムーズに対処できない,,,ということを狙っていると思います」

 国王秘書「敵の策略に乗るのは癪だけど,合同慰霊祭を中止するのも困難だわ。このまま進めましょう。少ない護衛だけど,でも,いつでも転移魔法で逃げるように準備はしておいてください」

 親衛隊長「わかりました。メリー女帝もS級魔法士ですのですので,充分に自分の身は自分で守れると思います。防御結界や王宮への転移魔法もすぐに起動できるはずですし,ゴルージオさんも傍に控えています。最悪の事態になることはないでしょう」

 国王秘書「では,予定通り進めましょう。メリー女帝に,30分後に出発すると伝えてください」


 裏社会を牛耳るゲルゲのアレンジは,ことごとく功を奏した。


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