第11話 和解
第1王子の命をかけた約束を守って,ゴルージオは,衛兵隊長と班長を見逃した。
衛兵隊長は,ほかに生存者がいることを期待して班長に命じた。
衛兵隊長「班長,申し訳ないが,第2転送座標点に行ってくれないか?副隊長の状況を知りたい」
班長「わかりました。転移できないので,走っていきます」
班長は走って,第2転送座標点に向かった。そこで見たものは,爆裂弾によってばらばらにされた約100名の隊員だった。SS級2名,S級10名,上級100名全員が全滅していた。
班長は,再びその場で跪いた。涙は流れなかった。代わりに目から血が流れた。敵への恨みではない。戦いでこのような結果になることは重々知っていた。自分への不甲斐無さを恨んだ。獣人守護神をうまく操作していれば,違った結果になっていたのかもしれないと悔やんだ。
班長は,ゆっくりと立ち上がって,隊長のところに戻った。
班長「隊長。副隊長の部隊は全滅しました。爆裂弾でやられたようです」
隊長「そうか,,,わかった。国王のもとに戻ろう」
衛兵隊長と班長は,転移ゲートを使って,王宮の転移座標点に転移した。
ー 王宮 ー
王宮に着いた第一王子の衛兵隊長と班長は急いで,国王秘書のもとに急いだ。そして,国王秘書の部屋を叩いた。その部屋には,国王秘書と国王護衛隊長,さらにアイラがいた。
ドンドンドン!
部屋からの返事もなく,彼らは,ドアを開けて入った。
衛兵隊長「国王秘書!国王護衛隊長!王子の居城は,なぞの飛行物体と遭遇して,交戦状態となりました。我が軍は,総力を挙げて,この飛行物体と戦いました。その結果,我が軍は,われわれ以外,全滅しました。第一王子は,われわれを生かすために,敵と交戦して死亡しました」
国王護衛隊長「何?そっちには,獣人守護神がいるだろう?それは起動しなかったのか?」
班長「私が操縦して敵の飛行物体と交戦しました。ですが,敵の膨大な魔力のもとで,手も足も出ずに,撃破されました」
この説明に,半分顔を真っ赤にしてアイラが怒ったように叫んだ。
アイラ「何でそうなるのよ!何で,交戦なんかするのよ!帆船は,攻撃を受けたら,反撃するのはあたりまえでしょう!それに,決して手を緩めないわ。徹底的に皆殺しする主義なのよ!!」
国王秘書「アイラ,落ち着いて。もうこうなった以上,誰が悪い,という犯人捜しは意味がないわ。アイラ。悪いけど,国王護衛隊長と一緒に,王子の居城に向かってちょうだい。そして,お互いの行き違いを解消して。あなたにしかできない仕事よ」
そう言われても,アイラは納得しなかった。でも,国王護衛隊長がアイラをなだめた。
国王護衛隊長「アイラさん。こうなった以上,いくら怒っても無駄です。お互いの行き違いを解消しましょう。転移ゲートに移動します」
アイラは,少し気を落ち着かせてから,小さな声で言った。
アイラ「わかったわ。でも,交戦してしまった以上,千雪さんやマリアさんは,簡単には後には引かいでしょう」
その言葉に返事することなく,国王護衛隊長はアイラを連れて,転移ゲートへと向かった。
ほどなくして,国王護衛隊長とアイラは,王子のいた居城の転移ゲートに着いた。そして,居城の周囲をみて回った。
第2避難転移点に行ってみると,そこには,約100名ほどのバラバラになった死体の山を見た。
国王護衛隊長「これはひどい!魔法士軍団が全滅だ。敵はどんな魔法を使ったんだ?」
アイラ「帆船が本気になったら,こんなもんじゃないわ。こんな城なんて,一瞬で滅びるわ。たぶん,転移防止結界を構築されて,爆裂弾でなぶり殺しにされたのでしょう。帆船の設計者は,50種類の自動攻撃パターンを組み込んでいるのよ。残念だけど,彼らは,その攻撃のひとつにやられたみたいだわ」
国王護衛隊長「やけに詳しいな」
アイラ「そうよ。帆船の設計者は,私のお腹の子の夫だもの」
そう言われて,国王護衛隊長はアイラのお腹を見た。少しだが,確かに若干膨らんでいるようだった。
国王護衛隊長「なるほど,アイラは妊娠しているのか?そのお腹の様子だと,妊娠3ヶ月といったところか?」
アイラ「たぶん,そんな感じね。リブレ姉さんも妊娠しているわよ。相手は,わたしの夫よ。フフフ」
国王護衛隊長「・・・」
国王護衛隊長は,妊娠の話は,この際,どうでもよかった。
アイラ「なんか,妊娠の話はどうでもいいという感じね」
国王護衛隊長「そんなことよりも,帆船を見つけよう。とにかく,われわれには戦う意思のないととを伝えよう」
アイラ「了解よ。帆船側にとっては,自ら攻撃することはしないわ。でも,攻撃されたら反撃するだけよ。決して,自らは先に攻撃はしないわ。だって,防御に絶対の自信があるからよ。どんな攻撃だって,帆船を撃沈させることは無理だわ」
国王護衛隊長は,アイラが帆船を自慢しているようにしか聞こえなかった。
国王護衛隊長とアイラは,破壊された門壁を出た。そこには,地表に止まっている帆船があった。
帆船の中にいたリブレは,帆船のコックピットから,アイラが門壁の側にいるのを見つけた。
リブレ「千雪さん!アイラが来ました。誰かと一緒です。攻撃しないでください」
千雪「リブレ,アイラの所に行ってちょうだい。まだ,敵がいるなら,われわれは,戦いを継続します」
リブレ「千雪さん。私がもどるまで待ってください。そうそう,確か,転移座標受信魔法石が準備されていたはずよ」
千雪「??転移座標受信魔法石?」
この言葉に,帆船千雪号が返事した。
帆船千雪号「リブレさん,コックピットの左から二段目の引き出しに収納されています。そこから持ち出してください」
リブレ「あっ,そうだったわね。そう言われて,思い出したわ」
リブレは,その引き出しから転移座標受信魔法石を取り出した。それは,ネックレス状になっていたので,首にぶら下げた。
千雪「これは,いったい何に使うの?」
リブレ「転送する前に,最新の帆船の転移座標点がわかるものよ」
千雪「へーー, そんな便利なものがあるんだ。リスベルも暇なことするわね」
リブレ「・・・」
リブレは,千雪をほっといて,地表に転移した。そして,アイラの傍に駆け寄った。
リブレ「アイラ,あなた,どうしたの?どこに行っていたの?」
アイラ「姉さん,ここどこだかわかる?王宮じゃないのよ。5年前に王宮は遷都したのよ。私が転送した場所は,王宮で,ここじゃなかったのよ。マリアさんは,遷都の事実を知らないから,ここに来たのよ。ここは,第一王子が居城にしていたの。それで,第一王子が,先に帆船に攻撃したんだと思うわ。でも,第一王子側にとっては,帆船が先に領域を侵犯したことになるの。
私が転送して,国王秘書と相談したけど,交戦がすでに始まってしまっていたから,もうどうしようもないって。いったんケリがつくまで待ちなさいって言われたわ」
アイラの説明に,リブレがびっくりした。
リブレ「え? ここ,王城ではないの?」
アイラ「そうなのよ。ちょっとした行き違いよ!」
リブレ「・・・」
ちょっとした行き違いで,ここまでひどい状況になるとは,戦いとはかくも残酷なものだ。
リブレは,アイラの隣にいる人に目をやった。
リブレ「状況は理解したわ。ところで,こちらは,誰なの?」
国王護衛隊長「国王の護衛隊長で,バラックといいます。今回の行き違いの説明に参りました」
リブレ「そう?わかったわ。じゃあ,ここで,待っててちょうだい。アイラもよ」
リブレは,転移座標受信魔法石で,最新の転移座標点を得て,帆船のコックピットに転移した。帆船は,ときどき場所を移動するように設計されている。狙い撃ちされるのを阻止するためだ。
リブレ「千雪さん,マリアさん,聞いて!ここって,王宮じゃないのよ。第一王子の居城だったのよ!」
マリア「え??ここで間違いないわよ。見間違うものですか!!」
リブレ「王宮は,遷都して,別の場所に移動したんですって」
マリアは,あまりの予想外の返事に,両手で口を押さえた。
リブレ「千雪さん。地表で国王の護衛隊長が待っています。今回の行き違いを説明したいそうです」
そう言われても,千雪は動きたくなかった。でも,交戦して大量に死者まで出た以上,責任者である千雪も顔を出さざるを得ない。
千雪「私が行ったって,どうなることでもないけど,でも,行かないといけないみたいね。マリア,一緒に行くわよ」
マリア「わかりました。相手の真意を知るためにも,お供させていただきます」
千雪とマリアは,地表に転移した。国王護衛隊長は,彼女らを10m先から見た。彼女らの強さは,遠くからでもわかった。特に,若いほうは桁違いの強さだと感じ取った。
アイラ「隊長さん,変な気を起こしてはだめですよ。マリアさんも千雪さんもあなたよりもずっと強いですから。特に千雪さんは,半端ない強さですから」
国王護衛隊長「ああ,これでも護衛隊長をしているからな。相手の強さはよくわかる。特に,若いほうは,とんでもない化け物だってな」
アイラ「ふふふ。分かればいいわ。とにかく,友好的に行きましょう。私たちには,それしか道はないのよ。戦えば,負けるだけだから」
国王護衛隊長「ああ,分かっている。十分に分かっているさ」
千雪とマリアは,話ができる距離,つまり5mほど離れて止まった。
千雪「アイラ,話を進めてちょうだい」
アイラ「千雪様,了解しました」
アイラは,まず,お互いの自己紹介を始めた。そして,ここが王宮ではなくて,第一王子の居城であったことを説明した。
アイラ「私は,さきほど,王宮からここに転送してきました。後の話は,国王護衛隊長からしてもらいます」
アイラからの話を受けて,国王護衛隊長が説明を始めた。
国王護衛隊長「われわれは,アイラさんから連絡を受けて,マリアさん一行の歓迎の準備をしていました。ですが,全然,姿が見えなかったのです。そしたら,アイラさんが,王宮に来て,帆船と護衛軍が交戦しているとの連絡を受けました。交戦が始まった以上,転移するのも危険なので,通信連絡だけにとどめました。その後,第一王子の衛兵隊長と班長が王宮に来て,交戦が終結したとの報告を受けました。それで,私が状況を説明しに来ました。
われわれは,もともと交戦するつもりは,まったくありませんでした。第一王子は,あなたがたが来ることは知りませんでした。領空侵犯されたものと判断して,先に攻撃したものと思います。誰が悪いということではありません。ちょっとした連絡の行き違いが,このような事態になってしまったのです。
われわれは,第一王子と100名以上の魔法士,さらに多くの門兵を失いました。大変な損害です。ですが,それについては,もう過ぎたことです。いまさらどうのこうの言っても誰に責任を求めることはできません。どうか,これまでのことは,水に流してもらって,王城に来ていただきたいと思います」
この説明を受けて,千雪はマリアに判断を委ねた。
千雪「マリア,どうするの?このまま,この国を破壊していく?それとも,話し合いする?」
マリア「そうね。この国を破壊をしたい気持ちはあるけど,いったん,話を聞きましょう。でも,国王も王子を失って,何か罠を仕掛けてくるかもしれないわ」
千雪「そうね。国王らと宣誓契約してからの会談となるわね」
マリア「その条件なら,会談をしてもいいわね」
千雪「では,われわれは,帆船で移動しましょう。道案内はリブレにお願いしてもらいましょう。アイラ,一足先に王宮に戻って,われわれを迎え入れなさい」
アイラ「了解。わかったわ」
千雪とマリアは,帆船に戻って,リブラの道案内で,王宮に向かった。
アイラ「隊長。私たちも王宮に戻りましょう」
隊長「そうだな。悪いが,王宮には,アイラ1人で先に帰ってくれ。私は,ここの被害状況を詳しく把握してから戻る。任務の一環なので」
アイラ「わかったわ。じゃあ,先に戻るわ」
アイラは,転移ゲートを使って1人で王宮に戻った。国王護衛隊長は,部下の隊員を10名程呼んで,この居城の被害状況を詳しく調べさせた。
2時間ほどで,被害状況,死体の状況および残され映像などから,どのような状況でこのようなことになったかが,おおよそ理解できた。
特に,第一王子が獣人魂の剣を持った坊主頭の敵と戦う動画を見た隊長は愕然とした。第一王子は,国内でもトップクラスの魔法士だ。それが,いともたやすく,一刀両断にされた。敵は,千雪やマリアだけではなかった。ゴルージオという化け物もいた。
隊長は,第一王子の敵討ちをしたかった。特にゴルージオをなんとかして殺してやりたい気持ちでいっぱいだ。そのための作戦をいろいろと考えた。
国王護衛隊長は,近くにいた副隊長に聞いた。
隊長「このゴルージオを倒す方法はないか?」
副隊長「現状では,われわれは手をだせないでしょう。千雪側と国王側が相互安全保障契約をするはずですから。ですが,もし,一般市民が勝手に自己判断でゴルージオを殺害しても,相互安全保障契約の違反にはなりません」
隊長「なるほど。一般市民にゴルージオを殺害させるのだな?」
副隊長「はい。われわれは,呪詛の魔法陣を作るだけでいいのです。われわれとは関係のない第三者に使わせるのです。これなら,問題になることもないでしょう」
隊長「よし。その線で,何通りかのプランを考えなさい。プランを考えて実行するものは,決して王宮に戻るな。契約違反になるおそれがある」
副隊長「わかりました。では,隊長,今の話を記憶から消してください。私も聞かなかったことにします」
隊長「ああ,たった今,忘れた」
副隊長「私は,部下5名と共に,ここで残務業務があり,ここに残ります。千雪側の情報は,逐次私に流してください」
隊長「了解した。では,申し訳ないが,残務整理をお願いする」
隊長は,副隊長とその部下5名を残して,王宮に戻った。残った6名は,国王護衛兵の中でも,特に精鋭達だ。部下の1人は,強力な呪詛魔法陣を開発できる異能を持つ。彼らは着実に計画の立案と準備をこなしていった。
ー---
王宮の会議室
国王は,国王秘書と第一王子衛兵隊長から,第一王子の居城で起きた事件について説明を受けた。
国王「なんということだ。戦う必要のないことに,100名以上もの衛兵が死亡したのか?」
衛兵隊長「はい。残念です。獣人守護神を起動しましたが,善戦むなしく,帆船からの攻撃に倒されました。その後,どんな方法では知りませんが,獣人守護神は縮小されてしまい,敵の手に落ちました。今,その縮小した獣人守護神は,ゴルージオという霊体によって支配されています。獣人魂も,彼の手中に落ちました。
残念なことですが,第一王子はそのゴルージオによって倒されました。第一王子は,われわれ2名を救うために,自らが,勝てない勝負に挑みました。立派な最期でした。
ゴルージオも,去り際に,亡くなった第一王子に,礼をして去りました。ここに,その映像があります。どうぞご覧ください」
国王は,映像を記録した魔法石を受け取り,その映像を見た。国王の目から,涙が少しこぼれた。映像を見終えた後,国王は涙を拭った。
国王「そうだったか。第一王子は,立派な最期だったのだな。また,相手も立派な態度だった。ならば,相手に遺恨を残すまい」
国王秘書「今回の事件は,誰が悪いというものではありません。アイラが事前に連絡はしてくれていました。でも,アイラもまさか帆船が第一王子の居城に行くとは思っていませんでした」
国王「そうか。今日は,1人にさせてくれ。千雪側とは,明日,契約の話をしたい」
国王秘書「わかりました。後のことは,お任せください。国王は,今日は,ゆっくりとお休みください」
国王「そうしてもらう」
国王は,映像魔法石を大事に携えて自室に戻った。
衛兵隊長「国王は,大丈夫でしょうか?」
国王秘書「大丈夫じゃないわね。もうすぐ引退を考えていたからね。第2王子は,まだ10歳だから,当分は引退できないわね」
衛兵隊長「でも,実質,国王秘書がいるから,あまり関係ないのではにですか?」
国王秘書「そんなことないわよ。私は,国王の意向を忠実に実施しているだけよ。私が勝手にしている訳ではないのよ。
衛兵隊長「そうですね。失礼な発言でした。すいません」
国王秘書「そんなことはどうでもいいわ」
国王秘書は,行政大臣に向かって尋ねた。
国王秘書「千雪側の歓迎の準備はできていますか?」
行政大臣「はい,準備は大丈夫です」
国王秘書「今日のところは,宴会を設けるだけにします」
行政大臣「ところで,国王が宴席に出席しない以上,国王の名代として,誰がいいでしょうか?第一王子が殺されたのです。親族ではちょっとまずいかもしれません」
国王秘書「そうね,,,国王の第2王妃,ミーナ様にお願いしましょう。ミーナ様は,第2王子の母君ですが,第1王子の母君ではないから,抵抗が少ないと思うわ」
行政大臣「了解しました。では,ミーナ様に宴会に出てもらうように手配いたします。では,お先に失礼します」
行政大臣は,会議室から出て行った。
衛兵隊長「国王秘書,千雪側には,何か賠償的なものは求めないのですか?」
国王秘書「うまく友好関係を構築してからでしょうね。話を聞くと,千雪側の魔法科学力は,相当なレベルだと聞いているわ。その技術を少しでも分けてもらえるならいいわね」
衛兵隊長「うまくいけばいいのですけど,魔法科学のノウハウは,直接戦力に関係しますから,難しいと思います」
国王秘書「では,人材かな?一番いいのは,死んだ魔法士を生き返らせてもらうことね」
衛兵隊長「いくらなんでも,死んだ人間を生き返らせえるのは,無理ではないですか?」
国王秘書「そうかしら? ダメもとでもいいから,聞いてみてもいいんじゃない?」
衛兵隊長「まあ,聞くだけならいいですけど」
その夜,国王側主催による宴会が催された。それに先立ち,千雪側と国王秘書,衛兵隊長,行政大臣立ち合いのもので,宣誓契約による臨時的な相互安全保障契約が締結された。
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